



現在パリ賞を頂き、Cite Internationale des Artsに入居しています。こちらでの生活もあっという間に半年をむかえようとしています。
私は学生時代から版画制作を中心に活動をしており、パリ留学を希望したのも、歴史に残る有名な工房があったほど版画の盛んな都市であったことが大きな理由の1つでもありました。そのため、シテにも版画工房が併設されており、そこで制作をする予定でいたところ、入居の半年ほど前に工房が閉鎖になるということがわかり、急遽パリ市内で制作のできる工房を探しました。
幸いにも版画制作のできるアトリエの方が受け入れてくださり、現在はそこで制作をしています。
アトリエは女性の作家さんが4人でシェアしています。みなさんとても良くしてくださり、環境が変わり、制作に関する勝手や材料が違ったりで、上手くいかないことについても相談にのってくださいます。昼食もアトリエで一緒に食べる事が多く、これも私には楽しみの一つで、たっぷり時間を取るフランス式?の昼食の間はいろいろな話を聞く事が出来るとても楽しい時間です。この間見たあの展覧会は良かったとか、あの画材屋がセールをやっているとか、こんな面白い事があったとか、シテの自室アトリエで制作しているだけでは体験することができなかった貴重な時間です。
版画工房とシテのアトリエでの制作に加え、最近は週に一日ほどスケッチに出るようにしています。始めは少し緊張しますが、外で描くというのは意外と気持ちが良く、アトリエでの制作とはまた違った面白さがあります。
パリには偉大な巨匠が作品にしているように、絵になる風景がごろごろと存在しています。そんな風景を写真とは違った切り取り方ができるスケッチは絵を描く楽しみの基本かもしれないと思いました。これも環境の変化がもたらしてくれた良い効果かもしれません。
私は学生時代にフランス語を少し勉強していたこともあって、言葉にも興味がありました。生活するのはもちろん、情報を集めたり、シテのアーティストと交流を持つためや、大事なチャンスを生かすためにはどうしても言葉が必要になります。私も充分な語学力があるとは言えませんが、その分会話が通じるととても嬉しいし、こういったコミュニケーションも私にとっては制作と同じくらい興味深いものです。美術留学といえども、言葉は必須。これからも努力の日々です。
生活面で意外にも苦労していることは水です。水道水を飲む事もできますが、こちらの水は硬度が高く、カルキが多いのでそのまま飲むのにはあまり向いていないようです。そのため、飲み水と料理には浄水した水を使うようにしました。
洗濯にも気を使います。しかもこちらの洗濯機はどれも高温で洗うため(低温設定は無し)、縮みとくすみも覚悟が必要です。女性にとっては肌や髪の毛のダメージも気になります。
さらに驚いたことに、絵を描く時にも思った以上に影響が出たという事です。
例えば水彩やガッシュなどの発色も心なしか、違ってみえます。並べて比較した訳ではありませんが、この感覚は不思議なものでした。私は版画制作の際に水で溶いた墨を使用するのですが、始めはなぜいつものように墨が溶けないのかわかりませんでした。いろいろと試した結果、これも水の影響によるものでした。このように、水の違いがさまざまなところに影響をもたらしていることには驚きました。
3月の最終日曜まで冬時間のフランスでは日照時間がとても短く、最近まで朝8時でも真っ暗な状態でした。これは思っていたよりも精神面に影響があるように思います。朝出掛けるときも暗い、陽が出ていてもなんとなくどんよりしている、こんな天気が続くと知らないうちに気分も落ち込んできます。私は気分や健康状態が制作に大きく影響すると思っているので、いつにも増して日々の生活リズムや健康管理、食事に気を配るようになりました。これはフランスに限ったことではありませんが、心身ともに健康であってこその制作、留学だと感じます。
この留学がこれからの自分に大きな影響を与えてくれることは間違いありません。一年間の時間を与えてくださったムサビに感謝しています。

来年春までパリ賞でCite Internationale des Arts に滞在させて頂いております。
こちらで生活を始めてからの正直な感想ですが、「毎日楽しくて仕方がありません」。今は冬になり夜が長くなりましたが、夏場は21 時まで日が沈まず一日がとても長く感じます。天気もほとんど快晴ばかりで、明日は何をしようかとワクワクして過ごしていたことを思い出します。
来て早々にベネチアビエンナーレに向かう事になり、折角なのでヨーロッパを周遊してから向かうことにしました。もともとパリを拠点にして欧州各地を巡る予定だったので丁度良かったのですが、これが非常に良い経験になりました。パリの歴史からも推測できる様にこの街はヨーロッパの中心に位置し、どこへ行くにも好都合です。
この旅行により各国の状況を知った事で「パリ」もしくは「フランス」をあくまでもEU の中の一国として見られる様になりました。ヨーロッパの各国(特にパリのような大都市)は日本のように隔絶された島国ではなく様々な国と隣接しているため、様々な人種が存在します。さらに私が住むシテには全世界からアーティストが集まるためいろいろな人種、言語、文化が交錯しており、同時にそれらが芸術という共通言語で包括されています。月に1・2度は誰かのコンサートや展示が行われており、非公式なイベントとして毎週月曜日に「Picnic」という交流会(飲み会)が行われています。
絵画、写真、映像、彫刻、現代美術、建築、作曲、演奏、歌手、身体表現、学芸員…。想像してた以上に多様な表現形態をもった方々がおり、国籍、宗教はもちろん、年齢すらも幅広い人間が同じ場所に住んでいることに驚かされます。当然、自ら交流を図る意思があればいくらでも手を広げて行く事が可能です。私はフランス語がほとんど話せない状態で来ましたが、シテの中では英語で十分生活できます。 しかし、一歩外へ出るとフランス語しか通用しないこともよくあるので、どちらも話せるに越したことはありません。
私の作品は主に「巨大な屋外作品」を手がけているため、はじめから自分の望む形で発表はできないと思っていました。このアトリエは住居スペースを考慮しても、平面作品を制作する分には十分なスペースがあります。しかし道具や材料は自分の力で揃える必要がありその調達は日本よりも圧倒的に難しくなります。その上、慣れない土地で生活するだけでかなりの「労力」「時間」「経費」を費やすため1年間で個展ができる程の制作をするのは難しいとも言えます。今までの受賞者はわかりませんが、少なくとも私にとって本当に価値のある発表をするためには、もう2、3年必要でした。つまり、私にとってのパリ賞1年間はその先に続く「きっかけ」を作る為の期間と捉えていました。その成果はまだ明確なものではありませんが、発表形態として効率的なのが「オープンスタジオ」です。
自分の部屋兼アトリエで展示を行い、シテ内外から招待します。短期間しかいられないアーティストにとっては非常に有効で、時期によっては毎週のように誰かが開催していました。実はこのシテ、1~3ヶ月くらいしか滞在できない人がほとんどなので、1年間も滞在できる私たちはとても恵まれているということが住んで初めてわかってきます。
私にはアートの勉強、発表以外にもう一つの目的がありました。私はアーティストであると同時に曹洞宗(禅宗) の僧侶でもあります。布教というわけではありませんが、「禅という言葉がどのように認識されているか」また「40年前に広まったヨーロッパの禅がどのような変化をとげているか」を見聞する目的もあったのです。このためアーティストとしてだけでなく、宗教を通しても多くのフランス人、ヨーロッパ人と知り合うことができました。そして彼らとの交流が、「もう暫くヨーロッパに滞在してみよう」という決心を自分にさせました。こちらに来る前は、何か刺激を得て帰国すればいいぐらいに思っていました。しかし、半年で既に「もう少し滞在したい」と思えた事で、その後の動きも大きく変わったように思います。日本人に大きく欠けている部分として「宗教に対する見解と知識」がありますが、アートに関わる人間にとっても、この先重要になってくるのが「宗教と芸術の関係性」です。この視点を持ちながらこの土地に居続けることが、私にとってだけでなく世界の「芸術」と「宗教」に大きな収穫をもたらすと思っています。
最後に。よく言われることですが、外へ出てはじめて日本を客観的に捉える様になります。そのような視点を持って強く思ったことは「日本人ほど特殊で恵まれた才能のある民族はいない」ということです。私たち日本人はまた、その才能に自ら気付けない性質も同時にもっています。そのお陰で天才的(天然) ともいえる才能が自滅することなく、外部からも守られているとも言えます。しかし、今まではそれで良かったのが現段階の様々な状況において注目され、秘かに期待の目を向けられています。自ら発信する必要はありませんが、その期待に的確に応えられる俯瞰した視点をもってほしいと思います。そして私もそうあり続けたいと思います。
(私が継続してきたことの一つとしてブログがあります。もし興味のある方がいれば覗いてみて下さい。)

現在パリ賞を頂き、Cite internationale des Artsに入居しています。
海外派遣の賞を受ける人間としては珍しいと思うのですが、私は海外に行く事がほぼ初めてのような状態でパリの生活を始めました。しかも、渡仏した際は既に30歳でした。
実際生活を始め、壁になる事はやはり言語と生活感覚です。
受賞後、入居までに1年間の準備期間があったので、仏語を勉強しました。いざ生活すると、パリ市内はほとんど英語が通じ、他国に行くにも英語が役に立ちます。しかし、文書等は仏語でしか届かない為、基本文法等は必ず学んでおく必要があります。
制作上では、私は、全てを自分で制作するのではなく、分業する制作方法に移行している最中だったので、この方法を勝手のわからない場所で行うことの限界を知り、時間がもったいない、と3ヶ月目あたりから時間とお金の使い方を代える必要性を感じました。
私は幸運にも、こちらに来て2ヶ月目にイタリアでの展示のお話を頂きました。
これを機にパリに滞在していれば、イタリアにも簡単に行けることがわかり、急に世界が縮まりました。
欧州内の移動費は、早く段取りさえ組めばかなり格安で行く事が可能です。この事に気づいてからは、この滞在期間で私の弱点を克服する為には、目で見て確認する事しかない、と思い、とにかく「観る」という事に力を入れることにしました。他国へ行き始めると、パリだけの感覚で美術/デザインという考えを持つのは危険だとも思いました。欧州の凄い所は、美術/デザインが点ではなく、千年前から現在までの時間軸さえしっかり線で観られ、検証、確認が同時に行える事だと思います。そのおかげで、現在目が肥えてきている事がよくわかります。そして自分の作品をどうすれば通用できるかを施行できそうな段階に入り始めました。
そうこうして現在、9カ国巡りました。半年前まで1カ国しか行った事なかった自分が嘘のようです。
これだけ巡るにはさすがに日常の贅沢はできませんが、私にとって贅沢は、パリで生活できる、という事に加え、全ての時間が自分のものだと言う事です。
パリの住居(シテ)は4区のセーヌ川沿いにあり、立地が素晴らしい。シテに入居する特権としては、一般的に毎月第1日曜日に無料で入れるパリ市内の美術館(ルーヴルを除く)に、毎日無料で入れるカードを発行してもらえます。(このカードは、こちらでの身分証にもなるのでとても助かります。)ルーヴル美術館はフリーパスを購入し、歩いて30分もあれば通えます。昼間の美術館はあちらこちらで子どもたちの授業が開かれているので、日本との教育の違いを覗けます。
ギャラリーやブティックが存在するマレ地区は10分で行けます。大型店舗が少ない分、どうしてこういう店が延々と存在できるのかと思う程、どこまでも小さな店が続き、しかもギャラリーのような店舗作りなので、歩いているだけで日本とは違う視点から作られた作品群に出会え、迷いながらもつい歩みを止められない場所です。
パリの店舗の多くは、夜7時には閉まり、昼休憩もしっかり取る。営業時間がとても短いです。販売機が無いから、夜中に飲み物も買えない。今では慣れましたが、当初は買い物を時間内に済ませるのにさえ必死でした。
そして、一番驚いたのが、どこでも年配の方たちが働いている。とても素敵な事だと思います。パリは大人の街と聞いてはいましたが、なるほど、と納得しました。
私が感服してしまうのは、街並もあります。
歩く人々が皆、この街並をまるで制服か勲章のように纏っているように思えます。さりげないのに、何もかも納得させてしまうくらい美しさを追求した街並は、生粋に日本で育った私には、息苦しい程ですが、多くの人々がこの街並を一度は纏いたくて訪れるんだろうという事もよくわかります。
一方、現在私が辟易していることは、思わず息を止めたくなる程の空気の悪さです。気持ち良く外を歩きたくても、至る所で歩きタバコ、ゴミのちらかし、犬の糞…。これだけはここに来ないとわかりませんでした。いつか匂いを伝えるテレビが発明されたら、新しい革命が起こるのではないかと思っていましたが、この匂いが伝わらないのは、ある意味残念です。街並の美しさも人の美しさもこれでは半減するのでは、と思うのですが、これで良し、とするパリは、統一出来ない程、人種が多いからだと聞きました。他国を巡った中でも、確かに一番人種が多いように感じます。だからこそ、日本人の私が歩いていても気楽なのかもしれません。
最近は夜の9時半に陽が沈みます。冬時間~夏時間が存在する理由もわかりました。突然のお天気雨なんて日常茶飯事、昼と夜の寒暖差…。毎日忙しい天気は人格も変えそうな気がします。日本の裏側にこんな世界が存在していたのかと、日々感嘆。自分が地球の一員だったという事も日々実感。その分、自分が何の為にこの場所に居るのかを考えないと、強い意志が無いとくじけそうになります。
そして改めて、日本を憶います。