大島快Oshima Kai

作品写真:ハーベスト小川202
作品写真:ハーベスト小川202

東京都小平市小川町1-2439 ハーベスト小川202harvest ogawa202, 1-2439, Ogawacho, Kodaira-shi, Tokyo

木材、写真Wood, photoH2510 × W6330 × D4500mm

・家に帰った時にふと「うちに帰りたい」と思ってしまった
・室内にいる時、私の体の外側は内に触れている

大島快

自分の見ている世界をありのままに表現する。これは美術の王道であると同時に非常にラディカルなアバンギャルドだ。この表現は常に更新し続ける。大島は自分の部屋から一歩も出ないでこれに挑戦し続けたところが実に天晴と言えよう。その集大成としてここに現れた物体は内蔵がひっくり返ったような部屋だ。これは部屋の内側を外側に投影しただけだろうか。しかしそんなに単純ではないことは明白で、全ての物が裏返しになっている事に気づくと同時に妙な世界に一歩踏み込むことになるだろう。外側に映っているのは透視された内側であると同時に鏡で反転された世界なのだ。ためしに鏡に映ったマヌカンを見つけて欲しい。そしてそのマヌカン本体はどこの面にあるか。今見ている面とは反対側に位置する面は、部屋の中にいた場合の真後ろの面。この場合は地球を一周して反対側に立った時に出会う面ということになるのだが。
さて、そうすると作者はこの立体の中に何をとじ込めようとしたのだろうか。

彫刻学科教授 伊藤誠

後藤彰太Goto Shota

作品写真:21

21

シリコン、FRP、アクリル塗料 他Silicone, FRP, acrylic paint, otherH2400 × W1800 × D1600mm

過去を振り返り、現在を見つめて、未来を考えた。

後藤彰太

「見せ物」としての彫刻。日本の彫刻を語る上でそれは避けて通れないところかもしれない。そのモチーフとして自画像の選択は実に挑戦的だ。この作品はいわばステレオタイプの寄せ集めのようにも見える。頭ばかり大きく肥大化した自己の欲望に対する現実化の錯覚。抽象表現主義の作品をまとった身体。読み取り様によっては非常に図式的で単純なメッセージのみが発信されているようにも受け取られるだろう。しかしここにある物体はそんなことはどうでも良くなるような感触がある。それはこの作品を前にした時、視線の行き着く先の細部から来るのだろう。作者はシリコンやポリエステル樹脂を駆使し頭髪を植毛。それは造形的な追求をも、見せ物的なリアリズムをも逸脱した、細部への愛着に貫かれている。この作品を90年代以降の既存のコンテンポラリーアートの影響から語ることは容易だろう。しかしむしろ生き人形師の衣鉢を継ぐ者として、「拵えもの」としての開き直りにこそこの作品の可能性を感じる。

彫刻学科教授 伊藤誠

シンギュハンShin Guehang

作品写真:Deer#4
作品写真:Deer#4

Deer#4

ブロンズ、鋳造Bronze, castingH2550 × W1600 × D700mm

作品写真:Deer#4

この瞬間は時間を外したので超越性を帯びる。すべての変化は永遠性を伴って現れ、それは人間の理性では把握できない自由で永遠な存在であるということを現す。

シンギュハン

シカがブロンズで作られている。波動して錯綜する輪郭は躯体の膨らみを象って顔と蹄で凝集し、頭部から上方に伸び上がって後方に散開する角は、体内の空洞で発生した力を放射している。
変化に富んだワックスの断片を水の中で成形し、これらを網の目状に寄せ集め、首部、胴体、四肢の各部が作られている。同様の手法で作られた角とともに、ロストワックス技法を用いて各部を分鋳し、溶接により一体化した。
この作品には、ワックスの物質的特性とブロンズ鋳造技術への実践的研究の成果が現れている。そして、それは作者が作品の制作とともに構築しようとしている存在論的な思考の模像とも言える。作者は、古来より世界の始原と根拠を人間たちに夢想させてきた不変の何かを、刹那の生成を集積したシカのアイコンとして現前させようとしている。

彫刻学科教授 黒川弘毅

椋本友美子Mukumoto Yumiko

作品写真:「Oh my god!!」
作品写真:「Oh my god!!」
作品写真:「Oh my god!!」

「Oh my god!!」

木、チェーンソー、乾漆、金箔Wood, chainsaw, dry lacquer, gold leafH1900 × W1100 × D3600mm  H2200 × W600 × D500mm ×2点 H1100 × W500 × D200mm

独特な魅力に圧倒されてから一年間、彼のストーカーをしてきたが、卒業という節目に私は彼を神格化し埋葬することにした。
カブトガニは彼の象徴であり、脇侍は聖域への門を表す。そして手前中央に鎮座するスフィンクスは墓を守る守護者である。
この作品は愛で成り立っている。

椋本友美子

この東洋人の顔をしたスフィンクスは、守護神なのか怪物なのか、女なのか男なのか、何を守護しようとしているのか、生きた化石と言われるカブトガニは何を象徴するのか、ご神体なのか王なのか、二分割された巨木の内側に荒々しく刻み込まれた二体の脇侍は、なぜ火で焼かれているのか、そもそもスフィンクスに脇侍などいるのかと、多くの疑問を抱かせ、神話、遺跡、アニミズム、寺などのイメージをごちゃまぜにし、しかし整然と並べ、見事に椋本ワールドを現出させている。この屈託のなさは、彫りの上にも出ている。妙に生々しい部分があるかと思えば、異様とも思える凶暴さでチェーンソーを木に突き刺し、像が傷付こうがお構いなし、その手で工芸品を撫で回すように造形する統一性の無さ。この極端な感覚の分裂から、事故的に生み出された物たちからなる構成空間は刺激的である。それぞれ異なった様式、意味、素材を、一つのインスタレーションに組み込むスタイルは、彫刻の可能性を広げるかもしれない。

彫刻学科教授 戸谷成雄