市森天颯(HAYATE ICHIMORI)Ichimori Hayate

作品写真:POTTERY
作品写真:POTTERY
作品写真:POTTERY
作品写真:POTTERY

POTTERY

ファッションショー|メルトンFashion show|Melton8点

コンセプト
花にとって花瓶が容器であるように、人にとって服は容器である。

説明
今回は石膏や粘土のように、削られて形ができていく彫刻的なプロセスに注目した。
箱型から削られて、人の形へと近づいていくその過程をショーの演出として表現することでケープからコート、ジャンプスーツなど様々なアイテムを展開した。
一つ一つの服の提案というよりは、削られてできていく形が人を包むときのシルエットを魅せたかった。

市森天颯(HAYATE ICHIMORI)

大胆且つ繊細、硬質且つナイーブ、シンプル且つ緻密、作者の衣服づくりに向かう姿勢は常にそんな印象を持ち興味深い。また、ファッションを単なる身体装飾や一過性の捉えどころのない領域とは捉えず、常に彼独自の視点から模索し切り込んでいく姿勢も心地よい。今回の作品は、まさにその結晶といえる。

空間演出デザイン学科教授 天野勝

宇戸佐耶香Uto Sayaka

作品写真:流骨
作品写真:流骨
作品写真:流骨

流骨Ryukotsu

インスタレーション|流木、鉄、鍛造、溶接Installation art|Driftwood, iron, forging, weldingH4000 × W3800 × D9000mm

海岸で、流木が骨に見えた。私の誤解が、この作品の第一歩になった。
4年間学んだ舞台美術は、観客の想像力を働かせることが重要であると思っている。この想像力で観客とコミュニケーションをとれることが私にとって演劇の最大の魅力であり、欠かすことが出来ない。
人体を具象的に造形するのではなく、骨に見えた流木たちを繋ぎ合わせることで、観客に不安定だが力強い人体を想像して欲しいと考えた。
その流木の流れるような曲線を躍動感につなげた。

宇戸佐耶香

造形とは、デッサンの中にあり。
宇戸の作品は躍動している。
デッサンで裏打ちされた流木造形は
風に揺れて
「人間讃歌」を詩っている。
これは、パラリンピックだ。

空間演出デザイン学科教授 堀尾幸男

柏木兼介Kashiwagi Kensuke

作品写真:土地の色相環
作品写真:土地の色相環
作品写真:土地の色相環
作品写真:土地の色相環

土地の色相環Hue circle of land

模型, プランニング|紙、布、木、鉄、モルタルModel, planning|Paper, cloth, wood, iron, mortar模型:H2000 × W1800 × D900mm
空間:H2700 × W4640 × D8200mm

人が手を加えることなく、自然に生えてくる「雑草」
雑草は土地々々の環境に対し、素直にそこに生え、季節に合わせて、身を染め、大地を染めている。
それら自然の産物から色を頂き、季節や土地の色味を味わい、そのひと時を閉じ込める。
その日その場でしか出ない色を集積し、土地の色相環を作っていきたいという気持ちから「場所と時間」を記憶する染工房を提案した。

自然と共生する
ではなく、
自然と共生していた
ことに気がつく。

「雑草」とは我々が勝手につけた名前である。

柏木兼介

色相の総体を順序立てて円環にして並べたものを色相環と言う。
〈Wikipediaより〉
まさしく柏木の仕事自体が、ひとつの信念で貫き通された色相環のようである。
東京を舞台に様々な場所で雑草を摘み、その雑草で布を染める。一見同じに見える薄緑色に染められたファブリック群は、それぞれ“一期一会”の微妙な差異を見せることで総体の意味を露わにする。
アクティビティの最終形として理想の染め工房を、木材とコンクリート製の荒々しい建築模型で提示した。それはまるで手の痕跡を色濃く残すセルフポートレートスカルプチャーのようであり、柏木が目指す本質的な美の探求、その始まりを意味する未来予想図のようにもとれた。

空間演出デザイン学科教授 片山正通

小嶋沙弥華Kojima Sayaka

作品写真:森閑と生長す
作品写真:森閑と生長す
作品写真:森閑と生長す
作品写真:森閑と生長す

森閑と生長すTo growth and the deafening silence

インスタレーション|結晶、金網Installation art|Crystal, wire meshH2800 × W4800 × D6800mm

盆栽から植物の生命力に気付き、それらの持つ時間に興味を持ちました。苔という植物は長い年月を表す言葉としても知られている通り、とてもゆっくりと生長します。その時間は結晶が育つ時間と似ていると感じます。そして、その時間はとても静かだとわかり、タイトルの森閑という言葉に繫がっていきました。

小嶋沙弥華

小嶋は1年以上、植物と向かい合ってきた。課題や制作に合う植物を選び観察するなかで、盆栽や苔の有り様を模倣し分解して、自分らしい表現を探求し続けているうちに、苔と結晶に近いものを感じる。その後は独自方法で結晶を育て、頭の中で思い描く操作した成長の姿を、教室という無表情な盆の上に、じわじわと生かし育てた。準備時間と成長を待ち見守る時間と、どちらも辛抱と緊張と静謐な時間であったと感じさせる。

空間演出デザイン学科教授 五十嵐久枝

菅沼華佳Suganuma Hanaka

作品写真:月/euphoria
作品写真:月/euphoria
作品写真:月/euphoria
作品写真:月/euphoria

月/euphoriamoon / euphoria

ファッションショー|ベロア、ベルベット、ウール、シルク、サテン、チュール、合繊、ほかFashion show|Velours, velvet, wool, silk, satin, tulle, synthetic fabrics, other

衣服によって人を興奮させたり、様々な時代や土地を体験できる。夢を与えてくれる。
しかし今は2017年だが、日本のファッションはある時から止まっているように感じる。新しい美はどこにあるのか?
美しさを保ちつつ常に変化し続け、何よりも明るく輝いて私達を導く「月」は私の憧れだった。
興奮しながら憧れを描きながら愛を込めてこの手で作ったらそれは衣服を超えて、誰かの心を豊かにできるアートになるかもしれない。

菅沼華佳

私のゼミでは、個々のオリジナルを追求する精神を育てようとしています。
大学で、社会で、学生達は刺激と自分の試行錯誤から自分で学べる環境にあります。
教授として強いコメントをすると時として、学生の成長を妨げることがあると思っています。ただ彼らに、アートとファッションのアルゴリズムを理解するよう力を注いでいます。

菅沼華佳は、このゼミで学ぶべき精神と感覚を見つけたと言っていいでしょう。
精力的なリサーチに元づく知識、情熱と聡明さ、作品に対する第六感。
現行の日本のファッションが70, 80年代の類似で終わっている事について、彼女には意見があります。
彼女は珍しい宝石、そして彼女の賢い服と美へのヴィジョンには心から同意します。

空間演出デザイン学科教授 パトリック・ケビン・ライアン

戸口誉Toguchi Homare

作品写真:キッチンにて、サファイアに告ぐ
作品写真:キッチンにて、サファイアに告ぐ
作品写真:キッチンにて、サファイアに告ぐ

キッチンにて、サファイアに告ぐTell the sapphires in the kitchen

ミクストメディア、 インスタレーション、 パフォーマンス|タイル、水、花、魚Mixed media, installation art, performance show|Tile, water, flower, fishH2700 × W4500 × D8500mm

朝の太陽のこと
人の正しさのこと
私の背骨のこと
眠るいのちのこと
めぐる水のこと

おもいだせない
食べる何か
卑しい浄化

戸口誉

ゆっくりと乾燥していく藁、蛇口からこぼれ落ちる水滴、開け放たれた窓を行き来する空気。目に見えない何かをひとつひとつ掬い取るように、ふたりは休むことなく「手入れ」を遂行している。訪れた人はそこに佇むうちに、いつしかゆったりとした時の流れに誘い込まれ、心のどこかに置き忘れていたものを見つけたような気持ちになる。作者は「いのち」に関わるものを扱う場所として「キッチン」に着目した。日々の生活の中で見失いそうなものを丁寧に見つめ、心の中に蘇った小さな輝きそのものを採集してきた。そして、それらを空間に生ける作法を見つけた。

空間演出デザイン学科准教授 鈴木康広

本多悠悟・矢口由奈Honda Yugo, Yaguchi Yuina

作品写真:outer suburbia
作品写真:outer suburbia
作品写真:outer suburbia
作品写真:outer suburbia

outer suburbia

キネティックインスタレーション|鉄、木材、モーター、ほかKinetic art|Iron, wood, motor, otherH4000 × W9400 × D9400mm

郊外のまた外の世界、きっとどこかにこんな世界があるかもしれない。

本多悠悟・矢口由奈

東京の下町で育った僕は、自分の部屋の窓から怖々と屋根の上に出ては、天の川や星座を眺めるような少年でした。そこは、空想の世界に浸れる特別な場所で手の届く日常の隙間に時々顔を覗かせる「魔法の扉」のような存在でした。
この作品は、絵本作家ショーン・タンの『遠い町から来た話 Tales From Outer Suburbia』を引用しながら、遠く屋根裏部屋から微かに聴こえて来る気高さに満ちたシューベルトの曲と共に、街が寝静まったあと、まるで目眩くメリーゴーランドのように星座を作る不器用でも夢に溢れた鉄のマシンたちが屋根の上に姿を現す。
人間の在り余る空想の入り口として、世界にたった1枚の「扉」しかなかったとしたら、それがここにある。

空間演出デザイン学科教授 小竹信節

松下千尋Matsushita Chihiro

作品写真:白日に告げる
作品写真:白日に告げる

白日に告げるconfession

インスタレーション|トイレットペーパーInstallation art|Toilet paperH2400 × W9000 × D6000mm

ずっと自分の胸の内に閉じ込めてきた感情を吐き出すことにした。
自分の胸の内を他者に明かすことは私にとっては最も怖いことだけれど、今もう抑えきれなくなってしまった。

とりとめもなく溢れ出る感情を“編む”という動作を通し吐き出し続けた。

そうして吐き出し続けた感情の集積は私の身体よりもはるかに大きくなり、いつの間にか私の姿を隠してしまった。

松下千尋

手をかけ思いをつのらせ淡々とトイレットペーパーを編み続けた。ただそれだけなのに、とてつもない力を感じる。ただ単に編み続けたからこそ、近代合理主義では起こりえない強い力が溢れ出たのだ。

空間演出デザイン学科教授 小泉誠

若田勇輔Wakata Yusuke

作品写真:軀
作品写真:軀
作品写真:軀
作品写真:軀

body

インスタレーション|ポリエステルフィルムInstallation art|Polyester filmH2000 × W11000 × D6500mm

私たちは、自分の“身体”と、その周囲に存在する“物”、そしてそれらを取り巻く“空間”というように、身の回りにある様々な要素を別個のものとして捉えている。しかし、先住民族が自然の中で葉っぱの衣服を着るように、人・物・空間、本来それらは分け隔てられるものではなく全て一体である。

若田勇輔

「人・物・空間、本来それらは分け隔てられるものではなく全て一体である」と若田は言う。「本当だろうか?」「そんなはずはない!」そんな疑問を感じさせることが若田の魂胆なのだ。そんな問題を惹き起すため覚悟をもった表現をした。

空間演出デザイン学科教授 小泉誠