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デザイン情報学科 教員紹介




長澤忠徳
 Tadanori Nagasawa 主任教授

1953年生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。英国王立芸術大学(RCA)大学院修了。1981年帰国後事務所開設、デザイン開発等のディレクション、コンサルティング、プロデュースを行う。


Q. 研究テーマと分野は何ですか?
A. デザイン情報論、カルチュラル・エンジニアリング

Q. その内容は?
A. デザイン情報論:
構想力としてのデザイン、理解力としてのデザイン、汎技術としてのデザイン、という観点で、情報を軸とした新しいデザイン概念の開拓を目指して研究しています。
カルチュラル・エンジニアリング:
デザインの社会効用論の立場から、「文化」を現出させる可能性を持つ装置としてのデザインの役割と方法について、「文化」とは何かという問いを含めて、その基礎研究から応用展開に至る一連のプロセスを、具体的な社会活動、教育実践活動を通じて研究しています。

Q. 教授の視点から見る「デザイン情報学科・学生」とは?
A. 本学科の学生諸君は、「デザイン情報学」とは何か、デザイン情報学科はどんなことを目指した学科なのかという問いに、難解さと戸惑いを感じているように思います。しかし、このすっきり言明しにくい、ある意味で曖昧で苦しい情況こそ、新しい学問とその具体を生み出していく手ごたえに他ならないと思っています。学生諸君は、性急に、わかりやすさを求めます。しかし、知識も技量も未熟な若き学究に、そう簡単にわかる内容だとすれば、それはおそらく、すでに社会で実現してしまっているものであったり、安直で表面的なわかりやすさでしかないかもしれません。「現在という名の過去を未来に向けて発掘していく」という態度を、学生諸君に求めたい。もちろん、このことは僕自身も自覚しようとする命題です。正直、まだ僕も言明できません。そして、僕自身、学生諸君と同様の困難に立ち向かっています。
何でもできる学科であるという理解も、決して間違ってはいませんが、それは学生諸君の主体性によります。結果として、他学科と同様の制作物ができたにせよ、そこへ至るアプローチの違いにこそ、新しい時代を拓いていく可能性が秘められていることを自覚してもらいたいと思います。つまり、同じ制作物でも、新しいアプローチを試み、そのあり方の位相を変えるということを考えて欲しいのです。だからこそ、すでに多様なデザイン関連学科が設置されている本学に、デザイン情報学科が新たに生まれた理由があるのではないでしょうか。
今年度から新しいカリキュラムが運用されています。学生諸君が自らの問題意識を基盤に、自分独自の専攻領域を創造していけるような科目構成を目指しています。次代に活躍するクリエイティブな人材は、あらかじめセットされた選択肢ではなく、自分で卓越性を得るための自己研鑽装置をも作れる能力が必要です。新しい職能/職業を学生諸君が自ら創り出していってくれることこそ、本学科教員としての僕の期待です。自らの意志として「何を問題にするか」が重要なのです。さらに言えば、本学科での、たった4年間ぐらいでは、その答えは出ない。おそらくライフワークとなるそのきっかけをつかんでもらうための貴重な原体験が与えられる濃密な期間なのだと思います。社会の現実に合わせるのか、社会を変革していこうとチャレンジするのか。
迷って、悩んで、混乱しても、若さと真摯な眼差しがあれば、必ずや新しい何かを発見できます。あの遥かなる水平線に向って漕ぎ出す勇気と信念が、僕らの創造的な生き方を支えてくれます。夢多き人であって欲しい。
コンピュータ操作が上手、ドローイングが得意、発想が独創的、知識が豊富、分析力が抜群、論述力に長け、筆力もある、交渉力、説得力が人一倍。願わくば、全部卓越していたい。どうして、「そんなこと、夢だよ、理想だよ」と大人ぶるのですか?
若さを放棄するのですか?次代を担うデザイン人材は、もっとどん欲であって欲しい。
訳知り顔のずるい若者に、未来は託せない。大学は、専門の学問を学ぶだけの場ではないのです。社会のあり方、文化、世界観に、すなわち、他者に影響をあたえる表現領域に生きようとする学生諸君には、専門性とともに、正しい倫理観と全人格性が求められます。僕はそう信じています。




今泉 洋
 Hiroshi Imaizumi 教授

1951年生まれ。武蔵野美術大学建築学科卒。在学中よりライターとして音楽評論などを行う。卒業後、構成者としてFM音楽番組などを数多く手がけ、81年株式会社アスキーに入社。ニューヨーク駐在員としてメディアビジネスの調査やラップトップPCの企画を担当。 帰国後、雑誌創刊企画、ハイテクラボ、海外書籍編集、パソコン通信サービス「アスキーネット」運営、インタラクティブソフト事業部などを経て93年にコンサルタントとして独立。家電、情報機器メーカーの研究所などで情報関連分野の研究プロジェクト、新製品開発に参画。学科創設とともに教授として着任。


Q.
研究テーマと分野は何ですか?
A. 「場」を支えるコラボレーションのしくみ(リアリティ・エンジニアリング)、あるいは「場具」というしくみ

Q. その内容は?
A. 「知っている・知らない」という“情報の上下関係”、“教える・教わる関係”ではなく、「知らない」同士が話しているなかで双方が新たな情報を生成していく、“発見し合う関係”のあり方を考えています。手短に言うと、互いに好奇心を刺激することによってセレンディピティ(serendipity:思わぬ発見をする能力)を導き、自己実現につなげるヒューリスティック(heuristic:発見的)な方法のことです。それをデジタルメディアを使ったコラボレーションという枠組みの中にいかに装置化していくか、というのが目下の関心です。

Q. 教授の視点から見る「デザイン情報学科・学生」とは?
A. 大学生活の価値は、大学に入る前と出た後、そこにどれくらいの差を生み出せるかで決まります。大学の4年間というのはより良い自分に“変身”するための期間である、ととらえるべきでしょう。
ところで、うちの学科の学生を見ていると、ほとんどの学生はデザイン情報学の何たるかを分からずに入学してきているようです。正直に言うと、第一志望の学科に入れなかったために、仕方なくこの学科に入ってきた学生が多いと思います。
確かにこれは“不幸”なことかもしれない。しかし、見方を変えれば、この時点でよりよい自分に“変身”するための準備は整っていると言っても良い。それはなぜか?
僕は、デザイン情報学のテーマの一つとして「非安定の価値」に注目したいと思っています。具体的に言えば「変化をチャンスに変えるための方法論」を考えてみようということなんです。
われわれ人間は基本的に、環境との間に快適なバランス、“幸せな安定”を保とうとします。何も変わらなければ退屈ですが、できることなら先の見えない大きな変化は避けたいと思っています。しかし、自分自身をよりよい存在に変えていこうとすれば、このバランスを意図的に崩し、新しいバランスを見つけて安定しなければならない。とくに子どもから大人になろうとするとき、つまり大学生活を経験する時期といっても良いのですが、このことがとても大きな問題になります。
こうした見方からすれば、「第一志望不合格」という“不幸”を経験し、デザイン情報学科に入学した諸君は、“幸せな安定”がすでに崩れた状態にあると言えます。であれば、さっさと頭を切り換えて、これをうまく活用することを考えたほうが良い。このショッキングな“不幸”を新たなチャンスとして活かし、より良いバランスの実現に向けて自分自身を組み替えていく……その準備が整っている、と考えてみるべきです。
言うまでもなく、現代はきわめて不確実な時代、つまり伝統やこれまでの実績がアテにならない時代です。高い評価を得ていた権威が地に落ち、多くの“不幸”が生まれている。だからこそ、これまでにない新しい力、臨機応変のバランス感覚が求められている。こんな時代には、誰かが用意してくれた“幸せな安定”にしがみつこうとするよりも、自分自身の力で問題を解決していく能力こそが求められていると思います。実はこの話、べつに“不幸”を経験した学生だけじゃなくて、日本全体に言えることなんですけどね。
それはさておき、デザイン情報学科はこうしたバランス感覚とデザインという運動能力を育てる体験の場であるべきだ思います。学生諸君には、「変化を友としてつきあっていく方法」を学ぶところだと考えてもらいたい。そして、ここで得られる方法論を上手く使って“変身”し、これまで美大生に期待されていた役割を遙かにしのぐ活躍をして欲しいと思っています。




森山明子
 Akiko Moriyama 教授

1953年生まれ。東京芸術大学美術学部芸術学科卒業。
1975年特許庁入庁、意匠課審査官となる。国際デザイン交流協会企画調整課長などを経て、1986年日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社。1988年「日経デザイン」副編集長、1993年編集長。1998年に本学着任。編著書には『昭和のデザイン〈パイオニア編〉 デザイン“遣唐使”のころ』(共著、日経BP社、1995年)、『デザイン12の扉』(編著書、丸善、2001年)、『カラー版日本デザイン史』(共同監修・共著、美術出版社、2003年)、『まっしぐらの花ーー中川幸夫』(単書、美術出版社、2005年)などがある。


Q. 研究テーマと分野は何ですか?
A. 編集工学、デザイン社会環境論

Q. その内容は?
A. 編集工学に関連しては、「プリントメディア編集基礎」「プリントメディア研究」などの科目においてプリントメディア編集のためのメソッド開発を研究、学生の実践を指導。
デザイン社会環境論は比較デザイン論としてのデザインの社会環境の解明が主体。

Q. 教授の視点から見る「デザイン情報学科・学生」とは?
A. ビジュアルの訓練を積んだ学生は、テキスト作成に想像以上に優れている。出版という分野に限定されない言語と視覚言語の関係開発の演習には、大きな可能性を感じている。



井口博美 Hiromi Inokuchi   教授

1956年生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。通商産業省(現経済産業省)の外郭団体である(財)日本産業デザイン振興会に就職後、デザイン情報活動やプロモーションに従事。1991年にデザイン&マーケティングの総合的コンサルティング会社である(株)イードに移籍し、企業の各種調査研究プロジェクトや商品・デザイン戦略の立案等を手掛ける。

Q. 研究テーマと分野は何ですか?
A. ブランド確立に向けた「ストラテジック(戦略的)デザイン」。元々は、自動車や情報通信機器等 ID 系を中心としたデザイン評価やデザインマネジメントが専門領域。

Q. その内容は?
A. 今日の企業にとって「ブランドの確立」というのは重要な共通課題であり、そのブランドとデザインは表裏一体の関係にあります。いわば経営戦略の一環としてクローズアップされているデザインは、高度情報社会を背景に従来のデザインを取り巻く枠組みや商品開発プロセスに革新を迫るような様々な課題を投げかけています。つまり、そこには経営的視点とデザイン的視点の複眼で捉えなければならないより戦略性の高いレベルでのデザイン領域があり、経営とデザインのインターフェイス役を果たす高度なデザインマネジメントが求められているわけです。それを「ストラテジック(戦略的)デザイン」とうことで共通認識化を図り、その方法論を専門分野を超えて多角的に研究・実践化することに大きな意味があると思います。

Q. 教授の視点から見る「デザイン情報学科・学生」とは?
A. デジタルメディアやテクノロジーの発達によって、ますます新しいデザインの領域は多様化しながら拡がっているのは確かですが、それはデザイン情報学科の学生にとって大きなチャンスでもありちょっと見方を変えればリスクでもあります。たとえば入学時には、デザインの世界を志すきっかけとしてCGやWeb、ゲームのデザイナー等に憧れてこの学科を選択した人も多いと思いますが、だからといって誰もがメディア・アーチストを目指すわけではないでしょう。コンピューター等デジタルツールの依存度が高くなるにつれ、クリエイティブ作業をすることだけが目的化してしまうとそれはある意味で危険信号です。つまり、そこで「デザインの本質」を見失ってしまうと"DESIGN INFORMATICS"としての存在価値が半減してしまうような気がしてしまうのです。ただし、4年間の大学生活の入口と出口では自分自身のやりたいことや仕事に対する考え方も変わるのは常ですから、その劇的変化にもある程度対応できるようにデザイン情報学科のカリキュラムが幅広く柔軟で多彩なことは実にいいことだと思います。要はいろいろな刺激を受けながら、自分自身の素養・センスと大学で培った能力を将来に向けて何に振り向けるかという「自らの方向付け」ができるという環境そのものが大切なのです。時代の要請として、今のデザイナーにはひとつの専門性に留まらず複数の専門性が求められているような実情もあります。そのマルチデザイナーを目指して、私はデザイン情報学科の若い力と積極的アプローチに期待しています。





佐藤淳一
 Junichi Sato 教授

1963年生まれ。東北大学工学部・武蔵野美術大学短期大学部卒業。1987年日本楽器製造(現ヤマハ)入社。音響機器の設計に従事。独立後、工業デザイン、フォントデザインなどの業務を経て、ネットワークメディア表現の実践的な研究を行う。同時に写真作家として活動。95年より個展、グループ展、Webコラボレーション。


Q. 研究テーマと分野は何ですか?
A. ネットワークメディア研究 / photography as web-based art

Q. その内容は?
A. ウェブという非物質のメディア上で展開される、主に写真表現の実践的な研究。ウェブ写真は印画紙とモニタ画面という表層的な物理メディアの違いのみならず、作品の形態としてもプリント指向からプロジェクト指向という変化をもたらす。物質としての作品(写真=プリント)を作り込むのでなく、ウエブサイトという時間軸上の存在にイメージが断続的に布置されていく事態を重視する。このイメージ生成の流れを作品ととらえること。それこそが情報の流動性の著しく高いこの時代を生きて作家活動を行うことの証左となろう。過去の表現スタイルと評価基準への盲目的な追従や伝統の継承を行うのでなく、時代に対峙する新たなスタイルの模索と実験に興味がある。

Q. 教授の視点から見る「デザイン情報学科・学生」とは?
A. デザイン系学科であるからといって、必ずしもデザインをすることだけが求められているわけではないと思っている。問題発見能力や論理性、戦略性など、一般にデザイン的なプロセスとされている頭脳スキルは、実は新しい分野で戦うアーティストにも強く必要とされるものだ。
自分はいったい何がやりたいのか、というレベルまで深く掘り下げて思考し、すぐには評価されなくとも根源的な問題意識の下に自分が納得できる作品を作って行こう、という姿勢の学生がいるのは頼もしい。末恐ろしい学科だと思う。




井上尚司
 Shoji Inoue 准教授

1960年生まれ。コンピュータ系の専門学校を卒業後、その学校に就職。その後、ソフトバンク総合研究所を経て、独立。その間、放送大学教養学部卒業、筑波大学大学院経営・政策科学研究科中退。コンピュータの基本ソフトウェア、インターネットをはじめとするネットワーク関連、マルチメディア等が守備範囲。


Q. 研究テーマと分野は何ですか?
A. コンピュータ関連。特に、「オペレーティングシステム」と「なんとかネットワーク」とか「ネットワークなんとか」といった分野が守備範囲。

Q. その内容は?
A. コンピュータはハードウェアとソフトウェアに分けられます。そのソフトウェアの部分も基本ソフトウェアとアプリケーションソフトウェアにわかれます。この「基本ソフトウェア」の部分が、一番興味のある「場所」です。

Q. 教授の視点から見る「デザイン情報学科・学生」とは?
A. 教授陣の幅の広さと同様に、学生の志向も幅広い。しっかりとした目標/目的をもった学生は伸び伸び生活できているが、迷い続けて4年間ということもありえる怖い場所(?)かも。




白石 学 Manabu Siraishi  准教授

1971年8月17日,岡山県生まれ。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業。同大学院基礎デザインコース修了(造形修士)。九州芸術工科大学大学院芸術工学研究科博士後期課程修了(芸術工学博士)。東西大學校(韓国・釜山)デジタルデザイン学部マルチメディアデザイン学科助教授を経て、現在に至る。専攻・研究分野,マルチメディアコンテンツデザイン,ユーザーインタフェースデザイン,デジタル系メディアアート。主な論文,「旋律に対する視覚要素〜旋律の構成要素による視覚化および情緒反応の研究〜」,「モーションライドを用いた視覚と振動の相互作用に関する研究」。現在,視聴覚センサーを利用したメディアアート表現の実践的研究を行っている。




江下 就介 Shusuke Eshita  准教授

1974年生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。Pratt Institute Graduate Communications & Package Designコース修了(Master of Science in Communications Design)。武蔵野美術大学大学院博士後期課程単位取得退学。2003年ソニー株式会社入社、クリエイティブセンターにて開発業務に携わる。2011 年より現職。




中島信也 Shinya Nakajima  客員教授

略歴
1959年福岡生まれ大阪育ち。
1982年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学 科卒。
TVCM演出家/(株)東北新社専務取締役。


1991年カップヌードルの「hungry?」でカンヌ広告祭グランプリを受賞。近作は「燃焼系アミノ式」(ACCグランプリ)「伊右衛門」(ADCグランプリ)資生堂「新しい私になって」(ADC会員賞)など。





佐藤 卓 Taku Satoh  客員教授

略歴
1955年東京生まれ。
1979年東京芸術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了、株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所設立。

「ニッカ・ピュアモルト」の商品開発から始まり、「ロッテ・ミントガムシリーズ」「ロッテ・キシリトールガム」「大正製薬・ゼナ」「明治おいしい牛乳」「NTTドコモ FOMA P701iD、P701iD」等の商品デザインを手掛けるほか、「BS朝日」「金沢21世紀美術館」「首都大学東京」等のVIデザイン、NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」のアートディレクション、大量生産品をデザインの視点で解剖する「デザインの解剖」プロジェクトなどを手掛ける。
著書に、「SKELETON」(六耀社)、「デザインの解剖」シリーズ(美術出版社)、「クジラは潮を吹いていた。」(トランスアート)など。




村井 純 Jun Murai  客員教授

略歴
1984年 慶応義塾大学大学院工学研究科後期博士課程修了
1987年 東京大学大型計算機センター助手
1990年 慶応義塾大学環境情報学部助教授
1997年 慶応義塾大学環境情報学部教授
1990-2005年 慶応義塾大学SFC研究所所長
2005年−2009年5月 学校法人慶応義塾常任理事
2009年より環境情報学部長

主な著書:『インターネット』、『インターネットII』(岩波新書)
『日本でインターネットはどのように創られたのか?』(株式会社インプレス)他多数
 

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