■講演
5月9日(金) 16時30分 美術資料図書館1F第10講義室
『Body-Corpse 絶滅芸術のための急進的若者文化』
講師:マッシモ・カネヴァッチ(イタリア/サピエンザ大学教授、文化人類学)
急進的な文化における多数の身体言語の交差。ひとつのアイデンティティーの代わりに登場した「私自身」たちは、若者にまつわるクラシックな概念をキャンセルする。スキンとピクセル、有機体と無機体の共生が生み出すMulti-viduoの正体とは。
5月12日(月) 16時30分 美術資料図書館1F第10講義室
『暴力的な形式の映像がなぜ叙情的か』
講師:板屋緑(本学映像学科教授)
暴力性の背後でざわめき、その隙間から噴き出してくる断片とは。「ヤング、アグレッシヴ」に集結した現代ロシアの作品を、絵画、ソヴィエト・ロシア映画、本学学生作品との比較を交えて考察する。
5月13日(火) 16時30分 2号館第7講義室
『芸術におけるサブ・ヴァージョン(転覆)』
講師:ロディ・オン(本学博士後期課程、美術理論研究領域)
「見る・見られる」という構造を分析し、実行される転覆行為は、視覚芸術、心理的な問題両方に強い関係を持つ。歴史とロシアの民間伝承、スパイ映画、ベテラン作家 vs 若手作家、テレビ vs ヴィデオアートなど、いくつかの転覆のケースを解説。
5月16日(金) 16時30分 美術資料図書館1F第10講義室
『倫理・昇華・現実的なもの』
講師:福田肇(フランス/レンヌ第一大学哲学科博士課程専攻、現代フランス哲学・ラカン精神分析)
「ヤング・アグレッシヴ」展覧会の目的は、アートの領域における象徴化を一端停止することで、既成の意味へと掬いとられる前の行為に直面したわれわれが示すとまどいや不安の経験をとりあげることにある。ところで、こうした〈意味〉の宙吊りの不意打ちは、〈現実的なもの〉(le r仔l)―ラカンの用語で言うところの―の噴出である。なぜなら、〈現実的なもの〉は、〈象徴的なもの〉(le symbolique)の把捉を逃れるかぎりでみずからを顕すからである。こうして、「ヤング・アグレッシヴ」が目指すものは、〈倫理〉という圏域の現れることと深くかかわらないではいられない。それでは、〈現実的なもの〉を現在化する契機としての〈倫理〉とはどのようなものなのか。このように規定された〈倫理〉という問題構制は、どのようなパースペクティヴにおいて、アートの領域とかかわるのか。これらの問いについて考えてみたい。
5月17日(土) 16時30分 美術資料図書館1F第10講義室
『ヤング・アグレッシヴにおけるイメージと暴力性』
講師:貝澤哉(早稲田大学文学学術院教授、ロシア文学)
「ヤング、アグレッシヴ」の作品群を特徴づける暴力性は、純粋に粗暴でおぞましいだけのものなのか。ヨーロッパにおけるイメージ=表象の歴史を参照しながら、この暴力性の根底にあるものを検証する。
5月18日(日) 14時00分 美術資料図書館1F第10講義室
『欄外の視覚:芸術における法医学アトラスの意義』
講師:ロディ・オン
1980年代、サンクト・ペテルブルグに発生した「ネクロレアリズム」の作家たちは、法医学アトラスを探求し、その視覚を芸術の現場へ持ち込んで美術史における周辺の視覚の意義を指し示した。法医学の写真家が専門原則に従って撮影した写真の中心にあることではなく、周辺に書き込まれている内容を探しながら、ロシアと日本の文化の比較分析を行う。
■上映会
<実験芸術ラボ「ムザララ・フィルム」スタジオ作品上映>
協力:武蔵野美術大学イメージライブラリー
1985年にサンクト・ペテルブルグに成立されたロシアの最初のインディペンデントスタジオ「ムザララ・フィルム」は極端な芸術実験を選択した作家のサークルになった。この芸術ラボから発展したネクロレアリズムの映像作品を見て、ヤング・アグレッシヴの文化の一部である「ノルマ(日常的義務)への反抗性」について考える。武蔵野美術大学イメージライブラリー収蔵のイェヴゲニ・ユフィット監督作品を中心に、ネクロレアリズムの初期短編・長編作品を3日間のプログラムで上映。ソ連崩壊当時、作家として誕生した彼らの映像表現に見られる精神病的限界、生命における急進性を議論する。
5月20日(火)『無言の叫び』 16時30分 2号館第7講義室
知性の脱却を目指した激しい行為(ハプニング)の中に生まれた映像表現は、活発な動きや叫びを極限化する。その徹底した表現は観客の注意を引きつけるが、空しく、無意味な、逃げられない叫びである。
「看護員・化け物たち」(1984年 / 4分)、「きこり」(1985年 / 9分)、「春」(1987年 / 10分)、「自殺のイノシシ」(1988年 / 4分)、「勇気」(1988年 / 3分) 他
5月21日(水)『騒がしい沈黙』 16時30分 2号館第7講義室
ネクロレアリズムの「無言の叫び」をポジ的限界とすると、ネガにあたる沈黙の極限化もまた彼らにとって探求の意味を持ちえる。やはり彼らは、常識を苛立たせる耐え難い沈黙も道具として使用する。
「木の部屋」(1995年/61分)
5月22日(金)『反理性的な実験』 16時30分 美術資料図書館1F第10講義室
科学における実験とは、理性的な思考に従ってものの真実を確かめる方法である。芸術における実験とは、感覚に形を与えて、その表現を確かめる方法である。ネクロレアリズムにおける実験とは、理性と感覚を確かめる方法である。ソ連の科学の形式に反科学的な内容を書き加え、正気と狂気の共存を実験する。
「天使の騎士」(1989年/20分)、「銀の頭」(1998年/83分)