
048. きおく
きろく
岩上恵理子
作者コメント:
私は、小さいころから絵を描くことが好きでした。
大学生になって、
仕事として絵や漫画を描く機会をいただいて、
自分のことについて、ものづくりについて、
考えることが数えきれないほどありました。
あるとき、
絵を描くことがつらい、苦しい、と思ったことがありました。
なぜ描くことがつらいのか。
なぜ描きたいと思うのか。
制作を続けながら、自身に問い続け、考え続けました。
私は、
商業のためではなく、人のためでもなく、
何年か後の自分のために、
この作品を残すことにしました。
いつかの、そのときに、過去をふりかえるための材料として。
瀬野はるか
作者コメント:
本論は、大西伸明(1972生)・竹村京(1975生)2人の若手作家から現代アートの新しい地平を見出す研究論文である。
近年、現代アートが私たちの生活に身近なものとして広まりつつある。しかしながら、ネオリベラリズムの余波は美術界にも押しよせており、展覧会の入場者数や市場価値という数字だけで、作家や美術館を評価せざるを得ない状況を生み出している。アートは今まさに最も不自由で閉塞的な時代を迎えているといっても過言ではない。本論では、そのささやかな抵抗として、「共通感覚」という意味での<コモン・センス>をキーワードに、2人の作家が織りなす、普遍的な美しさについて論じている。
050.
「つくるはみる」「みるはつくる」−度し難く分離された美術教育における鑑賞と制作を一体化する私の挑戦−
大黒洋平
作者コメント:
本来、美術教育においても「つくる」ことと「みる」ことは同等にして、同時に行われるものであったはずだ。みることなしに、つくることはできない。その逆も然りではないだろうか。本論では、美術教育において鑑賞と制作がなぜ分離してしまったのかを解きほぐし、その切り離すことができない行為の帰還を目指したい。
私自身が美術館や学校で体験した事例を挙げながら、批評的に考え、作品を「つくる」ことと「みる」ことの間にはどのような乖離が横たわっているのかを探りながら、美術教育における新たなアート・リテラシーを求める試論に挑んでみようと思う。
冨田万里江
作者コメント:
『あやなしばなし』はある状態を描写したものにすぎません。
おばあさんはひたすら洗濯に没頭し、
犬は落とした肉をいつまでも未練がましく追い求め、
ロバはあらゆる方法で背中の荷物を落とすことだけを考え、
おじいさんはただ一生懸命カブを抜こうとしています。
アニメーションだからこそ、そこには動きという面白さが生まれます。
「あやなし」は「筋が通らない」という意味の昔の言葉です。
お話に意味を求めなかった時、観る人と映像の間に生まれる純粋な面白さが、作品の世界観を作るのではないでしょうか
宮部 愛
作者コメント:
子ども達が見ている世界、高さ100cmにはどのような世界が広がっているのだろう。
博物館実習を通して、子どもの、大人の、鑑賞空間について考えさせられた。
生活の中にアートを根付かせる試みを空間デザインの領域から提案したい。
そこでストックホルム近代美術館に倣い「移動する美術館」を構想した。
展示空間をすべて子どもの視点に合わせた100cmに設定し、このプランを100cmミュージアムと名付けた。
「子どもにとって優しい」は「大人にとっても優しい」。
高さ100cmの世界に触れる中で美術館という空間をきっかけに社会の中にユニバーサルデザインの新しい視点が創造出来れば、と思う。
八重樫典子
作者コメント:
私たちは日常的に写真、映像などのイメージに接することによって、実物のモノに先立つ「先見的なイメージ」を頭の中に蓄えた状態にあります。そんな、ある意味では「以前にみんな見てしまった」といえる現代人が現実を「みる」行為は、淡々とした確認作業的なものに陥りがちな一方で、日常を生き生きとさせてくれる可能性も持っているはずです。本論文では今を生きる私たちの「みる」行為が一体どのようなものなのかということを捉えなおしていきます。
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