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東京駅前の新丸ビル7階、フロア全体をレストランゾーンとする「丸の内ハウス」の新しい試みに対し、「空間としての見せ方」を重視したサイン計画を提案した平林奈緒美。
「普通のグラフィックデザイナーに比べると、『空間』に抵抗がなかったかもしれません」
そう言って、「空デ」出身であることと関係しているのかも、と振り返る。
武蔵野美術大学空間演出デザイン学科から、資生堂宣伝部(現アドクリエイト部)に就職。本人の強い希望で2002年から一年間、ロンドンのデザイン事務所「MadeThought」へ出向。帰国後の2005 年1月に独立。以来、フリーのアートディレクターとして、ファッション系セレクトショップのプロモーションツールやカタログ制作、CDジャケット、パッケージなど、多彩な活動を展開している。
グラフィックデザインを中心とした活動から、丸の内ハウスでの「空間」への展開。出身学科を考えればとうとうと言うべきか。しかしそれは違う。平林のグラフィック作品は、いままでも常に「空間」を見据えてきたからだ。
「デザイン家電って、嫌いなんです。もちろん、プロダクトとしてキレイだなとは思います。ですが、あれが似合う日本の家ってどれほどあるんだろう。空間や全体のバランスを考えたとき、とても疑問に思います」
だから平林は、たとえパンフレット一冊、ショップの紙袋一つ、ひいてはレシート一枚にしても、自分でデザインしたものがその後、どんなふうに持ち運ばれ、置かれたとき、どんな佇まいを見せるのかまで、とても大切に考える。それは主として二次元で展開するグラフィックであっても、常に次元を超えた「空間」で、物事を捉えているということだ。

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ときに「男性的」と形容される平林のデザイン。その特徴は、広い視野に立った論理的な思考と、これにもとづく緻密な表現、といえるだろうか。コンセプトや商品によって実現される「かたち」は多彩だが、共通するのは、細部まで手抜きのない徹底的なこだわり。それが、逆に「デザイン」を過剰に意識させず、商品そのものを際だたせるといった、さりげない肌触りとなって表れる。
たとえば、ファッションブランド「ジャーナルスタンダード」のシーズンカタログでは、古い洋書をイメージのベースとした。このため活字は活版に。しかも、現在一般的に使われている樹脂板ではなく、昔ながらの亜鉛板を使うことで、印刷される文字がわずかに沈む、そのエッジの立ち方にまでこだわった。あるいは、古書に特有の小口の不揃い感を表現するため、裁断をすべて手作業で行ったという。一つひとつあげていけば、そんなこだわりはまだまだある。ただ、デザイナーのこだわりはときとして、アクの強い、作為的なものになりかねない。ところが平林によるそれは、ブランドイメージと融合して、いかにも昔からそこにあったかのような、自然な雰囲気を漂わせるのだ。
しかし、「デザイン家電が嫌い」という発言に加え、「デザイナーが『素敵であれ』と思ってつくったものを見ていると、うんざりしてくる」とさえ言い放つ平林は、「オリジナリティ」を表現したいなどとは、毛頭、思っていないようだ。
「システム的なことが好きなんです。たとえば伝票。使う人がそれぞれ必要なデータを入力していくんだけど、それが常にきれいに仕上がる。そういうことが好き。だからべつに、私がデザインしたことなんてわからなくてもいいんです」
自身の持ち物も、業務用が多いという。「機能的で使いやすいし、シンプルだから」とその理由を語る。どうやら彼女が求めるのは「本質的な美しさ」だ。極力装飾をそぎ落とし、それでもなお「きれい」と感じられるようなデザインの追求。
そんな平林のスタンスを、ファッション系のデザインとは180 度違うかたちで表現してみせたのが、NTTドコモの「パッケージデザインマニュアル」だ。
「従来の仕事では、紙の質感や印刷に頼れる部分もあったのですが、この仕事では全くそういうことが通用しない。なにしろ納品したのは、文字の書体、ケイ線の太さなどの指定を記したpdf データのみ。つまり、NTTドコモの製品をつくっているそれぞれのメーカーが、この指定に従えば、まったく同じ物がつくれるデザインマニュアルなわけです。細部へのこだわりより、計算や汎用性の方が優先された。細かい計算をしながら緻密に詰めていくという地味な作業でしたが、私としてはとても面白かった。好きです、こういう仕事」
「システム好き」な平林にとっては、まさに「本領発揮」といえるだろう。

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そんな平林が、デザインに対するスタンスを、より積極的に伝えようとしているのが、古平正義、水野学、山田英二と結成した「SCHOOL OF DESIGN」での活動だ。
「新しいデザインの教科書」と銘打って出版された書籍『SCHOOL OF DESIGN』(誠文堂新光社、2006)には、いずれも第一線で活躍してきた彼らによる「デザイナーの心得」ともいうべき内容が、アートワークとともに記されている。
そもそもの始まりは2006 年9月、「ギンザ・グラフィック・ギャラリー(以下、ggg)」が毎年開催する企画展「Graphic Wave 2006」に、この4名が選ばれたことによる。それぞれ自由にポスターをつくって展示するというのが、この企画展の趣旨だったが、平林と古平は「ポスターは、目的があってつくるもの。自由につくれと言われても困る」と異議を唱える。ただ、「同業者が4人も集まって何かやれる機会はないので、とにかく何かをやろう」と、改めて構想を練ることに。その中で出た案が、デザインブームと言われる昨今、ともすれば見失われがちな「デザイン」の本質を問い直そうという「デザインの教科書づくり」だった。そして内容に即したアートワークを、ポスターとして展示することにした。
「デザインって、結局は『考え方』。ところが、デザイナーの感性や個性が表現されているものがデザインだ、といった風潮がある。それは少し違うと思うんです。また、私たちはみんなフリーで仕事をしていて、学校を出たばかりの若いスタッフを抱えているわけですが、彼らが、デザインはレイアウトだと思っているようなところがあった。学生時代って、自分の『表現』に意識が向きがち。ですが、デザイナーはアーティストではない。多くの関係者との共同作業の中で、何かを整理していくような仕事です。そんなことを、少なくともデザインを志す若い人たちに知ってほしいと思ったんです」
「新しいデザインの教科書」と銘打っただけに、4人が講師となり、大学や専門学校に教えにいきたいという「野望」も抱いてはいるが、それはまだ実現していない。ただこれまでに何回か、美術館などに呼ばれてレクチャーを行ったほか、2008年には「竹尾/TAKEO PAPER SHOW 2008」でディレクターを務めるなど、その活動の幅は着実に広がっている。

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それにしても、「SCHOOL OF DESIGN」結成の動機に「学校では教えてくれないことを伝える」ということがあるとすれば平林にとって大学は、どういう場所だったのだろう。
「私の場合、空間演出デザイン学科にいながら、途中でやっぱりグラフィックで仕事がしたいと考え始めたので、就職するには、そのための実績がなかった。だから、独自に作品をつくってコンペに出したり、印刷会社でアルバイトをすることで、版下や印刷のことを勉強したんです。ただ、だからといって学科を間違えたとは思っていません。大学って、自分のやりたいことは何かを発見して、そのためにはどうすればいいのか、自分で考えて挑戦して、試行錯誤する。そのプロセス自体を勉強する期間なのだと思います。そういうことが、私はとても勉強になったし、社会に出てからも役に立っています」
何かをデザインするときは、常に自分の「体験」に立ち返るという平林。つまり、学生時代もその前も、彼女が過ごしてきた日々はすべて、彼女のデザインに集約されている。だからこそ、無理に「オリジナリティ」を求めなくても、ほかの何にも似ていないデザインが立ち上がる。だがそれは、フワフワと湧いて出るような、そんな簡単なものではない。
『SCHOOL OF DESIGN』の中で、平林は最初に「強気でなにが悪い」と言う。この言葉は、熟考の末に構築したデザインを「これ」と信じたら、「どんな手を尽くしても実現する」とも言う平林の意思表明でもあるだろう。自分の体験に立ち返り、それこそ自分の深層まで掘り下げながら、一つのデザインを生み出している。そんな自負があるからこそ、出てきた言葉にほかならない。
![PROFILE ひらばやし・なおみ アートディレクター、グラフィックデザイナー。2006年から、古平正義、水野学、山田英二と協働する「SCHOOL OF DESIGN」としての活動も展開中。[1992年空間演出デザイン学科卒業]](http://www.musabi.ac.jp/student_life/img/2009_img_03_006.jpg)