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森本千絵 “ご縁”からひろがる、コミュニケーションディレクターという仕事。

森本千絵

より高いところをめざしたいから

横浜市郊外、テレビCM撮影中のスタジオの中。倉庫のように大きな空間には砂漠が広がり、ポツンとラクダが立っていた。近づいてみれば、背中のコブは二つのドラムである。「この子の名前は“ダブルボンゴ”」。そう言って、ラクダの長い首を抱くのは、このCMの企画から、“広告”としてのすべての作業に携わるアートディレクター、森本千絵だ。

スタッフだけで総勢50 名はいるCM撮影現場にいて、森本は、じつに伸び伸びと楽しげだ。カメラマンの後ろに回って構図を確かめたり、モニターを眺めたり、出演する俳優らとツーショットで記念撮影をしたり。とても自由に振る舞っているように見える。

「撮影現場は、いつもとっても楽しい。ここまでくれば、私の仕事はほぼ終了していて、これまでつくりあげてきたものを、心から信頼できる大勢のスタッフが具体的な形にしてくれる。だから、安心して遊べます」森本はそう言って笑う。だがもちろん、企画立案からあらゆる作業に携わってきた者として、不慮の事態には現場ですぐに対応できるよう、気が抜けない時間でもある。それに、撮影時間は長く、不規則だ。合間に違う仕事のチェックをしたり、簡単な打ち合わせをこなしたりもしている。

実際、同時進行している仕事も一つや二つではない。「最近の仕事にまつわる、とても長いブログをアップした」というので見てみれば、ここ数カ月間で、本の装丁をはじめ、映画の宣伝美術、ミュージシャンのアルバムとプロモーション・ビデオの企画・制作が複数、さらに、いくつかの大きなイベントに対するアートディレクションをこなしているばかりか、海外に渡航したり、大学の講師に招かれたり、自身が主宰するワークショップまで開催している。

「これだけの量をこなすことは、私にしかできないという自負はあります。でもその分、努力してきたし、体と心を使いながら、絶対いいものをつくりたい、より高いところをめざしたいという気持ちがあるから、いつも全力です」

大塚愛ベストアルバム「LOVE is Best」(2009年11月発売)/Mr.Childrenベストアルバム「It’s a wonderful world」中吊り広告(2002年)/こどもたちが未来の都市を語る 三菱地所「想像力会議」CM(2008年)

ファンタジーとリアルのバランス

1976年生まれ。現在、弱冠33歳にして、広告業界で第一線を張るアートディレクターである。その才能の開花は早く、ムサビの視覚伝達デザイン学科卒業後、博報堂に入社して4年目、自身にとって2作品目にして、東京ADC(アートディレクターズクラブ)賞を2作品同時に受賞。他、N.Y ADC賞、ONE SHOW、朝日広告賞、JAGDA新人賞など、多くの受賞歴をもつ。2006年には史上最年少で東京ADC会員として名を連ねた。

そんな彼女が生み出すヴィジュアルはよく、“ファンタジー”という言葉で表現される。たとえば、東京ADC賞を受賞したMr.Childrenのベストアルバム「It's a wonderful world」(2002年)の電車の中吊り広告では、風に揺れるレースを使用。そこに戦闘機や国会議事堂などのモチーフをあしらって、硬くなりがちな反戦のイメージを、柔らかさによって印象づけた。また、三菱地所グループの企業広告「想像力会議」(2008年)のテレビCMでは、子供たちが、「クルマはグミみたいにぷにょぷにょしている」「街は全部芝生にして、ビルの上から熊さんが種を蒔く」などと話し合うごとに、現実の街が、そんな姿に変わっていく様子を描いて見せた。まるで絵本の世界のような温かさや、空想が現実になったようなわくわく感が彼女の作風だ。

ただし、単にほのぼのとかわいらしいものを創ることと、それらを“広告”として成立させることとはまったく違う。シビアなリアリストとして現代社会に向き合っているからこそ、“広告”としてのメッセージを、過不足なく表現できるに違いない。

たとえば、「想像力会議」が強い印象を残すのは、20世紀の間に“コンクリートジャングル”と化した都市において、私たちはすでに、大規模開発に対して懐疑的になっているからだ。ところがこのCMでは、東京駅周辺、まさに三菱地所グループが現在再開発を進める丸の内エリアが芝生に覆われ、子供たちが自由に駆け回っている。まさか、その風景が現実になるとは思わないまでも、大手ディベロッパーにこんな想像力があるならば、街はもっと楽しく、良くなるのではないかと、感じることができるのだ。

 

初の個展 到津の森公園「動物園で、森本千絵°展」(2009年福岡県北九州市)/森本のおオフィス「株式会社goen°」ロゴ

 

“goen ゜”で広がる無限の宇宙

ところで、先に森本を“アートディレクター”と紹介しているが、最近その肩書きに“コミュニケーションディレクター”もつけ加えたという。

一見わかりにくい肩書きだが、一般に“アートディレクター”と言うときの、デザインのみ担うといったイメージこそ、多岐にわたる彼女の仕事を表現しきれていないのかもしれない。それに“コミュニケーション”という言葉は、2007年に設立したデザインオフィス「goen゜」という名前にも通じる。人と人とのコミュニケーションによって生じる“ご縁”。それこそ、彼女が何より大切にしているものなのだ。

「最初は、“ご縁”なんて、少し湿っぽい言葉かなとも思ったんですが、一周して、当たり前にいいものなんじゃないか、逆に、こういうことをはっきり言えるのはカッコいいことじゃないかと思い直してつけました。この名前には、自分が何を一番大切にしているのかを常に意識させられます。もしも考えやイメージがブレたり、いつの間にか違う方向に進んで行ってしまっても、この名前によって、いつでも出発地点に帰って来ることができる。『goen゜』という名前は、今まで私がつくってきたものの中で、一番の代表作じゃないかな」

実際、森本の活動は、「goen゜」の名のもと、じつに多様な広がりを見せつつある。

その一つが、2009年3月28日~5月31日まで、福岡県北九州市小倉北区にある「到津(いとうづ)の森公園」で開催された初の個展「動物園で、森本千絵゜展」だ。

なぜ森本が、初の個展を北九州で、しかも動物園で開くことになったかといえば、それはひとえに、園長・岩野俊郎氏との“ご縁”による。

岩野氏といえば、北海道の旭山動物園の名物園長として知られる小菅正夫氏(現在は名誉園長)の旧友で、互いに、動物園再生に取り組んできた人物。そして到津の森公園は、一度は閉園しながらも、地元・小倉の人びとの熱い存続要望により、市営として再生した自然公園+動物園である。

森本は、これらの経緯に深くかかわる岩野氏の活動はもとより、人と動物との共生、自然、地球環境などに対する考え方に深く共感。園長に、公園のイベントとして個展を開催してほしいと依頼を受けたことから、自身の個展にとどまらず、到津の森公園をもっと魅力的にすることを目的とした「どうぶつgoen゜」プロジェクトをスタートさせた。

「動物園で、できること/動物園に、やれること」をテーマにした「どうぶつgoen゜」プロジェクトでは、仕事を通じて親交を持った秋山道男氏をプロデューサーとして招いたほか、個展会期中にはさまざまなワークショップを開催。その講師として、ダンスカンパニー・コンドルズの近藤良平氏ら、仕事でもプライベートでも「縁深い」人びとを招いて、来園者と一緒になって、動物園を楽しみ、その未来について考える機会をつくった。

また、「どうぶつgoen゜」の継続的な活動の第一弾としては、「どうぶつ郵便局」を開局。これは、園内各所に動物宛ての手紙を投函するためのポストを設置、手紙を書いてくれた人にはその後、「どうぶつの代理」から返事が届くというもの。「動物園は、みんなとつながっている」というのが、そのイメージだ。

こうして森本は、ひとつひとつ生まれた“ご縁”を幾重にもつなげ、それを無限に広げていくのだ。そんな彼女の仕事ぶりに、ふと“宇宙”という言葉が浮かぶ。かつてレオナルド・ダ・ヴィンチは、人体の解剖により、地球上の自然を“大宇宙(マクロコスモス)”、人体を“小宇宙(ミクロコスモス)”と捉え、相関関係を見出したが、森本のおおらかな広がり見ていると、まさに人間は“小宇宙”で、その内側に、無限の可能性を秘めていると、信じられるような気がしてくる。

サントリーBOSSシルキーブラックのCM(2009年)/「シンバル ソロ編」撮影風景

自分の足で、大地を進む

「私の仕事の進め方は、いまだに学生時代と同じノリ。当時からの友人もクリエイターとして活躍しているので、いろいろ相談しているうちに、そのまま一緒に仕事をしてもらったりしています。そもそも、東京ADC賞をいただいたMr.Childrenのポスターや広告づくりも、友人や親しいカメラマンと一緒になって、ワークショップをしながらつくったという感じだったので、自分では、これが“広告”として評価されるとは思っていなかった。むしろ、学生時代に所属していたゼミでワークショップの手法を教えてくれた及部克人先生が作品をほめてくれたので、それですごく満足していたんです」

ワークショップという手法は、森本の制作過程において、常にそのベースとなってきた。自身の頭の中で羽を広げた空想は、人と人、人とモノ、モノとモノとのつながりによって、現実の中に生み出され、“広告”として社会へと羽ばたいていく。森本はそのすべを、大学時代に獲得してきたようだ。

ただ、社会人になって10年目の今年は、一度、すべての物事をリセットする時期だと感じているという。現在は「動いているものの上で走っている感じ」で、自分自身の足を地につけて、着実に進んでいるという安定感が希薄になっているのだと言う。

「今までとにかく全力でエネルギーを放出してきましたが、きちんと休むという決断も、仕事をする上では大切なんじゃないかと思い始めたんです。だから年内には、オフィスも一部移転させる形で整理して、2010年からは、一からクリアにして、自走できる環境を整えようと思っています」

今が、大きな転換期だという森本。これからは、仕事の進め方も、少しずつ変えていかざるを得ないのかもしれない。しかし、“goen゜”という大切な言葉を手に入れた今、仕事でもプライベートでも、たとえ自分がどんな方向に進み、流されたとしても、何の心配も、不安もないという。ファンタジーの中を漂っているように見えて、その実、リアルな大地に足をしっかりつけ、一歩一歩進んでいく彼女は、これからも私たちに、わくわくするような新しい表現を、見せてくれるに違いない。

森本千絵

PLOFILE

  • 森本千絵(もりもと・ちえ)
  • 1976年青森県生まれ東京育ち。
  • コミュニケーションディレクター、アートディレクター。
  • 株式会社goen゜主宰。

1999年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業

'99年博報堂に入社。2006年に史上最年少の東京ADC会員に。

'07年に独立して株式会社goen゜(ゴエン)を設立。

サントリーの缶コーヒー「BOSS SILKY BLACK」のCM演出、サンリオのハローキティ35周年キャンペーン、ベネッセコーポレーションBE-GO Global、Mr.ChildrenやゆずなどのPVやアートワーク、育児書『育育児典』の装丁などを手がける。

著書『GIONGO GITAIGOJ゜ISHO』。N.Y.ADC賞をはじめ受賞多数。