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絵を描くことは、生きている時間のすべてを使い果たしてもいいくらいの価値がある

加藤泉

人」を描くと、一番モチベーションが上がる

赤ん坊のようでいて、途方もない時間を生きてきたような生き物が、浮遊感を漂わせながら、深い色彩の中から立ち現れてくる。不気味だけれど、愛らしくて、ちょっと悲しそうだが誇らしげでもある。「キミは一体誰なんだい」なんて声をかけてみたくなる。

この絵は一体どこから来たのだろうか。こんな魅惑的な絵画に出会うと、そう問いたくなる。まして加藤泉が描くのは、奇妙な姿をした生き物たちだ。その出自がやっぱり気になるのだ。

「昔はいろんなものを描いていたんです。虫っぽいものとか動物、抽象的なもの……。そのうちに、人間を描くと一番自分のモチベーションが上がることに気づいた。描いたものに自分も反応するし、人に見せてもいいかなと思うのは、やっぱり人間だった」

写実的な人物像を抽象化していったのではない。逆だ。子供が丸を描いて、目のところに点を打って……というシンプルな記号のような描き方から出発して、だんだん具体的な形ができてきたのだという。

「もしかしたら普通の人間みたいになったかもしれないけれど、なぜかああなっていった」

加藤は今でも、子供が描くような記号的な形から描き始めるという。個体発生が系統発生を再現するように。

「もちろん手かがりになるイメージはあるけれど、それを追いかけることはしない。やっていくうちにイメージの説明みたいになっていったら、その絵はボツ。自分で分かるんです。もはや絵ではなくなってしまう……」

[無題]木、キャンバスに油彩 h.145.5×w.97cm(2006年)撮影:木奥恵三 Courntesy of the artist and ARATANIURANO

美術が必要だと確信するまでに何年もかかった

武蔵野美術大学の油絵学科を1992年に卒業した加藤は、個展やグループ展を重ねるほか、第52回ヴェネツィア・ビエンナーレに招待作家として参加するなど、海外でも注目を集める現代アーティストだ。

その加藤は「自分には美術が必要だと確信するまでに何年もかかった」という。

「高校時代はサッカー部で、美術部には一度も入ったことがない。美大に行こうと思ったのは、田舎から出たかったからかな。描けば絵はそこそこ上手かったし、勉強するよりいいだろうと。消去法ですね」

ムサビに入ってからも、バンドをやったり、大学は楽しかったが、アトリエにはあまり足が向かなかった。

「若いからエネルギーはあり余っているけれど、絵を描いても全く消化不良。何で裸の女の人を絵で描かなきゃいけないんだと」

アートという世界の前で、加藤はくすぶり続けたまま卒業。現場の職人仕事などのアルバイトをやりながら、それでも絵は描き続け、26歳で藍画廊個展。加藤が目覚めるのはそれから数年の後だ。

「30歳くらいの頃ですね、おれ、アートのことをずっと、かなり本気に考えていたんじゃないか、と気づいたんです。自分のところに世の中を引っぱってくるというか、それをアートでやっていたんじゃないかと」

アートのことをずっと考えていたというのは、美術書を読んだり、頻繁に展覧会へ通ったりということではない。対象としてアートを考えていたのではなく、無意識のうちに、加藤はアートによって世界と接続していたということだ。

そのことに気づいたとき、加藤には「アートならば、自分でしかできないものがやれるんじゃないか」という自信が芽生え、「自分が描こうとするもの、自分なりの描き方といったことへの理解も深まって、絵も明らかに変わってきた」という。

たとえば、加藤は絵筆を使わず、自身の指を使って描く。それは、身体性がどうのこうのという理屈とは関係なく、単なる道具として自分に合っているからだという。

「線を描くも、グラデーションとかも指の方が思い通りにできる。そういう技法も含めて、いろんなことが整理されてきたんです。何より大きかったのは、絵を描くことは、生きている時間のすべてを使い果たして、それで死んでもいいくらいの価値がある、と思えるようなったことかもしれません」

アーティストとしての手応えをつかんだその感覚は、今も持続しているという。

[無題]木、アクリル、木炭、シリコンh.223×w.40×d.45cm(2006年)撮影:木奥恵三 Courntesy of the artist and ARATANIURANO

 

絵と自分とが対等であるような関係

生命、時間……。加藤の描く、あのヒト、あの生き物は、われわれにさまざまなイメージを喚起せずにはおかない。何より、死を抱えながら佇んでいるかのようなあの生き物たちは、美しい。

「いろんなイメージを抱いて、いろいろ言ってくれるのは大歓迎」と加藤はいう。しかし、自分からはいっさい「何を描くのか」「何を描いたのか」を語ろうとはしない。加藤が真摯に語るのは「いかに描くか」ということだ。

「たとえば何かのモチーフを描くとき、よく対象を見ろ、と言うでしょう。それはちょっと違っていて、描いている絵も同じくらい見ないと。だって、対象を説明するために絵を描いているわけじゃないでしょう。モチーフはもちろん、自分の考えや感情、それも含めて何かを説明しようとしたとき、それは絵ではなくて、道路標識のようなものになってしまう」

意味を限定するのではなく、百人いたら百通りの「何?」を喚起するのが絵というものだ。そのために必要なことは、「絵と自分とが対等であるような関係」だと加藤はいう。

「画面の中に起こっていることを凝視して、それに対して次に自分は何をするべきなのか。そういう対等なやりとり、互角の勝負が成立しているような状態がベストなんです」

スケッチや下書きはほとんどやらないという。キャンバスにいきなり絵具を塗りつけ、生成していく画面と対話しながら、次の一手を考えていく。

「勝手に絵ができ上がっていくような感じがすることがある。赤い絵具をここにこのくらいの厚さで塗ろうかとか、そんなこと全く考えずに、自分のやることと画面のリアクションが絶妙にバランスして、気がついたらある世界ができている。そういう時はナイスプレーができたと思う」

その「ナイスプレー」のための備えは何か。加藤は今でも、月一回はムサビのグラウンドでサッカーをやる。サッカーで「ナイスプレー」のために決定的に重要なのは「ボールを止める・蹴る」がちゃんとできるかどうかであって、それは絵でも同じだという。

「僕が使っているテクニックは、予備校生でもやっている基本的なものばかり。でも、これがすごく奥が深い。それを皆、美術の文脈がどうのこうのとか言いながら、けっこうないがしろにしているような気がする」

「止める・蹴る」が奥深いのは、同じボールが来ることは二度とないからだ。絵を描くことも、まさに一回性の「絵と自分とが対等な」やりとりであり、勝負である。

「でき上がってみると、やっぱり僕の絵だな、とは思うけれど、絵具の塗り方一つでも毎回、全く違う。5年くらいの絵を並べてみると、すごく変化していることが分かる」

「無題」キャンパスに油彩 h.116.7×w.72.7cm(2008年)撮影:渡邉郁弘 Courntesy of the artist and ARATANIURANO

”普通の絵”でいい絵を描きたい

5年ほど前から、加藤は彫刻も制作している。大きな頭部、身体から直接生えたような突起物……。原始神のようなフェティシズムをたたえる彩色された木彫だ。

「絵を描くって、かなりしんどいんですよ。もともと四角くてペタンとした絵というのは、存在の仕方そのものが不自然なんですね。そういう不自然なものを現実と拮抗させるには、相当の強度が必要です。それに比べると、彫刻はでき上がった瞬間から世界とつながってくれるから、気が楽というか、解放感がある。まあ、僕が彫刻家じゃないからかもしれませんが。色を塗りたくて彫刻をつくっているようなところもあるから……」

絵画はまったくの虚構空間だ。すべてがその中で完結する。顔にちょっと色を差しただけで、画面全体、つまり世界全体が変ってしまう、と加藤はいう。画家がそのすべてを支配できなければ、現実世界と拮抗しうる力を持つことはできないのだ。

彫刻になることによって、加藤のあの生き物たちは、現実の空間でも生息するようになった。だが加藤は、ことさらに「人間らしきもの」に固執するつもりはないという。

「無理やり変えることはしないけれど、いつでも他の形に変ってもいいと思っている。最近、何となく意識しているのは、風景の中に人がいるような絵。そういう"普通の絵"でいい絵を描きたい。ここ何年も試しているんですが、これがすごく難しい」

私たちは、加藤の作品に、イコンのような「あの生き物」「人間らしきもの」を見、語ろうとする。それに対して加藤がとやかく言うことはないが、加藤自身は、決してイコンを描こうとしてきたわけではない。

自分が描こうとしているのは、あくまで絵画そのものであり、すべての努力をそのために傾けなければならない。キャンバスに立ち戻ったとき、加藤はそう再確認しているように思われる。

森本千絵

PLOFILE

  • 加藤泉(かとう・いずみ)
  • 1969年島根県生まれ。画家。

1992年武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業

'95年に藍画廊(東京)で個展。その後も個展やグループ展で発表を続け、「人のかたち」をした絵画作品で注目を集める。2004年の「lonely planet 孤独な惑星」(水戸芸術館現代美術ギャラリー)では立体作品を発表。他に'00年「VOCA展2002」(上野の森美術館)、'07年「第52回ヴェネティア・ビエンナーレ国際企画展」など、国内外のグループ展多数。

国立国際美術館(大阪)、豊田市美術館、原美術館などにパブリック・コレクション。