田村裕

田村裕(たむら・ゆたか)
TAMURA Yutaka

専門
デザインリサーチ(考現学研究)、編集・出版文化研究
Design Research, Study of Publishing Culture
所属
通信教育課程
Correspondence Course, College of Art and Design
芸術文化学科
職位
教授
Professor
略歴
2010年4月着任
1953年山形県生まれ
武蔵野美術大学大学院造形研究科 デザイン専攻基礎デザインコース修了(修士)
研究テーマ
近代日本の生活文化史を「考現学」および「編集・出版」の視点から研究する。

編集制作:『李朝民画:上巻・下巻』志和池昭一郎・亀倉雄策編・講談社 '82年、『楽園幻想 アンリ・ルソーの風景』(国際花と緑の博覧会・松下館出展記念)PHP研究所編・松下電気産業 花と緑博対策委員会 '90年、『ビデオで観る100本の洋画』選・監修:水野晴郎・PHP研究所 '92年、『マルチメディア・ダス』デジタル社会研究会編・ボダイデザイン企画・曜曜社 '94年、『老人介護の知恵』織田敏次・森光徳子監修・日本赤十字社医療センター編・PHP研究所 '95年など。
著書:『デザインリサーチ』武蔵野美術大学出版局 '02年(共著)、『教養としての編集』同 '09年(共著)。
執筆:「[図解]暮ら史ズームアップ第1回-12回」『小説歴史街道』第1-12号・PHP研究所 '94年1-12月、「日本現代文化論7─都市論『生き継いでゆく建築』」『図書設計』78号・日本図書設計家協会 '10年2月、「日本現代文化論10─考現学『「昭和」が息づく銀座の路地散策』」『図書設計』82号・日本図書設計家協会 '12年8月、など。
装丁:『昭和天皇ご自身による「天皇論」』半藤一利著 '06年、『大国政治の悲劇』ジョン・J・ミアシャイマー著 '07年、『西洋の没落』第1-2巻・O・シュペングラー著 '07年、『幻想の平和』クリストファー・レイン著 '11年、『なぜリーダーはウソをつくのか』ジョン・J・ミアシャイマー著 '12年、『美味求真』木下謙次郎著 '12年(以上すべて五月書房)など。

For a long time I was engaged as an editor in the planning and production of publications in the fields of art, history, and business. In my research activities, I investigate and study the achievements of Wajiro Kon and his colleagues who conducted fieldwork on public behavior and the cityscape (“modernology”) in Tokyo in the 1920s and 1930s and also conduct research on the history of publishing and printing culture in modern Japan. The latter involves research on changes in expressive forms (picture books, illustrated books, picture magazines, etc.), especially from the nineteenth to the early twentieth century, as well as the infrastructure that supports design expression, such as production technologies, publishing and distribution systems, readership, and reading conditions. MAU correspondence courses for which I am responsible include Printing Technology, Design Research I, and Editing.


研究概要

●今和次郎と「考現学研究」

2001年12月より、考現学研究会である「今和次郎主義」を主宰し、これまで①考現学の創始者である今和次郎や吉田謙吉をはじめとする考現学グループの文献研究・研究報告、②今や吉田のご遺族・お弟子筋など関係者への聞き取り調査、③考現学調査や街歩き景観記録、を行なってきた。
①②の主な活動を以下に示す。

  • 戦前に今和次郎が関わった山形県新庄市の積雪地方農村経済調査所(現「雪の里情報館」)での住宅改善の活動や、今和次郎基本設計の秋田県立青年修練農場(昭和13年)に関する資料・情報収集。後者では青年修練農場の後身(戦後)である県立天王経営伝習農場の元技師の方に当時の建築の様子や戦後の農村住宅の改善活動について話を伺った。
  • 戦後間もなく今和次郎を所長として創設された造形デザイン学校・早稲田大学工芸美術研究所附属技術員養成所に関する調査と資料収集、またその卒業生である今洋子氏やイラストレーター・長尾みのる氏らへの取材を行なった。長尾みのる氏からは卒業写真をはじめ当時の貴重な記録資料を拝見させていただいた。
  • 考現学グループの舞台美術家・吉田謙吉と東洋美術史家・安藤更生が、大正13年から数年間、間借り生活を行なっていた築地の土井印刷のご遺族に取材を行ない、文献記録をもとに、部屋の様子を想像しつつ当時の二人の活動年表を作成し、足跡を検証していった。今和次郎人脈と会津八一人脈が交差する中で、同人誌『銀座』や雑誌『住宅』の編集が行なわれ、安藤の著書『銀座細見』や今・吉田編著の『考現学採集 モデルノロヂオ』が出版されていたことが明らかになった。また、安藤更生が編集主幹となり、今和次郎や佐藤功一ら早大系建築家を顧問とする昭和9年創刊の住宅雑誌『住居』の内容分析を行なった。
  • 近年は、吉田謙吉が昭和20年に演劇の指導者として蒙古・張家口へ赴任し、現地で終戦を迎えて21年まで中国・天津で抑留生活を送った頃の演劇活動と引揚前後の足跡、また昭和22年から24年まで講師を務め、美術史と舞台美術の講義を担当していた「鎌倉アカデミア」時代の活動を調査している。
  • 昭和6年に今和次郎らが行なったと思われる無署名記事の「浅草・銀座〜二大盛り場・考現学調査」のうち、銀座大通りの通行人の人数・男女・属性別調査データをデジタル化し、大正14年の東京銀座街風俗記録や昭和初期のグラフ雑誌掲載の銀座街風俗写真記録などとの比較を行なっている。

③の「考現学調査」については下記のとおり。

  • 渋谷・宮益坂公園のホームレス住居の様態や分布図作成、「図書館考現学」調査、銀座〜築地、都電荒川線沿線、巣鴨〜板橋旧中山道などの街歩きなどがある。
  • 近年では、山手線高架下店舗や銀座一帯の路地観察、戦後の堀の埋め立て地付近の写真記録など。また、先の「浅草・銀座〜二大盛り場・考現学調査」に記載されている銀ブラ・コースを昭和6年の『大日本職業別明細図』(東京交通社)や、昭和7〜11年の「火災保険特殊地図」などを手がかりに、現在の場所と比較したり、銀座大通り沿いを通行人が歩く属性別・履物別の歩行速度を、現代人の速度と比較したりしている。

「図書館考現学」のポストカード型調査報告書の一例

「日本現代文化論10─考現学『「昭和」が息づく銀座の路地散策』」
『図書設計』82号(日本図書設計家協会 2012年8月)より

●出版・印刷文化史研究

近代日本の出版文化史及び印刷文化史の研究、とりわけ19世紀〜20世紀初期の絵入り本・挿画本・絵雑誌などの表現形態の変遷と、造形表現を支える生産技術、出版・流通システム、読者層・読書環境等の基盤について研究している。2008年12月には印刷文化・出版・編集に関する勉強会として「印刷文化史研究会」を主宰。以後、不定期開催ではあるが、会では調査中の印刷物(19世紀〜20世紀資料)を持参して報告し、相互に観察と意見交換を行なっている。
主な研究活動を以下に示す。

  • 絵入り本を対象とした幕末〜明治期の造本スタイルと版式の変遷史。和装本からボール表紙装、洋装本へ、また木版・活版・銅版・石版など、近代化の過程で様々な造本形式や版式が試みられる中で、表紙絵や挿絵やレイアウト表現がどのように変化していったかを検証していく試みである。主に銅版草双紙や石版挿絵本、グラフ誌(『日清戦争実記』『日露戦争時事画報』『婦人画報』『國際寫眞情報』)等のビジュアル雑誌を対象としている。
  • 手作業製本時代の紙折・丁合と別丁貼り込み法を用いた造本による図版と本文ページの連携表現について。大正時代の『日本製本時報』や昭和初期以降の『製本業報』『製本』をはじめ戦前の印刷製本関連の資料に基づいて近代製本の実像を探り、背丁・背標のない手折による折丁の製本スタイルや、版式の異なる図版ページを挿入するために行なわれた特殊な造本について調査・研究している。
  • 19世紀の欧米の絵本、挿画本、挿絵入り雑誌の収集と多様な版式によるイラストレーション表現の調査・研究。多彩色木口木版やリトグラフ、線画凸版、写真網版による絵本や、『ストランドマガジン』『シアーズカタログ』『Journal des Demoiselles』『L'Illustration』などの雑誌・カタログ類の挿絵表現の観察・分析を行なっている。

教育活動概要

●通信教育課程での担当科目

私が通信教育課程で主に担当している科目は、造形文化科目の「印刷文化論」、造形総合科目の「デザインリサーチⅠ」、そして芸術文化学科の造形専門科目である「編集研究」と「卒業制作」(卒業論文)である。このうち科目名からは学習内容が想像しにくい「デザインリサーチⅠ」と「編集研究」について下記に述べる。
前者は、本校短期大学部の非常勤講師時代(1991〜2001年)に、生活デザイン科の学生たちとともに都市の景観記録や、ものづくりビト・インタビューや、考現学調査などを行なってきた経験をベースにしつつ、通信の学生のために内容を組み立て直したものである。
考現学の調査とは、おおまかに言うと「現代生活の実態調査」であり、「人間の生態観察記録」である。街の景観や日常生活の有りようを観察し、スケッチや写真や地図、グラフなどの手段を使って記録して、わかりやすくビジュアルに再構成して他人に公表・報告をする、それが考現学調査である。
「デザインリサーチⅠ」では、この考現学の手法を応用して、「日本人の清潔・不潔観」と「現代の『日本人らしさとは?』」という2大テーマのもとに、皆各々の尺度でとらえている清潔・不潔観の表れ方や、新しいものと古いもの・在来と外来の文化混合の様態などについて調べ、面接授業で、その観察記録の「調査報告書」を作成する。そして最終日に発表と意見交換を通じて互いに考え方を深めていくのである。
デザインリサーチと言っても、すぐさま製品開発のアイデアに直結するような調査ではない。むしろ「何かをデザインするため」という積極的な行為の前提をいったんオフにして、すでにつくられているモノの集合体=「造型環境」の中で、人々はどのようにそれらと関係しながら生活しているのか、という相互交渉の姿を冷静に客観的に「観察すること」に主眼を置いている。

『デザインリサーチ』
武蔵野美術大学出版局 2002年(共著)

一方、造形専門科目の「編集研究」は、新聞・書籍・雑誌・デジタル書籍などの主に新聞・出版メディアを対象に、作り手の編集意図や主張、恣意性、作為性を読み取り、「編集行為」を通じて行なっている社会への働きかけや流行・文化との関係、執筆者や読者との関係、編まれ方の変遷などについて、観察と構造的な分析・研究を行なうことで、編集や出版活動が行なってきた役割について検証していくものである。編集研究は「編集の史的研究」と、Webや電子書籍等の新しいメディアも含んだ「現代編集研究」に大別できる。本科目では双方のアプローチの仕方を教科書や面接授業で説明し、これらの研究を学生が即実践するというよりは、学習を通して「編集研究」の糸口をつかみ、自分なりの研究テーマを見いだして4年次の卒業制作のテーマ設定などにも活かせるようにと考えている。また、面接授業は、「編集研究に関する講義」「編集研究のための基礎学習」「本を構造的に読み取るための観察分析トレーニング(グループ・ディスカッション)」の3つのカテゴリーにしたがって行なわれている。PC・インターネット・DVDを活用した講義や、PC・スマートフォン・タブレット端末と各種閲覧ソフト&アプリによる電子書籍の表示・機能比較、および約80点の江戸時代〜戦後の挿絵・写真入りの書籍・雑誌、活字・紙型・製版フィルム・金属刷版の実物観察や、観察サンプルとして用意した雑誌を対象としたグループごとの観察・分析などの指導を行ない、極力具体的に実物を見て触れて感じながら、あるいは画像で本全体のページ構成を確認しながら、理解を深めていく方法をとっている(なお、実物観察を行なう出版物の一例としては下記のような印刷物がある。トーマス・ビューイック『イギリス鳥類図鑑』、ケイト・グリーナウェイ『子供の一日』、ランドルフ・コルデコット『The Three Jovial Huntsmen(三人の陽気な狩人)』、アナトゥール・フランス(アルフォンス・ミュシャ挿絵)『クリオ』、幕末・明治新聞、新聞錦絵、木版錦絵、銅版草双紙、『少女倶楽部』『令女界』『婦人画報』『コドモアサヒ』『赤い鳥』など)。

『教養としての編集』
武蔵野美術大学出版局 2009年(共著)