吉川杏平Kikkawa Kyouhei

作品写真:泡の様態

泡の様態The form of foam

インスタレーション|木、水、アルミパイプ、ビニールチューブInstallation art | Wood, water, aluminum pipe, vinyl tube可変

私はこの展示のテーマでもある“泡”がとても映像的であると感じる。“泡”一つ一つの円形のフレームの中で周囲の情報が光によって映し出され、とどまることなく動き続ける。割れて消えてしまうまでの尺を持った映像であり、一つのスクリーンでもあるように私は感じる。

吉川杏平

造形物を物質として現す作業と、映像化しようとする行為は明らかに異なる。この《場所》には明瞭にその違いが現れており、その手法で支配的なものは以下の3つであろう。

1. 離れて立つ空間の仕組ー《場所》
巨大なスタジオ(l,16M,w,9M,h,8M)の内部の輪郭線とは平行でない異なる形の内殻を木組によって形成している。この内殻が作品の《場所》である。内殻と外殻の間のあき(Poché)は光をコントロールするゾーンとして働いている。

2. 装置ーカット、シーン
Liquid Substanceと名付けられたNo.1からNo.7までの、泡の様態の様々な段階や形を生み出す装置には、丁寧に光が添えてあり、生成、消滅を繰り返す泡は映像のカットのように存在している。また装置に木材でフレームや台座が与えられて、カット(泡)の集合がシーンとなっている。

3. 布置ーシークエンス
泡の生成と消滅がもたらす無時間的な時間と布置による間を編集してLiquid Substance No.1からNo.7をひとつのシークエンスとして提示している。それを可能にしているのが《場所》である。

映像学科教授 板屋緑

田中いずみTanaka Izumi

作品写真:ナンゾヤ
作品写真:ナンゾヤ
作品写真:ナンゾヤ
作品写真:ナンゾヤ
作品写真:ナンゾヤ
作品写真:ナンゾヤ
作品写真:ナンゾヤ

ナンゾヤNanzoya

アニメーション|手書きアニメーションAnimation | Hand-drawn animation | 5min 6sec5分6秒

日々何かを選択して行動を起こす。しかし時々、頭が目の前の状況を理解するより先に、心と体が何かに吸い込まれていく感覚がある。そして姿や形を変えて、知らない場所にたどり着く。これからもきっとこの一連の流れを繰り返す。どこに向かっているのかわからないのに、何故かずっと気分は良い。わたしをこの場所から引き寄せるあの圧倒的な力は何。

田中いずみ

田中いずみの作品は抽象性が高く言語化が困難だ。かといって観客を選ぶような難解さはなく、その作風は良質のサービス精神に溢れ芳醇なエンターテインメント作品として至福の映像的快楽に満ち溢れている。それを達成し得るのは極めて感覚的に溢れ出たイメージ群を緻密に練り上げる強固な構築性にあった。作者は決して自身の「天然」に甘えていない。
本作に「ナンゾヤ」という題名をつけたところに冷静な自己分析と作家性を見出せるだろう。

映像学科教授 黒坂圭太

中村逸人/寺原知佑Nakamura Hayato / Terahara Tomosuke

作品写真:夜の空をうつす
作品写真:夜の空をうつす
作品写真:夜の空をうつす
作品写真:夜の空をうつす
作品写真:夜の空をうつす
作品写真:夜の空をうつす

夜の空をうつすyorunosorawoutsusu

手描きアニメーションHand-drawn animation | 6min 44sec6分44秒

じゅんすい【純粋】①まじりけのないこと。またそのさま。②邪念や私欲のないこと。またそのさま。③ひたすらそのことだけにかかわること。またそのさま。『国語辞典(第十版)』(2005)旺文社

社会に適応していくうちに、徐々になくなって、なにか、どこか、忘れていくような感覚。

思い出そうとし、取り戻そうとし、見つけようとしている。

これは最後の機会なのかもしれない。

“Do you believe in an Angel?”

中村逸人/寺原知佑

細密に描かれた背景と時間経過と共に変化する光の表現は高解像度の視聴環境にもマッチしています。描かれている事は、少年の頃の感受性を天使をメタファーとして現在の自分が思い出す物語です。演出的に特筆すべき事は、特徴ある二人の共作である事が背景のクオリティーの中に主人公の内面を表現した成果となっており、アニメ作品に於ける情報のバランスがとても良い仕上がりになっています。

映像学科客員教授 石茂雄

韓承宇HAN CHENGYU

作品写真:夏日春風
作品写真:夏日春風
作品写真:夏日春風
作品写真:夏日春風
作品写真:夏日春風
作品写真:夏日春風

夏日春風RIVER OF YOUTH

実写ドラマLive-action film | 61min 42sec61分42秒

舞台は夏休み直前の中国の地方都市。古いビデオカメラに夢中な主人公(16)、その母(40)と兄(20)は慎ましい三人暮らし。父は10年以上前に家を出て、連絡は途絶えた。
母はろくに勉強をしない主人公に愛想をつかし、兄にのみ愛情を注いでいる。その愛情とは、兄をアメリカの名門大学に留学させること。母は毎日往復2時間かけて遠方の塾まで兄を車で送り迎えする。主人公はそんな母と兄を尻目に、バスでバイト先の養鶏場へと通う。学校にはあまり行っておらず、唯一の女友達(17)がたまにノートを見せてくれることで、どうにか社会との繋がりを実感している。そんな中、消息不明だった父が突然家に戻ってくる。

韓承宇

ロケ地河南省新郷市は監督の故郷。思春期の少年の身辺ドラマと、古いビデオカメラのレンズ・撮像板を通した本人目線のザラつく街の雑景が交錯する。巨大国家中国に最も近いはずの台湾はアメリ力やアンゴラより遠く、家庭や女友達との距離も不確か。繰り返される食卓シーンが複雑で脆い家族関係を露呈し、幸福な時間はあまりに儚い。台湾ニューシネマを紡彿とさせ、乾いた都市を縦横に巡りながらも、閉塞する切ない青春の寓話として秀逸。

映像学科教授 小口詩子

藤原夏朗Fujiwara Natsuro

作品写真:共振
作品写真:共振
作品写真:共振
作品写真:共振

共振resonance

インスタレーション|プロジェクター、スピーカー、ほかInstallation art | Projector, speaker, other可変(スクリーン H2500 × W2500mm、投影装置 H1800 × W400 × D1400mm)

このインスタレーションは2つの試みを持っている。1つはモアレ現象を映像で的確に捉えること。もう1つは撮影することによって映像にし、その映像をもう一度もの化させること。何度も撮影ともの化を繰り返していくことで『共振』することを思い描いた。

藤原夏朗

モアレ現象を扱うことは、造形作品だけではなく、家具や照明、建築、など広い範囲でみられる。映像においても、物質によるモアレ現象をカメラで捉えたカットや、CGによって造り出した作品は数多く存在している。藤原夏朗のモアレ現象の提示における特長は、一旦映像化したモアレ現象を、黒く塗装した合板の上に、メディウムの点描を加えたものをスクリーン(支持体)として、そこにプロジェクションすることによって、もうひとつの現象は引き起こさせている点にある。物質から映像、そしてまた物質に戻しているのだ。物質(パンチング・メタル)によるモアレ現象を撮影し、その映像にまた物質を重ね、この作業を繰り返す過程で、映像に変形などの操作を与えることによって、モアレ現象だけでなく、オプティカル・アートの歴史を同時に垣間見せている。また、映像編集において造り出した間や沈黙は、音楽のブレークと干渉して全体としては、うねるように共振している。

映像学科教授 板屋緑

宮島花実Miyajima Hanami

作品写真:人間の土地
作品写真:人間の土地
作品写真:人間の土地
作品写真:人間の土地
作品写真:人間の土地
作品写真:人間の土地

人間の土地Human Land

〈都市映像〉“The Image of City” | 22min 30sec22分30秒

東京の埋立地を歩きながら何かが起こりそうな場所で三脚を立てじっと撮影する。これを繰り返した。ここに記録された出来事はすべて偶然だ。しかしドラマがある。人間の生活とかつて海だった土地の2つの時間が交差しながら誰の演出でもない物語がここに生きている。

宮島花実

このような映像作品を出現させるには、映像制作とは無縁のような能力が必要とされる。
何しろ、起こっている出来事を撮るのではなく、出来事が生じる以前からそこにいて、物語の発生に立ち会うのだから。まず、出来事の可能性を秘めているような場所(三叉路、橋のたもと、宗教ゾーンの結界、空き地、など)を観察し、対象とは反対側に立ち位置を固定して、そこに、じっと立ち、自分を消す。その姿はジャングルの茂みに潜んで、狙いを定めているスナイパーの姿と似ている。一方で、宮島花実は映像制作に必要な能力も併せ持っている。対象のサイズとフレームの確かさは別格であり、長期間に渡って撮影した素材がパラレルに生じているかのように組み立てる編集は見事である。
この映像を10回以上、みている。その度に、そこで発生している出来事を場所ぐるみで、体験したかのように、記憶するのは何故か。
文学においては、文芸評論家の前田愛が〈都市小説〉の規定を試みた。〈都市映像〉というジャンルは、未だに曖昧なままである。

映像学科教授 板屋緑