伊藤誠一朗Ito Seiichiro

作品写真:ある光Ⅱ

ある光ⅡCERTAIN RAY Ⅱ

パフォーマンス|石膏、銀箔、タトゥーシール、エナメル、スモーク、プロジェクタ、ほかPerformance art | Plaster, silver leaf, temporary tattoo, enamel, fog machine, projector, other12分03秒、インスタレーション可変

閉ざされた回路の先にある完璧な身体
濃い倦怠
野蛮なエレガンス
海女たちと青年
/
親密な関係でしかなされない秘密の共有とその記憶の装い
確かに君は僕の前に存在していた
うつむいたままに
/
問えば失われてしまうその意味は
欲求に丁寧に、荒々しく、かたちをつける
かたちにならないなにかを信じてみたい
/
全部光のいたずらだよ、そう言って君はまた目を閉じた

伊藤誠一朗

私たちは、二酸化炭素大排出の影響下にある地球という薄いたまごの殻の上を、迷走している。
大人たちは、様々なレベルにある政治、経済、社会の競争の中で倫理的、人道的、環境的な正しさなど、白と黒を分けようとしているように思う。
そして、そうすることによって失ってしまう感覚、文化も多いことに気が付きながらも、迷走を続けている。
一方、次世代の課題を解決していく若者たちは、この迷走の中で、彼ら自身、生きるということ、命の危機を感じている。
性的アイデンティティ、政治的アイデンティティ、パワー、ステータス、そして愛。
伊藤誠一朗の作品は、人の本質的な感情を表現することによって、広い視野と、多様性の潜在力を私たちに見せた。
黒でも白でもあり得る表現が展開できるグレーゾーンを、彼らに用意することが私たち大人にできるのだろうか。

空間演出デザイン学科教授 Patrick Kevin Ryan

井門琴音/坂本彩音Imon Kotone / Sakamoto Ayane

作品写真:ほころびを溶かす
作品写真:ほころびを溶かす

ほころびを溶かすHokorobi wo tokasu

演劇|木、鉄、アクリルPlay | Wood, iron, acrylicH4800 × W4800 × D2800mm

大切だった、ゆっくりとした時間を思い出す。
ランプの光、朝日、パンの焼ける音、花に水をあげて滴が太陽を反射した光、おじいちゃんの目の色の青、アイスティーの鼈甲色、駅の光、泡の虹色、おばあちゃんの後ろ姿、17時半のチャイム、夕焼けのオレンジ
月日が作り上げた時間。そこにあり続ける気配。たとえなくなってしまっても思い出は消えない。空間に流れる時間に記憶が染みついて忘れることはない。

井門琴音/坂本彩音

‥僕は、この小さな舞台を、縁側で雨の止んだあと、水滴で裏返る落ち葉をじっと見つめるような子供だったことを思い起こしながら観ていた、、もうこれ以上咲くことのない窓辺に吊るされたミナヅキの花の色や、藤棚の下で休んでいる行商のおばさんと話す祖母の声、母が台所で少し焼け過ぎた食パンの焦げをシャカシャカと削ぎ落とす朝の音、二才離れた姉が階段を急いで降りる後ろ姿、、何だか、さりげない言葉、風で吹き飛ばされそうな物たちだったのに、きっと忘れることのない思い出の中に、そっと入り込んで来てしまった二人からの贈り物でした。

空間演出デザイン学科教授 小竹信節

小笠原華那Ogasawara Kana

作品写真:anitya
作品写真:anitya

anityaimpalpably

インスタレーション|ステンレス、ピアノ線、紙Installation art | Stainless, piano wire, paperサイズ可変(H900~3000mm/直径300~600mm)

日本の美意識の中には無常観が根付いている様に思う。それは散りゆく桜や、流れ落ちる滝の水を見て、多くの人が美しいと感じる感覚のことである。
無常、とは あらゆるものは、その姿のままで存在し続けるという事は無いが、時間の流れの中で少しづつ改変しながら連鎖し、存在し続けるということである。
この作品たちは、変化の感じ取りにくい場所に居ながらも、風というものを通して自然の中の流れを感じ、日本的な美意識を見つめなおす為のものだ。羽の高さ、位置、そして時間が変化すれば、これらは変化を繰り返す。風が無くて動かない時も、雨に打たれる時も、これらは状況を如実に表し、私たちにanitya/無常観を思い出させる。

小笠原華那

このテーマに行き着くまで小笠原華那は随分と想い悩む時間を過ごしていた。好きで興味を持ち続けた「和」の文脈から完成されたモチーフを再構築するという難題を選び挑み続けるが、納得できる解答を引き出すことは叶わず何度も悔しさを噛みしめた。ある時、何気ない自然の様相に目を留める。そう簡単に思い通りにはならない。意図的にはいかない中であっても、今まで培ってきたものを糧にコツコツと静かにやり遂げた。そして、無常「常にそのままで無い」の姿は微かに確かに現れていた。「苦」を「好」の情熱で乗り越え、生み出された作品。

空間演出デザイン学科教授 五十嵐久枝

木村光佑Kimura Kosuke

作品写真:前川製陶 賢山窯
作品写真:前川製陶 賢山窯

前川製陶 賢山窯Maekawa factory

展示表現|壺、甕、急須、茶室(木材ほか)Exhibition | Jar, urn, teapot, tea room (wood, other)H2500 × W20000 × D10000mm

―表現する空間―
『前川製陶 賢山窯』
前川 賢吾(壺・甕職人)
前川 淳蔵(急須職人)
要素として、
・壺、甕の展示
・急須の展示
・制作背景の写真
・工場の再現
・茶室

木村光佑

常滑のものづくりを伝える環境をつくった。伝えるために何度も常滑に通い、つくり手と話し「伝える理」を納得したことで、木村光佑の気持ちが動いた。そして、その気持ちがこの空間に広がった。

空間演出デザイン学科教授 小泉誠

齋藤茉里耶Saito Mariya

作品写真:35°54’16.8N 138°14’33.1”E
作品写真:35°54’16.8N 138°14’33.1”E
作品写真:35°54’16.8N 138°14’33.1”E
作品写真:35°54’16.8N 138°14’33.1”E

35°54’16.8N 138°14’33.1”E

模型|スチレンボード、木材、金属、アクリルModel | Styrene board, wood, metal, acrylicH10000 × W1800 × D1800mm

35°54’16.8N 138°14’33.1”E
この作品は、私のかけがえのない記憶から生まれた空間である。現在の学説によれば、記憶というものは変化すると言われている。記憶が曖昧になる訳は、過去の出来事を思い出そうとする度に、脳のネットワークが引き出した情報をその都度書き換えてしまうことにより起こる。遠い過去の記憶も自分の要素で再構築されるだろうし、今、ごく少し前のことでも自身の概念が勝手に記憶を作り替えているということだ。主観である記憶は、誰の記憶であっても曖昧で混乱に満ちているのだろう。しかし、そんな歪な形をした記憶こそが、かけがえのない空間なのではないだろうか。幼い頃は届かなかった扉、怪獣のように見えた生き物達、海のように広いお風呂、窓を開けて見えた景色、どこまでも続いていると思っていたおばあちゃんの花畑、そして、大人になって当たり前ではなくなってしまった、本物の夜空。全て間違いで、全て本当の私たちの記憶は、儚くて美しい。私は、200枚の真実を曖昧な記憶でトレースし、空間に落とし込んだ。此処にある確かなものは、経緯度の数値だけだ。

齋藤茉里耶

かつて齋藤が祖父母と過ごした長野の地、かけがえのない時間。記憶は曖昧であるものの、今も尚、上書きを続けているらしい。
住み手を失ったその住宅に、齋藤は未来を求める。
数百枚に及ぶドキュメンタリーフォトに、過去の感情を未来に届けようとするメモを書き込み、数値化/記号化された時間を演劇的なアプローチで空間に昇華させた。ユニークな試みである。
精巧に作り込まれた模型による力強いプレゼンテーションは、その場を知らぬ他者を、優れた私小説を覗き見るかのように惹きつけ、そして少しセンチメンタルにさせる。だがそこに広がるのは、齋藤の過去から紡ぎ出されたロマンティックな未来なのである。

空間演出デザイン学科教授 片山正通

清水琳名Shimizu Rinna

作品写真:ZIG

ZIG

ミクストメディア|木材、陶、革、金属、樹脂ほかMixed media | Wood, ceramic, leather, metal, plastic, otherH1875 × W1475 × D3395mm

取り留めのない発想と空間の拡張、それらを集約する媒体。

清水琳名

清水琳名は、いつも手を動かして創作をしている。つまらぬ目的や目標を定めず、もくもくとつくり続けて、その途中が今ここにある。なので、この作品はまだ終わっていない。

空間演出デザイン学科教授 小泉誠

杉村かれんSugimura Karen

作品写真:山阿図書館
作品写真:山阿図書館
作品写真:山阿図書館
作品写真:山阿図書館

山阿図書館sana library

模型材料Model materialH1200 × W1400 × D5500mm

小説を読んだときの、あの世界観に引き込まれて、どんどん没入していく感覚が好きです。
また読んだ後に、あのセリフはどういう真意があったのだろうとか、あの表現は本当に素敵だったなとか、ぼうっとしながらその小説の余韻に浸るのが好きです。

小説を読むというのは、ただ文字を追って情報を得るだけではありません。文章の奥には、その文章よりもはるかに広い世界が広がっていて、そこを感じるのが楽しいのです。

私はこの小説を読むという行為だけに向き合った最高の空間の一つの正解を、ここに打ち出そうと思います。
ただ、読むだけではない。小説の持つ全てを、考え、感じ、その世界にすっかり身をまかせる事のできる場所。

その答えとして、私が今回作り上げたのが、今回の作品です。

杉村かれん

杉村はこれまで“小説”という空間の耽美な魔力に取り憑かれ、終始一貫テーマとして作品づくりに取り組んできた。卒業制作として選んだのも、文学の魅力を具現化し、没入させる空間体験だ。
想定現場はあきる野市/秋川渓谷。そのリアルな情景を選ぶことで、ここでこれから展開される、抽象的で詠み人それぞれの空想余地を残した、施設デザインの性格を際立たせる事となった。
“読書”をコンセプトにしたテーマパークは、杉村が愛した作品にインスピレーションを得た、それぞれの建築を巡ることで展開していく。
リアルとフィクションはせめぎあいながら曖昧に、思考の内と外、環境の内と外をシームレスに彷徨う。
物資概念としての空間と脳内にひろがる無限宇宙は、溶け合いながら理想郷として完成した。

空間演出デザイン学科教授 片山正通

髙橋桜Takahashi Sakura

作品写真:サイドキャラクター
作品写真:サイドキャラクター
作品写真:サイドキャラクター
作品写真:サイドキャラクター
作品写真:サイドキャラクター

サイドキャラクターSide character

コマ撮りアニメーション|木材、スチレンボード、石粉粘土、ワイヤー、ほかStop motion animation | Wood, styrene board, stone powder clay, wire, otherラフ画|H210 × W297mm ×20枚
美術セット|H1220 × W600 × D30mm ×2点
映像|2分45秒

童謡「パフ 魔法の竜」をモチーフに、制作したストップモーションアニメです。
美術セットやパペットは全て、素材を一から形にしていき、既製品を使わないことにこだわりました。

髙橋桜

髙橋桜は「つくりたかったモノ」「語りたかった物語」を、卒業制作として、知力、体力、時間の限界に挑戦しながら、とても丁寧に「この世」に映像作品として生み出しました。
「終わりの始まり」として、誰からも「髙橋桜印」と認められる「物語」と「表現」を見つけようと思うのであれば、髙橋桜は1秒24コマのシャッターをこの先も切り続けるしかありません。観覧者の皆さま、髙橋桜を面白いとお感じならば、応援、支援をよろしくお願いいたします。

空間演出デザイン学科教授 池田ともゆき

坪内あかりTsubouchi Akari

作品写真:Prosody
作品写真:Prosody
作品写真:Prosody
作品写真:Prosody

Prosody

インスタレーション|針、ほかInstallation art | Marking pin, other可変
H477mm × W1224mm × D1224mm
H792mm × W1200mm × D1300mm
H877mm × W1200mm × D1200mm

間隔や余白を整えていく行為は
私にとってとても心地よいことである

これらはあなたにとって「奇妙」か
それとも「美しい」か

Prosody:日本語で「韻律」
音の強弱・長短・高低・また一定の配列の仕方によって作り出されるリズムを意味する

坪内あかり

人を惹きつけるものは、正しいものだけではない。この作品には美しさ以外に併せ持つ緊張感のような特性が潜在する。モノクロ映画的でありシンプルさもあって様々な想像を沸かせる。針の影が人影の様にも見えるのは照明計画によるからだけではない。作者本人は「『奇妙』か」と問いているが、本能をわし摑みされたかのように無言で見入る人もいて、より多くの人の反応も気になる。線の間隔と光がもたらす表現の豊かさと緊張感の共存である。

空間演出デザイン学科教授 五十嵐久枝

水野ひまわりMizuno Himawari

作品写真:アトノマツリ
作品写真:アトノマツリ

アトノマツリatonomatsuri

インスタレーション|プロジェクター、セメント、ブルーシート、木材、ダンボールInstallation art | Projector, cement, blue sheet, wood, cardboard可変

島根県の中心に位置する川本町。
人口は約3000人。
この町は約50年後、
人口減少の影響で
存続が難しくなると
言われている。
私はこの町で生まれたわけではないが、
あるきっかけから、
この町に何度も訪れるようになり
川本町が愛しい町となった。
だが今現在、
この町に住む人は
危機感や不安を
感じることはほとんどない。
言葉でどんなに言われても
起きていないことを
実感することは不可能だ。
死も死がおとずれてからしか
わからない。
それと同じように
この町の終わりも、

終わってからしかわからない。
そして終わった後、
すべては後の祭りになるだろう。

人がいなくなる、
そして、人がいられなくなる。
だから私はここに、川本町の終わりとは
何かを想像し、仮定した作品を制作した。
この町が好きだからこそ、この町の終わり
を作り、向き合う。
これが正解か、不正解かはわからない。
だから試すのだ。

町がなくなるとは、
何がなくなることなのか。
何度も想像し、考える。

この作品から、
終わりを仮定し、
終わらせないための
挑戦の始まり。

水野ひまわり

作者は島根県川本町と東京を行き来し、壁画制作をきっかけに町の人々との親交を深めてきた。その活動を通して都市にはない町の豊かさに気づいた。
展示では、人口減によって50年後に消えゆく町の姿を想像させる仕掛けや、島根から運んだ丸太とコンクリートで象った「木」を蝶番でつなぐ造形など、作者の現在地と島根の「未来」をつなぐインスタレーションを展開した。
現実と地続きにある世界に新たなリアリティを探求する姿勢を評価した。

空間演出デザイン学科准教授 鈴木康広

村上草太Murakami Sota

作品写真:遷宮する集落
作品写真:遷宮する集落
作品写真:遷宮する集落
作品写真:遷宮する集落

遷宮する集落Transfer of settlements

桐、シナベニヤ、水、河原石、培養土、自然草、ほかPaulownia, linden plywood, water, riverstone, culture soil, natural grass, otherH1800 × W910 × D3640mm

一、かつて日出る処に、自然や大地に根ざして生きる人々がいた。

二、彼らは信仰に生きる過程で、循環する自然の摂理を知る。

三、この仕組みを学んだ人々は、どんな災害や腐食にも負けない永遠の家屋や集落を作るのではなく、それらを建て替えていくことで共同体の存続を図った…

日本には古来から皆で何かを建て替え続けていくことによって、そのものの永遠性を保つという風習や思想がいくつかある。
鴨長明の「方丈庵」、白川郷の「結・合力」、伊勢神宮の「式年遷宮」。
これらを紐解き、集落という形に昇華することで、村そのものに根ざして生きるという自分の理想の暮らしを体現しようと考えた。
約20年のサイクルで建て替えられることで、集落自体が生命や自然のように過去→現在→未来へと新陳代謝していく様を概念的な模型として立体化している。

村上草太

我々は世界最古の“日本”という国に生まれた。
この国のエタニティー/永遠とは、作り替え続けるという信じられないぐらいモダンな思考で構成されている。更に、“森羅万象すべてに神は宿る”という宗教感に、古いとか新しいという概念は存在しない。
村上は自らの理想的な暮らしを夢想する中で、この最も遠く最も近い概念に出会った。
西暦2020年に提案された〈遷宮する集落〉の提案に、最初は戸惑ったが、しかしそれは提案ではなく、存在し続ける意味においてのオブジェクトなのだ。
オリジナルデザインを一切排除し、木材のみによって作られた潔いモデルの存在は、概念だけが抽出され、不思議なことに何故かとても新しい試みのように感じられる。

空間演出デザイン学科教授 片山正通