武蔵野美術大学学長
長澤忠徳
あの水平線の上に立てるか
これは、私が長年、自分自身に問い続けている言葉です。少しのあいだ目を閉じて、想像してみてください。今、あなたは波打ち際に立っています。遠望すれば、遥か先には真っ直ぐな水平線が広がっている。さて、あなたはあの水平線に立つことができるでしょうか?
「水平線は現実には存在しない。だから立てるわけがない」。そんな理屈で考えるのは、今日からやめましょう。頭では「ない」と知っていても「いつか自分はあの上に立てる」、そう信じて大海に漕ぎ出すことが、あなた自身を、未来を変えてゆくからです。
常識や理屈を超えて、「わからないことを、わかろうとすること」。正解のないクリエイティブを実践するために必要なのは、それに挑む強い「意志」です。意志の「意」という文字は、「心」と「音」から成っています。胸に秘めた熱い想い、つまり自分にしか聴けない「心の音」に耳を傾け、身体の外へ表出させることが「表現」であり、そのために一生懸命悩み、考え、工夫することが、クリエイティブでしか味わえない醍醐味ではないでしょうか。
武蔵野美術大学は創立90周年を迎えた2019年、造形構想学部、大学院造形構想研究科を開設し、東京・市ヶ谷に新たなキャンパスも整備しました。鷹の台の伝統ある造形教育や教養教育と、市ヶ谷という都心ならではの学びが交わり合い、今までの美術大学の解釈を超え、次世代の美術大学へとつながるための航海を、私たちはすでに始めています。
世界が文明潮流の大きな変革にある中、次の100年に向かっていく間には、追い風を受けて穏やかに航行できるときもあれば、大嵐の高波に必死で耐えるときもあるかもしれません。しかし、過去と今を起点に「こうなればいい」という未来を描くような「フォアキャスティング」の発想法だけでなく、実現すべき未来に起点を置き、そこから現在を振り返って、今どうあるべきかを構想する「バックキャスティング思考」を加えながら、「真に人間的自由に達するような美術教育」という理念のもと、新しい美術・デザイン教育の端緒を拓き、望ましき未来社会の実現へと世界をリードしていくことが、私たちの使命だと考えています。
ぜひみなさんも、私たちとともに悩み、喜びを分かち合いながら、クリエイティブの力で未来を変えていく、そんな挑戦に踏み出してほしいと思っています。
武蔵野美術大学学長 長澤忠徳
学長略歴
長澤忠徳(ながさわ・ただのり)
1953年 | 富山県生まれ |
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1978年 | 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業 |
1981年 | Royal College of Art, London 修士課程修了 MA(RCA)取得 |
1986年 | 有限会社長澤忠徳事務所設立、代表取締役就任 |
1987年 | 国際デザイン・シンクタンクDesign Analysis International Limited(本部ロンドン)設立に参画、ディレクター、日本代表を歴任 |
1993年 | 東北芸術工科大学デザイン工学部情報デザイン学科助教授に就任(1999年退任) |
1999年 | 武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科教授に就任、現在に至る |
2003年 | 武蔵野美術大学国際部長に就任、以降学長補佐、企画部長等を歴任 |
2011年 | 学校法人武蔵野美術大学評議員に就任、現在に至る |
2015年 | 武蔵野美術大学学長、学校法人武蔵野美術大学理事に就任、現在に至る |
2016年 | Royal College of Artより美術・デザイン教育の国際化を先駆的に推進し、世界に影響を与えた功績が認められ、日本人初のシニアフェローの称号を授与 |
専門:カルチュラル・エンジニアリング、デザイン教育、デザイン・コンサルティング