本質的な問いと、対話を続け、あなたの中から顕れてくる
「人間的自由」をつかんでほしい。
武蔵野美術大学学長 樺山祐和

今、世界はかつてないグローバル化を経験しています。国や地域の垣根を越え、互いの違いを認め合いながら共通の価値を探すような結び付きが強まる一方、工業化と交通・通信手段やIT技術の著しい発達は世界を均質化し、人々の考え方や感じ方までも画一的にしていると言えます。

便利ではあるけれど、豊かではない。共通の認識はあるけれど、依って立つ所が見えない。私たちは自然から、地面から、生命から引き離され、知らず知らずのうちに喪失感を抱えながら生きているのではないでしょうか。

そうした目に見えない喪失感、疎外感を払拭してくれるのが、ファインアートであり、デザインであり、芸術文化です。ならば、美術大学として武蔵野美術大学は何を教授できるのか。

本学は教育理念に「真に人間的自由に達するような美術教育」「教養を有する美術家養成」を掲げています。教養とは知識を得ることではなく、本質的な問いを持ち続けること。「人間とは何か? 世界とは何か? そして自身とは何者なのか?」その手掛かりをつかむために、人、物、事、そして目に見えないモノとの対話を辛抱強く続けることです。

対話とは相手の言葉に耳を傾けると共に、むしろ言葉を超えて、言葉にならない声を聴こうとすることです。相手や対象の眼差しで世界を観じる。言い換えれば、対象に「憑依」し、そのものに「成る」ことを通して自分とは異なる多様な視点やあり様を、自らの身体に落とし込んでいくことです。そして、それは自由への最初の一歩なのです。

みんなの中にはすでに「人間的自由」が備わっています。それを浮上させ出会うことが、本学が長年培ってきた造形・教養教育だと言えます。

約2万年前に描かれた、ラスコー洞窟の壁画を思い出してみてください。あの洞窟壁画には、私たちの祖先が「世界と重なろう」とした際の視像が、記憶が描き出されています。躍動感あふれる、生命を謳うような根源的な表現の営みは、私たちの今のあり様を常に問いかけているようでなりません。

何人も世界から切り離されては存在できない時代に、彼の地の戦火もすべては緊密に関係し合っています。そのことをどう捉えていくのかも、表現を志す私たちが忘れてはならない役割です。

この数年、世界に蔓延したウイルスの脅威は、目に見えるかたちでも見えないかたちでも私たちに甚大な影響をもたらしました。そして、新たな日常が始まりつつある今、大学としての一体感をさらに醸成し、ひとつの生命体として生き生きとした学びの場を構築することも、私たち教員、職員の使命だと思っています。

ぜひ、武蔵野美術大学という生命体の中で、一人ひとりが情熱を燃やし、表現を通じて顕れる自由をつかみ取ってください。
みんな、がんばれ!

武蔵野美術大学学長 樺山祐和

学長略歴

樺山祐和(かばやま・さちかず)

専門:絵画

1958年 福岡県生まれ
1983年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業
1985年 武蔵野美術大学大学院修士課程造形研究科美術専攻油絵コース修了
1985年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科 助手(1990年3月まで)
1990年 武蔵野美術大学短期大学部通信教育部 非常勤講師(2002年3月まで)
1992年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科 非常勤講師(2006年3月まで)
2002年 武蔵野美術大学造形学部通信教育課程 非常勤講師(2009年3月まで)
2009年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科教授に就任、現在に至る
2019年 武蔵野美術大学造形学部学部長、大学院造形研究科委員会委員長に就任(2023年3月まで)
2019年 学校法人武蔵野美術大学評議員に就任、現在に至る
2023年 武蔵野美術大学学長、学校法人武蔵野美術大学理事に就任、現在に至る

パブリックコレクション:文化庁、上野の森美術館、倉吉博物館、株式会社ビデオリサーチ

著書:「ぼくの家ができる」(共著、福音館書店、1988年)、「色と構図」(共著、グラフィック社、1992年)、「造形基礎」(共著、武蔵野美術大学出版局、2002年)、「絵画:アートとは何か」(共著、武蔵野美術大学出版局、2002年)、「絵画:素材技法」(共著、武蔵野美術大学出版局、2002年)、「はこのなかみは」(福音館書店、2006年)、「もりのひかり」(福音館書店、2010年)「かきごおり」(福音館書店、2012年)