武蔵野美術大学入学式典

日時 2015年4月6日(月)9:30開場 10:00開式
場所 武蔵野美術大学 体育館アリーナ

式次第

  • 開式の辞
  • 学長式辞 学長 長澤忠徳
  • 理事長祝辞 理事長 天坊昭彦
  • 教員祝辞 教授 原研哉
  • 卒業生代表祝辞 西尾康之
  • 閉式の辞

会場風景

式典スタッフ

総合演出 堀尾幸男(空間演出デザイン学科教授)
舞台監督 北條孝 / 本田和男(有限会社ニケステージワークス)
照明 原田保 / 田中剛志 / 萱嶋亜希子(株式会社クリエイティブ・アート・スィンク)
音響 市来邦比古(株式会社ステージオフィス) / 吉田豊(有限会社サイバーテック)
特効 南義明 / 酒井智大(株式会社ギミック)
舞台施工 延島泰彦 / 古川俊一(東宝舞台株式会社)
リーフレットデザイン 大竹竜平
オープニング音楽制作 クリストフ・シャルル(映像学科教授)
オープニング映像制作 三浦均(映像学科教授)(画像素材提供 NASA/ESA)
映像配信 渡辺真太郎
司会 村岡弘章(教務部教務課)
制作進行 開田ひかり(空間演出デザイン学科助手) / 大野洋平
協力 楫義明(芸術文化学科教授) / 白石学(デザイン情報学科教授) / 芸術文化学科 / 映像学科 / デザイン情報学科 / 空間演出デザイン学科学生有志
特別出演 林家たい平(芸術文化学科客員教授) / 堀尾ゼミ / 空間演出デザイン学科学生有志

学長式辞

武蔵野美術大学学長
長澤忠徳

新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。また、保護者のみなさまのお慶びもひとしおかと存じます。おめでとうございます。
武蔵野美術大学は、みなさんのご入学を心から歓迎し、これから始まるみなさんとの日々を想像し、私たち教職員も、胸躍る気持ちいっぱいで今日の日を迎えています。
また、海外からの留学生のみなさんも、母国を離れて、数ある日本の美術系大学の中から本学を選び、難関を突破して入学してくださったことを嬉しく思い、歓迎いたします。
今日から、ここ、武蔵野美術大学が、あなたがたの母校になります。

新入生のみなさんと同じく、私は、この4月から武蔵野美術大学・学長に就任いたしました長澤忠徳です。おそらく、みなさんのワクワクする気持ちと同じ気持ちで、入学のお祝いを述べさせていただきます。
思えば、ちょうど20年前だったと思いますが、入学式に卒業生代表として祝辞を述べさせていただいた時のことを思い出します。私は、この武蔵野美術大学を卒業してすぐに、イギリスの大学院に留学をいたしました。その時のエピソードをまじえ、「水平線」の話を入学されたみなさんに語りました。
もうすでに、本学のホームページでご覧になっている方もいらっしゃると思いますが、「あの水平線の上に立てるか」と題する学長メッセージは、私が本学を志願し、ムサビ入学以来今日まで持ち続けている、自分へのメッセージでもあります。
母校の学長となった今、どのようなメッセージを贈るべきか、いろいろ考えてみましたが、やはり、自分にいつも問いかけていた言葉が、20年経った今でも真っ先に浮かんできましたので、それをメッセージとすることにしました。自分を奮い立たせてきた、自分の中に生き続ける言葉は、大切なものですね。みなさんもこれからの日々の中で、生涯、自分を支える自分の言葉を見出して行くことになると思います。

さて、では「水平線」の話をしましょう。波打ち際に立っている自分を想像してみてください。打ち寄せる波の遥か彼方に、まっすぐな水平線が見えます。海と空の間にまっすぐに在る水平線です。
はたして、「あの水平線に到達できるか?」「あの水平線の上に立つことができるか?」という問いを考えてみて欲しいのです。
足もとの砂浜の砂は手で触れることができ、波打つ海水にも触れることができます。であれば、船を浮かべて漕ぎ出してゆけば、いつかは今見えているあの水平線に到達し、その上に立つことができるはずであると。でも、「そこに見えているものがそこにない」、ということを、理屈で考えている人々は、「水平線に立つことなどできるわけがない」と、あっさりと答えをだしてしまうことでしょう。でも、今日から、そういう考えをやめませんか?

あなたは、どうして美術大学に入学し、いったい何を、どうするつもりなのでしょうか。どうして、作品を作り続けるのですか?これまでもたくさん勉強して来ているはずなのに、どうして、まだ学び続けようとするのですか?
「あの遥か彼方に見える水平線の上に立つ」ことを信じて、凪いでいても大嵐でも、私は、もう40年以上も大海原を水平線に向かって漕ぎ続けているのです。「水平線の上に立つ」ことができるかどうか、私にもまだわからない。でも、「わからないことをわかろうとする」ことが、自分を励まし、奮い立たせてくれるのです。理屈だけではわからないからこそ、言葉だけでは十分でないからこそ、描いたり、作ってみたりする。時には、音や光や身ぶりなど、あらゆるものを動員して、「わからないことをわかろう」とします。自分の中にある「混沌」を外に出そうとモガキます。それが表現なのです。表現は、「わかるチカラ」を育むのです。
私は、「クリエイティブ、創造的である」ということは、そういうことだと思います。大学に入学して始まり、卒業したら終わってしまうようなものではないでしょう。あなた方が作り出す作品は、それを見る人々の生活や人生までも変えてしまう影響力を持っています。
つまり、あなた方は、世界を変えるチカラを身につけようとしているのです。とっても素晴らしいことですが、一方で、責任重大でもありますね。自分の目指し行くものを信じること、つまり「あの水平線の上に立つ」ことを信じ切るチカラこそ、「創造への力」だと思うのです。創造的に生きるには、そんな「信じるチカラ」が大切なのです。

武蔵野美術大学(ムサビ)は、その前身となる1929年創立の帝国美術学校設立当初から、「真に人間的自由に達するような美術教育」、「教養を有する美術家養成」を掲げた建学の精神を守り、美術・デザインを中心とする造形各分野の専門家養成という教育理念のもと、我が国を代表する私立の美術系総合大学として、国内はもとより、世界的に活躍する卒業生を数多く輩出してきていることは、みなさんもご存知のことと思います。
また、創立当初より、世界に眼差しを開き、積極的かつ先駆的に国際化に取り組んで来た本学は、2012年、美術系大学では初めて文部科学省のグローバル人材育成を推進する大学として採択され、現在、精力的に多彩な教育プログラムを展開しています。武蔵野美術大学は、いまや、日本の一(いち)美術大学としての存在を超えて、我が国の造形文化、クリエイティブ産業を支えリードし、ますます広がるグローバルな世界に貢献する人材育成を使命として担っているのです。新入生のみなさんは、このことをしっかり自覚して、大いに学んでください。
今日、入学されたみなさんが社会人として担う未来社会は、グローバル社会です。世界という視座と、日本という視座をあわせ持ち、これまでの6万数千名の先輩がそうであったように、みなさんも、「水平線の上に立つ」信念を持って、元気よく漕ぎ出してください。ひたむきな創造へのチャレンジに、武蔵野美術大学は、その懐の広い寛容さで応えます。

最後にふたたび、これから始まる長い航海の船出に、祝福を贈ります。おめでとう!

理事長祝辞

武蔵野美術大学理事長
天坊昭彦

理事長の天坊です。
新入生の皆さん 武蔵野美術大学へ入学おめでとう。
皆さんの入学を心から歓迎します。
また、ご列席のご家族の皆様、本日は誠におめでとうございます。ご家族の皆様にとってもお喜びひとしおのことと思います。

さて、私はこの大学に来て、初めて気がついたことがあります。
それは、この大学で行っている美術の教育、とりわけ創作活動は、美術の技術力を磨くことと同時に、考える力を鍛え、コミュニケーション力を高める教育を行っているということです。

最初の美術の技術力を磨くことは、当然と思ってました。しかし、創作をするためには、その前に、自分の考えをまとめ、その思い、自分が訴えたいことを何をもって表現するか、どういう形にするか、先づ考え抜くことが必要になります。そして同級生や先生の批判や指導を仰ぎ、議論をし、更に考えを尽くす。
その上で、作品を作り、その作品を見る人に考えが伝わっているか、先生たちの批評を踏まえ、自分の考えを伝え更に良い作品に仕上げていくという教育を4年間も経験することになります。これはすごいことです。考える力をつけ、対話や説得する能力、即ちコミュニケーション力を高める教育と言えます。

世の中で今求められている人材というのは、個性ある人材です。個性ある人材というのは、変わった人という意味ではありません。しっかりした自分の考えを持ち、相手と対話をしながら、相手を説得できる能力、コミュニケーション力の高い人材です。
もちろん、企業に就職して、力を発揮して行く為には、企業で必要な専門的な知識を身に着ける必要がありますが、自分の考えを持ち周囲の人と対話して、意見を集約して行く能力はそう簡単に身につくものではありません。
特別な専門領域は別として、ムサビの卒業生が一般的な企業に総合職として入社しても、他の大学を卒業して入社した文系或いは理系の人と比べて、基礎的な能力としては、本学の卒業生に充分優位性があると思います。そういう意味では、企業経営者としての私の経験から、本学は企業が求めている人材の宝庫ではないかと思っています。

しかし、今までの卒業生の状況を見てますと、卒業生の約4割位の学生は就職を希望してませんが、就職を希望する6割の学生の90%近くは就職出来ており、かなり高い就職率だと思います。ただ、その多くの人が広告宣伝部門や商品のデザイン部門など美術やデザイン等大学で学んだ技術を活かせるような職場のある会社を希望しているようです。
これが悪いというつもりはありませんが、視野をもっと拡げてみれば、一般企業や組織に入って、新しい商売やプロジェクトを立ち上げたり、新商品を企画するような仕事は、美術や芸術とは違っても、大学で学んだ創造力やコミュニケーション力を発揮できます。そして、今迄になかったような新しい「こと作り」や「もの作り」にチャレンジするような道もあると思います。

今や世界も日本もいろんな意味で従来のシステムがそのままではうまく行かなくなって来ており、あらゆる分野でイノベーションが必要だと考えられています。
イノベーションには、知恵と創造性が必要です。
そのためには、文化や美の追求をしてみることが重要です。ということは、言い換えれば、いまや社会のいろんな分野で美術系の人材が必要とされているのです。

私は、今ここで美術を志して本学に入学した皆さんに企業に就職しろと言うつもりでこの話をしている訳ではありません。この大学で美術を学ぶということは、美術から離れた一般の社会でも必要な基本的な能力を高める教育を一般の大学生以上に、時間をかけて訓練されているということ。
そして、この能力は、今、社会が必要としている大切な有益な能力だということを新入生の皆さんだけでなく、ご家族の皆様にも、もしご存知なければ知っておいて頂きたいと思い話させて頂きました。

さて、最初に少し違った観点からの話をしましたが、新入生の皆さんにこれから在学中に是非心がけて頂きたい要望事項を3点お話しします。

1点目。ここは大学ですから、教室で勉強することが中心になりますが、学内だけに留まらず、機会があれば、いろんな「フィールドワーク」に積極的に参加して、実際に社会の人達と触れ合う実践の場を通して学ぶことにも挑戦してもらいたい。机上で学んだことは実践することによってはじめて体得でき、本当に理解できるからです。
皆さんの社会を見る視野を拡げて、また、皆さんが訓練された対話能力を試してみる絶好の機会になるでしょう。

次に2点目。今の世の中は情報通信技術の発達によって、ものすごい早さで情報が世界を駆け回っています。そういう意味では地球が小さくなっており、私達はグローバルな動きを無視できなくなってきています。
そして、特にビジネスの世界では、英語が標準語になってきました。そういう中で、情報に振り回されずに、世の中の動きの本質を正しく理解することが必要です。日本にいても情報だけなら知ることができますが、本質をより良く理解するためには、やはり海外に出かけ、日本と違う民族、歴史、文化に触れ、違いを認識しておくことが極めて重要です。
そのため、政府は、国際的に活躍できる人材を育成する制度を始めています。本学は、この政府のグローバル人材育成推進事業に美術系大学として、唯一認定されてこの事業に参画しています。
これは平成24年から5年間の事業で多くの助成金が出されています。この関連で本学は英語教育に加えて、海外留学の機会も増えていますので、是非英語の勉強もしっかりやって頂いたい。これが2点目の要望です。

最後の3点目ですが、永い人生の中では、大学4年の学生生活はあとで振り返ってみれば、あっと云う間の短い期間です。
出来るだけ多くの教養を身につけるべく積極的に夢中になって勉強し、一方では、いろんな経験を積めるように、是非とも時間を大切に使って欲しいということです。

繰り返しになりますが、
「フィールドワークに積極的に参加し 実践せよ!」
「ビジネスは英語が標準語 英語をしっかり勉強せよ!」
「時間を大切に使え!」
以上3点を心がけ、健康に留意して楽しい学生生活を過ごして頂きたいということを申し上げて、私の話を終わります。ご静聴有難うございました。

教員祝辞

武蔵野美術大学教授
原研哉

新入生のみなさん、ご父兄の方々、ご入学おめでとうございます。武藏野美術大学の教員を代表してお祝いを申し上げます。
一般の大学ではなく、美を標榜する大学へと進学されたことへの決断と、難関を突破されたことに対して、あらためてお祝いを申し上げます。

さて、今日の社会や世界において、美術大学とは何でしょうか。また、みなさんが美術大学に期待するものは何でしょうか。美術大学で育成できる能力について、私はこんな風に考えています。潜在しているものを目に見えるようにする力です。まだ可能性の領域にあって、さまよっているものたちにかたちを与え、目に見えるものにする能力です。
絵画も彫刻も、デザインも、建築も、キュレーションも、人々の希望や希求が織りなす、いまだ未発・未然の領域にあるものを、この世に顕現させ、ヴィジュアライズする営みなのです。表現や様式の違いはあれ、この力こそ、美術大学が大事にしてきた「創造性/クリエイティビティ」と呼ばれるものです。

今日において、世の中には、創造性とは対極の考え方が生まれてきました。ご存知の通り、ネット社会に突入し、人々はこれまでとは異なる環境の中で暮らすようになりました。ちょっと難しい言い方ですが、新たな環境の中で生まれてきた価値観の一つに「最適化/オプティマイゼーション」というのがあります。
これは才能あふれたアーティストやデザイナーたちが生み出す「クリエーション」とは異なる価値生成の方法です。突出したものではなく、ほどほどのものをいくつか作って人気を競わせ、人々が一番好むものを残す。これを繰り返していくことで、世間に通りのいいものを探り当てていく姿勢、あるいは考え方です。
私の専門はコミュニケーションのデザインですが、この領域においても「伝える」という熱く意志的な言葉よりも「伝わる」というような、平熱でクールな結果から考えていくことを好む人々が増えてきていることも事実です。そこでは私たちが標榜するクリエーションという営みの意味がどんどん希薄化しているようにも思います。

しかしながら、そう言う状況であればこそ、クリエーションの価値もまた、相対的に高まってくるのです。最適化という方法では決して到達することのできない、独創性、意外性、さらには人を感動させる美しさ、普通の人には見極められない緻密な観察力と繊細な表現力、人類の知の蓄積によって織りなされてきた文化や伝統を理解し、それを未来資源として運用していく構想力など・・・。まさに「創造性/クリエーション」と呼ぶに相応しい力が、美術大学の価値あるいは意義の源泉なのです。
日本の産業も変わりはじめています。戦後七十年、工業生産一辺倒に走ってきた日本は、現在、「もの」だけではなく「価値」を生成していかなくてはならない局面にさしかかっています。ハイテクノロジーにおいても、観光や農業といった領域においても、日本独自の美意識を「未来資源」として運用し、新たな価値形成を模索する時代に入りつつあります。その意味と意義を、美術大学という場所で、ぜひ一緒に考えていきましょう。

今日、みなさんは目の前に、無限の自由を感じておられるはずです。確かに、美術大学は自由です。何を考え、どんな方向に進んでも構わない。自分の営みや活動を、自分自身の力で切り開いていくことが、求められているからです。
しかしながら、一方で、社会に出てからその自由を維持することは難しくなります。目指す方向に思い切り羽ばたいていくには、自由を切り開いていく力が必要になります。その点において美術大学の教師たちは、個々の領域で自身の自由を切り開いてきた先輩であり、達人なのです。これもまた、美術大学の特徴です。知識や技術を学ぶだけではなく、社会や世界の中で、どのように自由を切り開いてきたかを、どうか、この人たちから学んでください。

最後に、創造性にとって重要なのは、才能だけではなく、「体力」と「心」です。「強い心」とは、頑固に閉じた心ではなく「開かれた心」のことです。これからの長い創作の日々に耐えていける心身を、どうかこの武藏野のキャンパスで養ってください。
やや要求が多くなったように思いますが、皆様のこれからの健闘を心からお祈りしつつ、これを祝辞に代えさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

卒業生代表祝辞

卒業生代表
西尾康之

25年前に当大学彫刻学科を卒業しました、彫刻家の西尾と申します。
新入生の皆さん、ご入学お目出度うございます。
私は現代美術の作家をしておりますので、そのサンプルとして、在学中はどういう学生であったのか、
私の秘密をご披露いたしますことで、祝辞と代えさせていただきます。
在学期間を通して絶対極秘として隠し続けていた事でしたが、4年間を通して、一度もお風呂に入った事がありませんでした。もちろん体は洗っていましたが、お風呂、という装置を使った事がないと言う事です。
それは金銭的な問題からでした。25年前と言えばバブル経済に向かって世間が盛り上がっていた頃ですが、それとは一線を画して貧乏学生でした。しかし、なかば自主的に貧乏を面白がって、わざとそうしていた節もあり、そこが少々不謹慎でバブル的でして、貧乏がいやなら回避できなくもなかったのでしょうが、とにかく、日本育英会からの奨学金、月4万円で学生生活の全てをまかなっていました。
まあしかし、4万円でやるのはなかなかスパルタンな状況でした。その中でも最大のインパクトが、風呂問題なのです。家賃が2万円のアパートに住んでいましたが、当然風呂なしで、風呂付きとなると一気に5万円以上の物件しかなかったです。
そこで、銭湯をとなりますが、これがなかなか高いのですね。初日に銭湯の入り口に立って一回400円と見て、絶望し、引き返して以来、4年間一度も行きませんでした。でもどうするか、と、引き返す道すがら思案しました。
江戸時代の美人がタライで行水している北斎の絵を思い出し、それだ、とすぐにタライを買いに行きました。
しかし、2500円と、意外と高価で、しかも少し浅くて、室内で使うには水が跳ねちゃいそうで、これは使えないか、うーんどうしたものか、と困ってふと横を見れば、大きな青いゴミバケツが安価ででておりまして、しかも深くて水跳ねに対する性能も満たしており、それを買って帰りました。
それを用いまして、本棚のダリと目が合いながら体を洗って、銭湯に行かずに済んで、毎月1万2千円もの節約になり、画材や本や滋養をまかない、余分なアルバイトをせずに、その時間を研究に当てられました。
したたかに工夫に成功して、その分だけ自由を得るという構造は、たとえそれが夜中に全裸でゴミバケツに立つ事であっても、美しく、美術的に合理であると、思うのです。これは在学中のみならず、その後の私の行動原理として変わらずに残り続け、工夫した分だけ自由を得ると言う事の連続が、美術作品を作り続ける原理となって、その果てに美術作家となっているとも思います。
また、この私の行動原理は幼少期からの自分史の中で構成された性質です。すでに入学時には備わっていた事です。
ここに集う皆さん全員の中にも何某かの行動原理が当然備わっているわけです。その資源を用いて、またはそれ自身を分析する事が美術の研究になるのだろうと思います。
新入生の皆様におかれましては、したたかに、したたかとは強いと書きますが、この貴重な4年間をお過ごしいただき、人類の宝を生み出すためのスキルを身につけていって行って下さい。