令和5年度入学式

日時 2023年4月3日(月)
10:00開式/13:00開式 *所属学科・コースにより開始時間が異なりますのでご注意ください
場所 武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス 体育館アリーナ

式次第

  • 開式の辞
  • 校歌斉唱
  • 学長式辞 学長 樺山祐和
  • 理事長祝辞 理事長 白賀洋平
  • 教員祝辞(午前の部) 教授 北崎允子
  • 教員祝辞(午後の部) 教授 諏訪敦
  • 卒業生代表祝辞 亀山達矢
  • 閉式の辞

会場風景

学長式辞

写真:樺山祐和

武蔵野美術大学学長
樺山祐和

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
教員、職員、スタッフ一同、皆さんの入学を心より歓迎いたします。
また、ここまで新入生をお支えいただいた保護者の皆さま、これまでのご苦労、いかばかりであったかとご推察申し上げます。
本当におめでとうございます。

本日、ここに新入生、
通学課程、造形学部902名。造形構想学部164名。
大学院造形研究科修士課程118名。同博士後期課程7名。
大学院造形構想研究科修士課程52名。同博士後期課程4名。
海外からの留学生210名。
通学課程総数1,247名に通信教育課程を加え、新入生を迎えることは、本学、全ての関係者にとって喜びに耐えないことでございます。
本当に嬉しく思っております。

さて、武蔵野美術大学は、1929年、本学の前身である帝国美術学校創立以来、美術、デザイン、芸術文化領域の専門大学として現在まで94年の長きにわたり、我が国を代表する美術大学として歴史を刻んできました。
通学課程総合計4,746名に、通信教育課程総合計約2,500名を加えた、学生総数、約7,300名に達する我が国最大規模の美術大学です。

造形構想学部は4年前の創設以来、昨年度に完成年度を迎え、初の卒業生を送り出しました。そして2024年には通信教育課程が、この鷹の台キャンパスに合流し、通学課程と通信課程の協働が始まります。これは本学にとって、これまでにない大きな変化であり、新しい学びの形が作られてゆきます。
この鷹の台キャンパスの他に、都心キャンパスとして市ヶ谷キャンパス、そして、武蔵野市に通信教育課程の三鷹ルームと、各キャンパスでの学びが始まることになります。

さて、新入生諸君。
皆さんは、美術大学に入学することを志し、難関の入学試験をパスする為に様々な努力を重ねてきました。そして、その努力が形となって、今、ここにいます。
それは、自分の人生を、作ることに、何かを想像しイメージし、創造すること、クリエイトすることに賭けてみたいと考えたからに違いありません。

今日、この日から、皆さんの武蔵野美術大学での学びが始まります。
思う存分、制作、勉学に打ち込んでください。その力が強ければ強いほど、私たち教員、職員、スタッフはそれ以上の力で皆さんを押し返し、その情熱に応えてゆくでしょう。

何かをつくりたい意欲はどこからやってくるのでしょう。それは言葉では説明できない衝動としか言えないものかもしれません。そんな、人間の根源的な衝動に、皆さんは導かれ今ここにいるのです。
皆さんがこれから絵を描き、彫刻を作り、デザインをし、建築をし、言葉を使ってゆくことで、その衝動の正体に近づくことができるでしょう。それは人間とは何かを探究することであり、皆さん自身とは何者なのかを探究することでもあるのだと思います。

皆さんはこれから様々な先生、友人、仲間に出会ってゆくでしょう。
探究とは一人で行う単独行です。じっくりと、自分の研究領域において制作し考える。それと同時に大学という場は、個人で制作したものや考えたものを、みんなで共有し、様々な意見を自ら発し、そして聞く場です。
どうか、物おじせず積極的に話しかけ、そして聞いてください。
自分とは異なる色々な考えや方法に、気づくことができるでしょう。
ただし、私たち教員も正解を持っているわけではありません。
だからこそ全ての教員が今でも自身の領域を必死で探究しています。
一緒に考えてゆきましょう。

美術という領域は、本当に不思議な領域です。
経験も年齢も性別も国籍も違うもの同士が、美術という、広く大きなステージに上がるだけで、そのような違いが、一瞬にして払拭されます。同じステージで話すことができるのです。そこには様々な違いを乗り越えた自由で対等な関係が構築されるのです。
この美術がもつコミュニケーションの力の謎に分け入ってゆくことも、これからの皆さんの探究です。

これから自由な制作と勉学が始まります。
では自由とは何でしょうか。それは何でも自由におこなえる、というだけではなく、失敗をし、様々なアイデアを捨てる自由があるということなのです。社会は合理と効率で動いています。しかし大学という場所は、大いに失敗をする、大いに無駄をする自由があるのです。失敗や無駄は問題ではありません。行動する、ということが重要なのです。

生活の周辺へ丁寧な眼差しを向けることも必要です。自分自身の衣食住から考えてみる。何を食べるのか。どのように食べるのか。何を着るのか。どのように着るのか。どのようなところに住むのか。といった極めて当たり前のところから考え、そして観察してみることで、現在や社会や自分の生活といったものが見えてくる。アートもデザインも、そのような地点から始めることで、その表現はリアリティを持つのだと思います。
今は表層的な知識を得ようとすれば、インターネットを検索すれば大抵のことは教えてくれる時代です。知識を得るのではなく、問いを発すること。今という複雑で、混沌とした時代だからこそ、その時代に対して、いかなる問いが可能で有効なのかを、考えてゆくことが重要なのです。

私たちは全て名付けられた物に囲まれて生きています。今、この場所を見渡して、名前のないものを探してみてください。名前のないものはありません。全てが名付けられている。つまりそれは既存の意味があるということであり、全てに目的があり用途があることを意味しています。それが私たちの現実です。
しかし、ファインアートやデザインは、その現実から離脱し、違った地点から現実を指し示すことによって、新しい眼差しを社会に提示するものです。
それは既存の考え方から自由になることであり、何かを創造することは、既存の考えを疑い、現状の流れに立ち向かってゆくことで生まれるものなのです。新しい眼差しを持つための戦いは、ささやかな日常の中から始まるのです。

さて、近代以降は存在を徹底的に対象化し、バラバラに個物にして分析した時代でした。 表現においても、独創的な、他とは違った個性的な表現といったものに価値が置かれた時代だったと言えます。
しかし現代は、存在すること自体を連関によって考えることによって、新しい可能性が探求されている時代です。
そのような中で、私、という個の考え方も変わってゆかざるを得ないのだと思います。 個性的な表現とはむしろ、従来の自己を主張するというのではなく、対象を尊重し対象との対話の過程、痕跡こそに本当の個性が現れるのではないか。
現在は何人も独立して、孤立して、存在ができない時代であり全ては連関のうちにある。それを考え続けることが、とても重要なのだと思います。

最後になりましたが、今、ここで君たちに言葉を贈ります。
それは、「君たち自身となれ!」ということです。
君たち一人一人に、無限の可能性が、内包されています。
私たちが、存在することの不思議を想ってください。
それは、何億年も前の生命誕生の時まで遡ることができます。
君たちの中には、魚や鳥であった時の遠い記憶が内包されています。そしてそれは、全ての人間に等しくセットされています。
それら無限の生命の記憶を、どれだけ深く、そしてたくさん手繰り寄せることができるのか。
表現の強度とは、そのようなことに関わっているのかもしれません。
本学の教育理念に「真に人間的自由に達するような美術教育」があります。
人間的自由は、既に、君たちにセットされています。君たちの中で、それは、発動されるのを待っているのです。
つくるという旅が、始まります。
それは、行き先のわからない、経路のわからない旅です。
しかし、わからないからこそ自由であり、多くの新鮮な出会いがある。
ぜひ、君たち自身の若い力で、未だ出会えていない、新しい自分に、出会ってください。
みんな、がんばれ!

理事長祝辞

写真:白賀洋平

学校法人武蔵野美術大学理事長
白賀洋平

初めに和歌を一首贈ります。
「石ばしる垂水の上のさわらびの 萌え出づる春になりにけるかも」(志貴皇子)
これは万葉集の傑作の一つで、「岩の上を激しく流れ落ちる滝のほとりのワラビが滝や風雪に耐え、芽を出す春になったなあ」という、今の皆さんの心境と同じ感動と喜びを詠った歌です。

造形学部入学・造形構想学部入学、大学院進学の皆さん、本日はおめでとうございます。
そして、これまで長きにわたりご支援を続けてこられたご家族の方々、おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。
特に、三年に及ぶコロナ禍を乗り越えて、見事、入学を果たされた皆さんの懸命なご努力を大いに称えたいと思います。
本来ならご親族の方々にもご出席頂き、皆さんの晴れ姿をご覧願うべきところ、コロナ禍でご列席をご遠慮願っての入学式となったことは、極めて残念であり申し訳なく存じます。
本日、ここに、皆さんのような前途洋々たる俊秀をお迎えすることが出来、誠に嬉しく心強い限りであります。

さて、今、世の中は先が見通せないVUCAの時代と言われています。この混迷状態を乗り越える突破口をアートやデザインが持つ感性や創造的思考力・問題解決力に求める動きが世界的な潮流になっています。
そういう意味で、「創作系人材」の質・量の厚みは、今後の国の競争力やブランド力を左右すると言っても過言ではありません。
昨今、官民あげて未来創造型人材の育成に力を入れています。その拠点として期待されているのが美大であり、その先端に立つのがムサビであります。そして、皆さんはそのムサビの舞台に立ったのであります。

そこで、これからの大学生活を送る上で役に立てばと思うことを「ABC精神」と称して三つ申し上げます。

一つ目、ABCのAは「Ambition」であります。ライフワークにつながるような大きな夢、野心的なビジョンを描いて頂きたいと思います。これから大学で創作活動、研究活動を続けて行くに当たって、何を目指すか、何を目標とするか、何の権威になるか、どんな作家・デザイナーになるか、実業界でどんな道を歩むか、起業家になるか或いはクリエイターになるか等、先生ともよく相談し、本当に自分がやりたいテーマを必死になって見つけ、それを深化させることです。

二つ目、ABCのBは「Breakthrough」力であります。目標達成の壁は高くて厚い、恐らく試行錯誤の連続でしょう。そういう時も諦めずに粘り強く考え抜くこと、信念をもってやり抜くことが大事です。どんな道であれ、頂点を極めるためには情熱をもって挑戦を続けることが肝要です。

そして、三つ目、ABCのCは「Creative」すなわち創造的、独創的ということです。芸術家、パイオニアの核心的存在意義です。人真似では人を超えることは出来ない、人と違う事、今までに無いものを創るという気概を以って独自の世界の表現・実現を目指してください。

さて、本学の建学の精神は「教養を有する美術家の養成」であり、「高い技能」と「幅広い教養」を身に着け、様々な分野で社会に貢献できる人材を育成することであります。これに関し三点付言します。

一つ目は、教養についてであります。将来、大きく飛躍するためには、高度な専門的知識や技能の習得だけでなく、歴史とか哲学とか文学等も理解し、知性と感性を備えた人間としてのバックボーンにそれが必要だからであります。加えて語学、データサイエンスなども時間を作って勉強して下さい。また、視野を広げる糧として美術館・図書館に足を運んでください。

二つ目は、「人との交流」であります。大学は人との交流を提供する場であります。価値観、人生観、美意識の違う色々な人との交流を通して自分を高め、共感性・寛容性を身に付けて頂きたいと思います。これからの多様性社会を生き抜くために必須だからです。

三つ目はこれから始まる実技授業の「講評」という授業についてであります。自分の仕上げた作品や論文等の研究成果を先生や同僚の前で発表し厳しい評価・批評を受けます。このプロセスを通して、技能の向上は勿論ですが、プレゼンテーション能力、コミュニケーション能力を磨いてください。今後の社会生活に必須の素養だからです。

以上、縷々申し上げましたが、最後に、著名な彫刻家で詩人であった髙村光太郎の「道程」という詩の一節を贈って終わりたいと思います。

 人類の道程は遠い そして其の大道はない
 自然の子供達が全身の力で拓いて行かねばならないのだ
 歩け、歩け
 どんなものが出て来ても 乗り越して歩け
 この光り輝やく風景の中に踏み込んでゆけ
 僕の前に道はない
 僕の後ろに道は出来る

この気概と気迫を持って、チャレンジングで楽しいムサビ生活を謳歌してください。
あらためて本日は誠におめでとうございます。

教員祝辞(午前の部)

写真:北崎允子

武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科教授
北崎允子

新入生の皆さん、ならびに、ご家族、保護者の皆さま、ご入学おめでとうございます。
教職員を代表して、心よりお祝い申し上げます。

皆さんが美術家を志し、準備をしてきた期間というのは、パンデミックや戦争など、世界が大きな不安に包まれた日々でした。そんな中で皆さんは、志を失わず、自分の道・未来を見据えて行動し、今晴れやかな姿で、ここにいます。その「自分を信じて、歩み続ける力」に、心強さを感じ、また、尊敬の念を抱きます。

さて、私は、教員として、デザインを実践する者として、今日、皆さんの前でこうしてお話ししています。ですが、私も24年前、皆さんと同じく、この体育館で入学式を迎えました。今日は、私の武蔵美でのことについて少しお話し、皆さんへのエールとしたいと思います。

私は、ただただ美術が好きなだけで武蔵美に入学した学生でした。入学すると周りには自分よりももっと絵が上手い人、アートやデザインに詳しい人、学外で展覧会をやったりする同級生もいました。私はすぐに自信を失い、自分もそうならなくてはと思って、他のデザイナーや芸術家の作品を真似たりしていました。でも全くいいと思えるものはできず、悶々とした日々を送っていました。

ですが、2年生の時、先生が、私の制作ノートを見て、すごくいいと言うのです。そのノートは、私がとある取材先で、人々の動きや、物の使われ方を観察して、とりあえず言葉や絵でスケッチしたものでした。それはまだ作品じゃないし、途中で恥ずかしいし、自信がなかったのですが、先生は、「このノートは宝の原石だから、もっとよく見て、スケッチを続けろ」と言います。私は「早くものを作らなきゃいけないのに、時間の無駄だよ」と思いながらも、観察とスケッチを続けました。そうすると、すぐに納得のいく作品は作れませんでしたが、一つわかったことがありました。

自分の目が捉えた、あるいは肌や耳、体全体が捉えた、目の前にある物事のわずかな「美しさ」や「おもしろさ」。これらを紙の上に、手とペンで、軌跡をつける、つまり、自分の体の外に出していくと、わずかだったものが、固定されます。その固定されたものから、もう一度目の前の世界に目をやると、わずかだった「美しさ」がより一層見えてくる。そしてそれをさらに、手の軌跡で固定する。この繰り返しで、自分の感覚が捉えたおぼろげなものが確実さを帯び、どんなかたちを作るべきか、どんな言葉を使うべきかが、徐々に見えてきたのです。それは、これまで私が、美しいものを作りたくて、誰かの真似をしていた時よりも、ずっと良いものでした。これまでと決定的に違ったことは、私が、私の感覚器官で捉えたわずかなことを、つまらないとか、だめだなどと、否定しなかったのです。そこには、きっと何かがあると、自分が感じたわずかなことを、肯定したのです。

すぐに答えが欲しくて焦っていると、頭の中ばかりで考えてしまいます。ですが、世界には美しい瞬間が溢れていて、私たちはそれらと日常から出会っています。自分の感覚を世界にひらき、自分が知覚したことを信じることで、美しさは、いくらでも捉えることができます。そしてそれは、どこにもない、誰にも真似できない、唯一無二のあなたが表現できる美しさです。

自分の感覚を信じることは、ちょっと怖いことかもしれません。長時間観察をすることなんて、時間の無駄と思うかもしれません。実際、いまの世の中では、人と同調することや生産性、効率が求められます。一方で、いまの世の中には、さまざまな行き詰まりがあることも事実です。私は、美しいもの、新たな表現を追求する皆さんこそ、そんな世の中をいい方向に変えられる人たちだと思います。物事を観察し続け、頭と手を同時に動かして、かたちを少しずつ立ち上げること。それは時に大変に地味なことです。なかなか結果が出なくて、焦ることもあります。ですが、どうかリラックスして、自分の感覚を肯定して世界に自身をひらき、自分の手を肯定して自由に表現してください。この人間本来のエネルギーこそが、未来の社会に変化をもたらすのだと思います。

武蔵美へ、ようこそ。 改めて、本日はご入学、誠におめでとうございます。

教員祝辞(午後の部)

写真:諏訪敦

武蔵野美術大学油絵学科教授
諏訪敦

新入生の皆さん、そしてご家族、保護者の皆様、ご入学おめでとうございます。
まことに僭越ではありますが、教員を代表し、お祝いの言葉を述べさせていただきます。

私もかつて、この場に集まった新入生の一人でした。それまでの私の記憶は曖昧なもので、18歳のある日に、ほんとうの人生が始まったといえるのかもしれません。北海道から上京することは大きな決断でしたが、自ら望んだことでした。
東京の暮らしに慣れてきた頃、私は大学の正門から徒歩2分…きっと歩いてここに来られた皆さんも通過した、すぐそこの通りにあるアパートの最上階に引っ越すことにしました。大学にいることが好きだったので、その時間を最大化したかったからです。でも不思議なもので、逆にそれまではしたことがなかった、遅刻をするようになっていました。人間の怠惰な本性を甘く見てはいけませんね。 1階では、「東美 鷹の台店」という画材屋さんが営業していました。店主のSさんはぴりりとした印象のおじさんで、日常的に随分お世話になって…営業中の店先に大きなバイクを停め、エンジンを吹かして怒らせてしまったり、いろいろと迷惑もかけたものでした。
大学院に進んだ頃でしたか、自宅でも大きな作品を描くために、頑丈なH型イーゼルが必要になりました。でも当時の私にとって相当に高額な商品だったのです。悩んでいたところ Sさんは、「絵と交換してあげるよ。君の絵が評価されて、余裕で返せるようになるまで頑張って。」と声をかけてくれました。
そうして、眠る人物を描いた、20号の作品と入れ替わりに、ポプラ材で作られた大型イーゼルが、私の部屋に据え置かれてからは、自宅でも制作ができるようになったのです。それは私が発表活動をし始める前のことで…その絵はまだ無価値だったのに。とても有り難かったことを覚えています。

それから30年近い年月が夢のように過ぎて、2018年の春に私は武蔵野美術大学に教授として、呼び戻されることになりました。懐かしいSさんに報告をするため、「東美 鷹の台店」に向かうと、すでに閉店していました。少し前にSさんは亡くなられていたのです。世の中には取り戻せないことがあると、思い知った瞬間でした。
それから新学期が始まろうとしていた頃、突然、版画家の結城泰介さんが私の研究室を訪ねてきて「諏訪さんにお渡ししたいものがあります」と大きな包みを携えてきました。何だろうと受け取ると、H型イーゼルと交換に、Sさんへ渡した、あのときの絵だったのです。
きけば、結城さんは「東美 鷹の台店」があった、斜向かいの建物で版画工房を主宰しており、近所のよしみで閉店の整理に立ち会い、その際に店内に置かれていた、あのときの絵を見つけたのだそうです。
Sさんは、ひとりの学生が描いた絵をずっと、思い出として持ち続けていてくださったのでしょう。誰かに売って、お金を回収していてくれても良かったのに、彼はそうしなかった。皆さんも大学生活の中で、さまざまな人たちと出会うと思いますが、芸術作品は、人たちの想いを継いでいくことだってあると思います。大学に戻るタイミングで体験した、若者への接し方を自問させられる出来事でした。

ところで、これから皆さんは大学生活の中で、自己決定を迫られる日々を過ごすことになります。思えば誰もがひとり、心許ない発想から絵を描き始めるのですが、「寝て起きたら自動的に絵が完成していた」なんてあり得ないことです。キャンバスに刻まれた筆のストローク、擦り付けられた色彩の一つ一つが、自分で決めたことの集積であることは言うまでもありません。
一方で絵を描く時、その色を何故そこに塗ったのか、明確な理由を言語化できないこともあるでしょう。心の柔らかな位置に隠していた思いを、ただ形にしたに過ぎなかった、その小さな絵を世の中に差し出すわけです。ときには他者の意見との折り合いをつけるため、自分を曲げてしまったことに傷つく日だって来るのかもしれません。しかし、あなたはその行為に自ら意味を与えていることに、ふと気付くはずです。

皆さんはすでに、人生において重要な決定を下して、此処に辿り着いたのだと思います。絵を描いていきたい、あるいは彫刻を作りたいという渇望が心に生まれた時、そう思ってしまった気持ち…その時の自分を、無かったことにできなかった人たちが、此処に集まっている。さまざまにあったはずの他の選択肢を退けて、美大受験をしたいと、家族に打ち明けた夜…そしてそれを支えていくことを、強く心に決めた、保護者のみなさんも。ここにいる学生の誰もが、あなたの隣に座っている人も、それぞれがそうやって決定を繰り返し、難関を突破して此処に居るのです。
美術は暗闇の中を手探りで真実性へとにじり寄っていく、そのような営為だと私は思います。学生たちのなけなしの発想や、おずおずと差し出された創作の中には、じつはこの大学を突き抜けて、世界へと接続する回路だって、内蔵されているのかもしれません。そしてそれが生み出される過程で発せられる熱量や、輝きに接するたび、私たち教員は思いを新たにするのです。

何かが起こる光景を、共に息を詰めて見守る存在でありたいと。

今日、この場に参加できたことを感謝するとともに、これから続いてゆく大学生活の日々の中で、皆さんが作り出すに違いない、豊かな瞬間に立ち会えることを楽しみにしています。

卒業生代表祝辞

写真:亀山達矢

卒業生代表
亀山達矢

新入生のみなさん、ご家族のみなさん、ご入学おめでとうございます。
亀山達矢と申します。
僕はムサビの短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻に入学し、その後編入学、2001年に造形学部油絵学科版画専攻、現グラフィックアーツ専攻を卒業しました。
大学を出てからはtupera tuperaというユニットで活動をはじめ、今年で20周年となります。 絵本の制作を始め 、TVや空間のアートディレクション、舞台美術、様々な商品の企画デザインなど幅広く活動しています。

まずはそんな僕が、美大を志したきっかけからお話ししたいと思います。

それは高校生の頃に偶然手に取った写真集 「アトリエの巨匠100人」という本との出会いからでした。 写真集にはミロやシャガール、ムーア、ダリなど世界に名だたる巨匠たちのアトリエと本人の姿が登場します。
当時、アートにあまり興味はなかったものの、作家の聖域ともいえるアトリエ空間はどれもとても面白く、そこに佇む作家の個性的な風貌に強い衝撃を受けました。
いつか僕もこんなおじさんになりたい!こんな楽しそうな人たちと出会いたい!と思って、美大を志しました。 なので、大学では作品を作ること以上に、まずは人を楽しもう!というのが僕のムサビ時代のコンセプトでもありました。

在学中はデザイン科から油絵学科に編入学したこともあり、二つの学科で違った雰囲気の人たちに出会うことができました。そして、芸祭や学内のイベントを通して、学科を越えたたくさんの気の合う仲間もできました。今もその繋がりはしっかりと続いています。

7年前に 僕は京都に拠点を移したのですが、その大切なアトリエを設計してくれた内の一人もムサビ時代に同期だった建築学科出身の友人です。また、舞台の仕事では 空間演出デザイン学科出身の友人に衣装で関わってもらったり、デザイナー、カメラマン、映像作家などムサビの頃から繋がりのある友人たちと一緒に仕事がしたり、たまには集まりムサビ時代の思い出話を肴にお酒を酌み交わしたりと本当に嬉しく感じる日々です。同級生でなくても、仕事の打ち合わせなどでムサビ出身だと聞くだけでぐっとテンションが上がります。それほど僕はこの大学が好きで、ムサビに行ってよかったなと、心から思っています。

大学生活は長いようで振り返るとあっという間ですが、若いみなさんにはまだまだ自分の知らない魅力がたくさん埋まっていると思います。それをどんどん在学中に掘り起していってください。気づいていない自分を掘り出していく行為はとても面白いことです。
人生においてなにより大切なのはだれと出会うかということです。 そして、今日からみなさんにはたくさんの出会いが待っています。個性あふれるこの大学で、様々な人と出会い、たまにはぶつかり悩みながらも、そこから生まれる化学反応で、掘り出される自分自身の可能性を信じて、充実ある大学生活を送っていただければと願っています。

最後に、僕はモノ作りの人間です。

話すことではなく自分自身の作品でみなさんにお祝いの気持ちを届けたいと思い、絵本を1冊読みたいと思います。きっとムサビの歴史上、入学式で 絵本作家が絵本を読むというのは初めてかもしれません。