令和3年度 武蔵野美術大学入学式典
令和2年度入学生とともに…

日時 2021年4月5日(月) 13:00-
場所 武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス 各配当教室等

式次第

  • 開式の辞
  • 校歌斉唱
  • 学長式辞 学長 長澤忠徳
  • 理事長祝辞 理事長 白賀洋平
  • 教員祝辞 准教授 冨井大裕
  • 卒業生代表祝辞 山本尚美
  • 閉式の辞

会場風景

学長式辞

写真:長澤忠徳

武蔵野美術大学学長
長澤忠徳

本年、令和3年度、武蔵野美術大学に入学された学生諸君は、造形学部892名、造形構想学部164名、大学院造形研究科、博士後期課程8名、修士課程125名、造形構想研究科、博士後期課程5名、修士課程55名、そのほか、編入生、研究生を合わせて1,321名であります。
1,321名の令和3年度新入生の皆さんをお迎えすることができましたことは、武蔵野美術大学の大きな喜びです。この中には、数ある日本の美術系大学の中から本学を選び、難関を突破して入学された243名の留学生の皆さんが、含まれています。
本年度新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。これから、武蔵野美術大学が、皆さんの母校になります。また保護者の皆さまのお慶びもひとしおかと存じます。おめでとうございます。そして、本学に御子弟を進学させていただきましたことに、厚く御礼申し上げます。

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新型コロナウイルス感染症の世界規模での感染拡大によって、今年度入学の留学生の諸君40数名が、政府の感染防止対策の制限によって、まだ入国できておりません。また、昨年も今年以上に多くの留学生が、入国制限のために入国が遅れ、キャンパスに一堂に会することが叶いませんでした。
昨年は、新たな学びのスタートを祝う令和2年度の入学式を、やむなく中止せざるを得ませんでしたが、この春から2年生となる令和2年度入学生の学生諸君にとっては、入学した実感を得ることが難しい、とても残念なことだったことと思います。
このことは、保護者の皆さんはもとより、私たち教職員にとっても、とても心の痛む残念なことでした。多くの制約の中、入学式の開催中止は、学長として感染拡大を防ぐ、苦渋の決断でしたが、私には、大変申し訳ないという思いがずっとありました。
今回の令和3年度入学式は、三密状態を避けた広いスペースを準備し、学科分散型のオンライン配信で実施していますが、「令和2年度入学生とともに」と副題にもあるように、この春2年生に進級する、昨年入学式ができなかった令和2年度入学生の学生諸君もいっしょに、入学を祝ってもらうこととしました。
本学の入学式は、毎年、特色ある演出で開催して来ていますが、昨年度の入学式のために準備しながら実現しなかったデザインのステージを使って、改めて、令和2年度入学生のみなさんへのお祝いもさせていただきたいと思います。

昨年度、令和2年度入学生は、造形学部884名、造形構想学部164名、大学院造形研究科109名、造形構想研究科53名、そのほか、編入生、研究生を合わせて1,274名の皆さんを入学生としてお迎えすることができましたことは、武蔵野美術大学の大きな喜びであります。
また、218名の留学生の皆さんが、数ある日本の美術系大学の中から本学を選び、入学してくださいました。

一年、遅くなってしまいましたが、令和2年度入学生の皆さん、ご入学、おめでとうございます。心よりお祝い申しあげます。

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さて、新型コロナウイルス感染症の終息は未だ見通せず、緊急事態宣言が解除されて、新年度に入りました。しかし、いっこうに感染の拡大は止まず、さらに増加し、第4波が襲ってきているような状況にあります。

昨年度は、しっかりと制作時間を確保するため、学事日程を大幅に変更する措置を講じ、変化する状況を見据えながら、臨機応変に対応せざるをえない状況でありました。
令和2年度入学生の皆さんはじめ、在校生の学生諸君には、不安で不自由な、困難な日々を過ごしてもらう一年間になってしまいました。余儀なくされたこのコロナ禍の深刻な事情を、どうかご理解いただきたいと思います。
入学式こそ開催できなかったとはいえ、昨年度、丸一年間、入構禁止措置をとり、授業はオンラインのみという多くの大学があった中で、本学は、「ムサビ生の学びを止めない」ことを誓い、他大学に先駆けて、いち早く前期後半から、感染防止対策を講じながら、キャンパスに学生諸君が入れるようにしました。
言うまでもなく、美術大学の教育には、アトリエやスタジオ等での制作や対面での講評、演習・実習などの実技型の授業が欠かせません。制作等の時間をしっかり確保し、対面での授業を再開させ、少しでも、先生方や友人とコミュニケーションができるように努めてきました。
もちろん、オンラインと対面授業を併用するハイブリッドで対応することは、学生諸君にとっても、私たち教職員にとっても、大変なことでしたが、先月27日、無事、令和2年度の卒業・修了生を送り出すことができました。

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さて、武蔵野美術大学(ムサビ)は、その前身となる1929年創立の帝国美術学校創立以来、「教養を有する美術家養成」を建学の理念とし、「真に人間的自由に達するような美術教育」という教育の目標を守り、我が国を代表する私立の総合美術系大学として発展してまいりました。国内はもとより、世界で活躍する数多くの卒業生を輩出してきていることは、みなさんもご存知のことと思います。

全国のみならず海外にも支部を有する、卒業生が加盟する本学校友会は、美術大学では、我が国最大規模の7万名を超える会員数を誇ります。
本学は、我が国で最初に「造形学部」、そして「デザイン」を冠する学科を創設し、美術・デザイン教育を常にリードしてきました。
優秀な多くのクリエイティブ人材を国内外に輩出してきた伝統ある「造形学部」、「大学院造形研究科」の造形教育ノウハウを基盤として、創立以来培ってきた造形言語リテラシー能力と自然言語リテラシーとのハイブリッドな能力を有する新しいタイプの人材の育成を目指して、従来の美術大学の固定観念を超えた「造形構想学部」と「大学院造形構想研究科」を、創立90周年の年・2019年度に開設しました。
そして本学は、未来社会に貢献する「創造的思考力」を育む、我が国最大規模の総合美術系大学として、二学部からなるUniversityとしてのカタチを整えました。
また、交通至便の都心に市ヶ谷キャンパスを開設して、本学は、創立100周年に向けた、新しい歴史の一歩を踏み出しています。

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全世界がまる一年以上も、新型コロナウイルス感染症の爆発的な感染拡大と闘っている…この長引く困難は、人々の生活観もライフスタイルも、社会のあり方にも、大きな変化を生む契機となることは間違いありません。

新入生の皆さんが活躍されるこれからの時代は、我が国も世界も、文明潮流の大きな変化の中にあります。最近では、 SDGsという言葉に触れる機会も多くなりました。入学された皆さんが活躍される未来社会は、「地球と人類の永続性を守る社会」です。
ワクチン接種も始まってはいますが、このコロナ禍を収束させ、同時にまた、私たち人類の望ましい未来社会をしっかりと実現するために「創造的思考力」を身につけたイノベーションを推進する人材を、時代は、世界は、求めています。
いまや、武蔵野美術大学は、日本の私立の一美術大学としての存在を超えて、我が国の文化、芸術、クリエイティブ産業を支え、リードし、ますます広がるイノベーティブな世界で活躍する人材育成を使命として担っているということを、皆さんには、しっかり自覚して、ここムサビで学んでいただきたいと思います。

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さて、私は学長に就任以来、「あの水平線の上に立てるか…」と題するメッセージを、毎年、新入生の皆さんに問いかけて来ていますが、今回もまた、このメッセージを皆さんに贈りたいと思います。
「あの遥か彼方に見える水平線の上に立つ…」ことを信じて、凪いでいても、難破するほどの大嵐でも、いつかきっと水平線に立てる…とひたすら信じ続けるチカラこそ、未来を切り拓く力になります。
理屈で不可能だと決め込んで、やらずに諦めるのではなく、足下を遠望すれば見えている水平線に立とう…と信じて進むことが重要だと、私は思います。「クリエイティブ、創造的である」ということは、そういうことだと私は信じています。
しかし、コロナ禍の今、私たちの「水平線に立つことを目指した航海」は、いつ止むのかも見通せないコロナ禍の大嵐のまっただ中にあります。昨年度、皆さんの先輩たちは、その苦難を乗り越えて優秀な成果を残し、先月、ムサビを巣立って行きました。
さらなる苦難が待ち受けているかもしれませんが、私は、マラソン選手が、あえて酸素の薄い場所で負荷をかけ、高地トレーニングをするように、余儀なくされたコロナ禍という負荷をものともせずに挑んだ彼らの奮闘ぶりから、「創造の持久力」が鍛えられているということに気づかされました。

信じ続けるチカラ、そして、挑み続けるチカラ、それらは「持久力」です。「持久力」を鍛えること。すなわち、ここムサビは、「創造の持久力」を鍛える場である…ということに、思い至りました。
「創造の持久力」を鍛えるためには、あえて苦難に挑む「堅い意志」が必要です。この「意志」という言葉の「意」という漢字は、「音」と「心」という部分で成り立っています。つまり、胸に秘めた熱い思いというのは、自分にしか聴こえない「心の音」のことなのです。それが、みなさんそれぞれの「個性」なのだと思います。
そして、「表現」とは、そんな自分の心の音を聞き、その心の音を、あらゆる方法で、自分の身体の外に出すことではないか…と思うのです。
これまであなたを突き動かしてきた「何か…」が鳴らす「心の音」を、どのように聴き、どうやって自分の外に表出するか…については、あなた自身が一生懸命に悩み、考え、試行錯誤して、実現していただきたいと思います。
個性豊かな仲間が、そして先生方が、あなたを応援してくれると思います。皆さんの大学生活は、多くの体験によって多彩な可能性を開く時間なのです。

皆さんは、すでに、「あの水平線の上に立つ」ことを目指して、大海原に漕ぎ出しているのです。そして、私たちの思いも同じです。
「創造性は死滅しない」。私たちは「創造の持久力」を鍛えている。

この未曾有の世界的な困難の中、皆さんのひたむきな「創造へのチャレンジ」を、私たち教職員は、武蔵野美術大学の伝統とも言える「寛容さ」と「勇気」をもって、しっかり支えて行く覚悟です。

さあ、ムサビでの大学生活が始まりました。

余儀なくされたコロナ禍の真っ只中です。不自由なこと、辛いこと、苦しいこともあると思います。このコロナ禍の困難さえも学びの資源として、しっかりと「創造の持久力」を鍛えてください。標榜する「真に人間的自由に達するような美術教育」の真髄を体得してください。
繰り返しになりますが、辛さの何倍も何十倍も、きっと、胸躍る「はつらつとした青春の若いチカラ」は、雌伏に耐え、多くの困難を乗り越える日々の中で、「創造の持久力」を鍛え上げて、皆さんを「人=人間」として、強く、たくましく、成長させてくれると信じています。

最後にもう一度、ムサビ生となった皆さんに、心からの祝福を贈ります。

武蔵野美術大学、ご入学、おめでとう!

理事長祝辞

写真:白賀洋平

学校法人武蔵野美術大学理事長
白賀洋平

学部入学の皆さん、 修士課程・博士後期課程入学の皆さん
本日はおめでとうございます。
そして、これまで長年にわたり成長を見守り、ご支援を続けて来られたご家族の皆様、 おめでとうございます。 心よりお祝い申し上げます。
特にこの一年はコロナ禍の厳しい状況の中、これを乗り越えて、 本学に入学を果たされました皆さんのご努力に対し深く敬意を表します。
本来なら一堂に会して盛大に行うべき祝典のところ、コロナ禍で、ご家族の方々のご出席もご遠慮願って、 このようにリモートでの実施を余儀なくされたことは、 まことに残念で心から申し訳なく思います。
令和2年度の入学者はコロナのさなかで、 入学式を中止したためその感激を味わって貰う事ができず改めてお詫び申し上げます。 一年遅れではありますが、今年度入学者と一緒に参加頂くこととしました。
激動の一年を振り返りつつ、 思いを新たにして頂きたいと思います。

ところでコロナ禍は社会構造を大きく変容させ、オンライン授業・テレワーク・巣籠り消費等急速なデジタル社会の到来をもたらしています。

皆さんは、 「society5.0」、「SDGs」という言葉をご存じですか?
Soceity5.0というのはAIやIoT、ロボテックなどの先端技術をあらゆる産業や社会に取り入れて社会の在り方を大きく変え、 超スマート社会を実現しようといういわば第四次産業革命であります。
この様に、いま、社会は大きく変わろうとしています。 こうした変化の時代にはこれまでの常識や慣例や既成概念は通用せず、斬新な発想で、これまでと違った価値を創造してイノベーションを起こす事が必要とされています。
大学は「知と人材の集積拠点」として現状を打開し、未来を切り拓く先端機能の発信が求められています。 その中で、今、芸術の持つ力が再認識されています。もともと、芸術は創造的で直感力や感性によって「無から有を産む」力があると言われています。 現在の社会を変え、未来社会創出のため、この芸術の先進性・創造性を活かそうという動きが大きな潮流になっています。
その拠点として期待されているのが美大でありその先端に立つのがムサビであります。そして皆さんはそのムサビの舞台に立ったのであります。
末来の皆さんの活躍の場は無限に拡がっています。

さて、これから、いよいよ皆さんのムサビ生活が始まります。
大いなる期待にワクワクされていることと思います。
そこでこれからの充実した大学生活を送る上で役に立てばと思う事を少しばかり申し上げたいと思います。

近年、 わが国は自然科学の分野で多くのノーベル賞受賞者を輩出しています。
私達に希望と勇気を与え、日本の誇りであります。

科学とアートには「直感」や「ビジョン」といった点に共通した思考が求められ、一流の科学者の思考回路と一流のアーティストの思考回路とはよく似ているといわれています。
ノーベル賞を受賞された先生方が、若い人達に期待を込めて贈った言葉を要約しますと、三つありまして

  1. 本当にやりたい事を見付ける努力をしなさい。そのうえで自分が本当にやりたいことをやりなさい。
  2. 結果はなかなか出ないかもしれない。それでも信念をもって続けること。決して諦めないこと。
  3. 人真似では人を超えることはできない。人と違う事を恐れず自分らしく生きなさい。

であります。

このノーベル賞を受賞された先生方の教訓は、今後の皆さんの創作活動や研究活動にもそのまま当てはまるのではないかと思います。
敢えて、 敷衍して申し上げますと

一つ目はライフワークにつながるような大きな夢、ビジョンを描くということ であります。
これから大学で創作活動、研究活動を続けていくに当たって、何を目指すか、何を目標とするか(どんな作家になるか、何で名を成すか、実業界でどんな道を歩みたいか等)、先生ともよく相談し、時間をかけて必死になって、テーマを探し、自分が本当にやりたいことをみつけ、これを深化させて作品や論文等に昇華させる事です。

二つ目は実行と継続であります。テーマを決めたら構想を練り上げて「挑戦し続ける」ことです。
何事も一朝一夕に達せられるものではなく、前進しては後退するといった試行錯誤の連続かも知れません。
こういう時も、 諦めずに粘り強く考え抜く、倦まずたゆまず不断の努力こそが光明への道です。

そして三つ目は自分らしさを掴むという事です。 寝ても覚めても考え続け、深掘りする中から、感性や直観力が磨かれ、自分ならではの創造的思考力やビジョンが生まれる。その結果、 人と違った独自の世界・境地に達する事ができるのではないでしょうか。

要は、 大学の学びはこれまでのような記憶とか暗記重視の学びとは違って「考える、 探究する、その結果を独自性のある作品とか論文とかの形にする」ことにあると言えます。

その上で、次のステップとして、自分の仕上げた作品や論文等の研究成果を発表して他の人の批評や評価を受けることです。

ムサビの場合、先生や同期生のまえで発表し様々な厳しい評価・批評をうけます。そして、それを次の創作や実戦に活かす。
「講評」と称するこの授業は、本学の大きな特色で、この学びを繰り返し行ないます。
従って、技量が向上する事はもちろんですが、このプロセスを通して、プレゼンテーション能力(説明能カ・自己表現力)、ディベート能力(説得カ・批判的思考カ)、コミュニケーション能力(意思疎通能力)を身に付けて下さい。鍛え抜かれて身に付けたこの能力は高いレベルの専門性と相まって各方面から高く評価されているムサビ生の強みであります。コロナ禍にあってもムサビ生は引く手あまたであります。
本学の建学精神は「教養を有する美術家の養成」であり「幅広い教養」のもと「専門の知識や理論、 技能の習得」に加え「創造的思考力や俯敵力を身に付け」、 多様性をもって様々な分野で活躍する人材を育成することであります。これに関して2点付言させて頂きます。

一つは、教養についてですが「あいつは物知りだ、話題が豊富だ」といういわゆる雑学的知識(これも必要ですが)ではなく皆さんの創作活動や研究活動の上で土台となる文学とか歴史とか哲学、語学、最近ではデータサイエンスといった幅広い基礎的知識であります。
自分の作品や研究成果に「深みや厚み」、「らしさ」を加える為にもこの「根っこ」の部分も確り勉強して頂きたいと思います。
多忙な美大生活ではありますが、時間を有効に使って本を読んだり、旅をしたり、美術館・図書館に足を運んでください。

もう一つ大事なのは「人との交流」であります。
大学は人と人の交流を提供する場であります。価値観、人生観、美意識の違う色々な人との交流を通して、自分の信念は守りつつ、違いを刺激にしたり、異なる価値観を受け入れたりしながら自分を高め、共感性・寛容性を身に付けて頂きたいと思います。これからの多様な社会を生き抜くために必須だからです。

世の中では、出る杭は打たれるといわれますが、ムサビは則を越えない限り自由が尊重され、むしろ出る杭は増やす、そして出る杭は伸ばす大学です。
どうか健康に留意され、当分の間は、コロナ感染防止(三密回避、 マスク、手洗い等)に気を付けながら、伸び伸びとムサビ生活を謳歌してください。

本日はまことにおめでとうございます。

教員祝辞

写真:冨井大裕

武蔵野美術大学彫刻学科准教授
冨井大裕

みなさん、ご入学おめでとうございます。

学生として武蔵美で6年間を過ごし、世の中をウロウロした後に、4年前、教員として戻ってきた一美術家、個人として、皆さんに少しだけお話しをさせてください。また、この話は、昨年、入学式のなかった現2年生の方に向けての言葉でもあります。「もう、わかっている」と、思われる話かもしれませんが、改めてお話をさせて頂きます。

まずは、武蔵美を選んで頂いたことに感謝をしたいと思います。

大学とは、何かをしてくれるところではありません。皆さんが大学を使うのです。その意味で、私は、大学、武蔵美とは空き地であると思っています。皆さんが、この空き地をどの様に見て、使うか。使い方次第で、武蔵美はいくらでも変わります。そして、これは、私たち教員が関わる授業も同じです。経験を伝えることはできますが、それ以上のことを教えることはできません。ここでの授業は、空き地で起こる単なる出来事のようなものだと思います。その出来事をきっかけに、皆さんが何をするのか。そこからが面白いところです。皆さん次第で、どこでも美術は出来るのです。以上のことを踏まえて、皆さんが、いま、武蔵美にいることに感謝しています。ありがとうございます。

皆さんは、この画面を見ている教室で、これからに期待をし、目標を持っていることと思います。その皆さんに、私個人の経験からアドバイスをさせて頂きます。その期待や目標をひとまず忘れてみたらどうでしょうか。と、いうのも、美術の面白さは、わからないこと。どの様にわからないかを形や言葉にしていくということにあると、私は考えています。「こうわからない」という疑問。答えではなく、その問い方に個性は宿るのではないでしょうか。「こうありたい」「こうしたい」という皆さんの道は、4年後、6年後に新しい姿で、皆さんの目の前に現れることでしょう。その時までは、狙い通り、思い通りにいかないことを楽しんでください。

ここまで、皆さんにお話したことは、目の前の環境や空間をどの様に捉え、思い通りにいかない現実から如何にして表現、創造行為をするか、その為の心構えです。これは、私が学び、いま教えている彫刻の知恵、技術でもあると私は思っています。

皆さん、思い通りにいかないことがあったら、2号館2階の彫刻学科研究室、並びに今日から美術館で開催される彫刻の展覧会、オムニスカルプチャーズ展、並びに市ヶ谷キャンパス1階で開催中のMのたね展、並びに鷹の台駅から電車で約1時間、武蔵美の運営するギャラリーαMを訪ねてください。皆さんの求める答えがあるかはわかりませんが、何か面白い出来事くらいはあると思います。それでは、これから、よろしくお願いします。

卒業生代表祝辞

写真:山本尚美

卒業生代表
山本尚美

芸能デザイン学科卒業

新入生の皆さまへ

新入生の皆さま、ご入学おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。
そして令和2年に入学された新2年生の皆さま、1年遅れですが、おめでとうございます。
また、学長、理事長をはじめ教職員の皆さま、この日を迎えられたこと、謹んでお慶び申し上げます。

昨年4月の緊急事態宣言からちょうど1年、新型コロナの感染拡大によって、それまでとは全く違う、いわゆるニューノーマルの生活の中で、皆さんは何を考え、どんな時間を過ごされたでしょうか。特に受験生であった皆さんには、この先の見通しがつかない不透明な中で、不安や焦りと戦いながら、努力され、乗り越えられたと本当に頭が下がる思いです。

晴れてこの入学式を迎えられ、これからの武蔵野美術大学での学生生活に、今は、希望と期待で胸がいっぱいではないでしょうか。

私は、ちょうど38年前の春、皆さんと同じこの武蔵野美術大学に入学した同窓生です。申し遅れましたが、現在は、株式会社資生堂の役員として、チーフクリエイティブオフィサーを務めております、山本尚美と申します。

随分と昔のことですが、私が在学していた当時、武蔵野美術大学では、「企業のアートディレクターを輩出する」ことをモットーに、デザイン学科の学生の多くは、卒業後、企業に就職することを目指していたと思います。ご多分に漏れず、私も化粧品メーカーの宣伝部門の広告デザイナーとして入社しました。大学受験が終わって、学生生活もあっという間に過ぎ、4年後には再び入社試験という難関があり、人生には何度でも、何回でもハードルがあるのだと、社会の仕組みを恨んだこともありました。

合格、不合格はともかく、ビジョンをもって、それに向かって自分の今やるべきことを考え、自分のなりたい姿をイメージし、それに向けて努力することは、決して人生の無駄ではないとだけはお伝えしておきます。

さて、入学して早々、気が早いかもしれませんが、皆さんがこのあと、どのような人生を歩まれるか、私は非常に興味があります。

生きている時間の長さ分、それだけ、人との繋がりや関係性が広がり、深まります。最初は家族という最小のユニット、次に、小中高校での友達や先輩、先生方。そして、大学では、その輪はさらに広がり、社会の入り口に立ち、その社会を自分の目で見るようになります。

今、ご自分の周りを見渡して、何か感じることがありますか?

新入生の皆さんは教室でリモート視聴されているので、同じ世代のクラスメートが周りにいらっしゃるでしょう。

では、男性と女性の比率はどうでしょうか?

つい先日、世界経済フォーラムが発表した「ジェンダーギャップ指数2021」では、日本は156カ国中120位と報告されました。日本のジェンダーギャップは、まだこんな状況なのか、と唖然とします。教育現場では格差がなくなってきているものの、日本の政治・経済の分野での女性の活躍機会はいまだ少なく、歴然とした格差が存在しています。120位は当然、先進国の中では最下位という残念な結果です。

私が学生だった頃は、確かに、日本の世間一般では女性は短大か大学を卒業したら、少し勤めて結婚するというのが当たり前でした。美術大学に進んだ一つの理由は、その世間一般が考える生き方のお仕着せではなく、一人の人間として、個性として、生き方を選ぶことが、大きな動機だったと思います。そして明らかに今の私は、その時に形成された価値観や考え方が基礎になっていると言っても過言ではありません。

先ほどの答えですが、武蔵野美術大学の学生の男女比は3:7位と伺いました。女子学生が7割も在籍されているので、皆さんは周りをみて、世間一般とは違うなと、実感が湧かないかもしれません。

2年ほど前ですが、就職活動をされていた美術系大学の女子学生からこんな話を聞きました。

大学まで、生物学的な違いはあれども、ジェンダーギャップの言葉さえ聞いたことがなく、むしろ男女平等が当たり前の価値観でした、と。しかし、彼女は就職活動を通してジェンダーギャップという景色を目の当たりにし、あらためて社会の有り様について、深い疑問を持ったということでした。

それを聞いて私は、これはとても大事なことだと痛感させられました。

「なぜ」このような仕組みなのか、
「なぜ」これを普通と思うのか、
「なぜ」これを変えていこうと思わないのか。

社会に対する違和感は、長い間その環境にいると、自然に順応してしまいます。私自身も意識もせず、対峙せず、通り過ごしてしまい、未来へ続く人のことまで考えが及ばす反省しています。

そう、「なぜ」から始まる全てのアクションが、これからの未来の時代を作っていく。どんな小さな「なぜ」でも見過ごさず、誰もが生きやすい社会、そして幸せと感じる社会をつくるために、自分は何をするのかということを常に考えてみてください。

そしてもう一つ、私たちが大事にしなければならないことに触れさせてください。

皆さんは、表現することが得意で、絵を描くことにとどまらない、映像技術を駆使することにも長けていると思います。デジタルネイティブの皆さんは、生まれながらにしてSNSやデバイスを使いこなし、ツールの普及もあって、生活の中でも自己表現をすることが多いのではないでしょうか?

ツールや表現技術とは、相手に何かを伝えるための「HOW」であって、実はまず「WHAT」があるはずです。アートやデザインの本質、モチベーションは「誰に」「何を」、そして彼らの心をどう動かしたいか、どう行動を変えたいか、という行為だと私は信じています。

日本文化の中には「空気を読む」「行間を読む」という言葉がありますが、見えないものを感じとる力とでもいいますか、アートやデザインを考える上で、最も必要な感性、感覚です。

「空気」とか「行間」というのは、形となって表出されないもの。「見えないものを見る力」というのは、「お腹が空いた」とか「眠いな」という本能として無意識に生じるものではなく、「気持ちがいい」「惹きつけられる」「美しい」と感じる、能動的でポジティブで、意識的に沸き立つものです。

私はそれを美意識が「高い」とか「感じられない」と表すことがあるのですが、美意識とは無意識の状態では、見えないものなのです。「見えないものの中から見る力」を鍛えるためには、意識をすごく研ぎ澄まし、想像力を極限まで働かさなければなりません。アートやクリエティブの仕事に従事する人にとっては、これが永遠の課題で鍛錬し続けているわけです。「美意識を鍛えるには五感を磨くこと」。是非、この五感の感性と感度をより一層高めてください。

これからの4年間、先生方、先輩から実りある知識や知恵を授かると思いますが、私からは先ほどお話しした「なぜ」を常に掘り下げること。そして、この「見えないものを見る力」を身につけること。この2つのことを皆さんに贈ります。

最後に、これからの自分の人生の糧となる多くの仲間、この上ない友を作り、充実した悔いのない学生生活を存分に楽しんでください。

本日は、誠におめでとうございました。