令和2年度 武蔵野美術大学入学式典

2020年4月6日(月)に予定しておりました令和2年度入学式は、新型コロナウイルスの感染拡大の状況等に鑑み、開催を中止いたしました。

入学される皆さん、ご家族の皆様へ、当日登壇を予定しておりました長澤忠徳学長、白賀洋平理事長、教員代表 井口博美教授、卒業生代表 大島芳彦さんより、メッセージを掲載いたします。

写真:長澤忠徳

武蔵野美術大学学長
長澤忠徳

令和2年度、造形学部884名、造形構想学部164名、大学院造形研究科109名、造形構想研究科53名、そのほか、編入生、研究生を合わせて1,274名の新入生の皆さんをお迎えすることができましたことを、武蔵野美術大学は、とても嬉しく思います。また、218名の留学生の皆さんが、数ある日本の美術系大学の中から本学を選び、難関を突破して入学してくださいました。

新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。これから、武蔵野美術大学が、皆さんの母校になります。また保護者の皆さまのお慶びもひとしおかと存じます。おめでとうございます。そして、本学にご子弟を進学させていただきましたことに、厚く御礼申し上げます。

新型コロナウイルス感染症の世界規模での感染拡大によって、新たな学びのスタートを祝う入学式が中止となりましたことは、新入生の皆さん、保護者の皆さまはもとより、私たち教職員にとりましても、大変残念です。また、感染の終息が見通せない中、新年度の学事日程なども大幅に変更せざるをえず、学長として大変申し訳なく思います。苦渋の決断をせざるをえない状況に鑑み、どうかご理解くださいますようお願い申し上げます。

さて、武蔵野美術大学(ムサビ)は、その前身となる1929年創立の帝国美術学校創立以来、「教養を有する美術家養成」を理念とし、「真に人間的自由に達するような美術教育」を掲げた建学の精神を守り、我が国を代表する私立の総合美術系大学として、国内はもとより、世界で活躍する数多くの卒業生を輩出してきていることは、みなさんもご存知のことと思います。

昨年度、本学は創立90周年を迎えました。本学は、我が国で最初に「造形学部」、「デザイン」を冠する学科を創設し、美術・デザイン教育を常にリードしてきました。創造性ある優秀な人材を国内外に輩出してきた伝統ある「造形学部」、「大学院造形研究科」の造形教育ノウハウを基盤として、培ってきた造形言語リテラシー能力と自然言語リテラシーとのハイブリッドな能力を有する新しい創造的人材の育成を目指して、従来の美術大学の固定観念を超えた「造形構想学部」と「大学院造形構想研究科」を昨年度開設し、本学は、未来社会に貢献する「創造的思考力」を育む総合美術系大学として、二学部からなるユニバーシティとしてのカタチを整えました。また、交通至便の都心に市ヶ谷キャンパスを開設して、本学は、創立90周年を契機に、創立100周年に向けた、新しい歴史の一歩を踏み出したところです。

新入生の皆さんが活躍されるこれからの時代は、我が国も世界も、文明潮流の大きな変革の中にあります。今、全世界がコロナウイルスの爆発的感染拡大と闘っている状況は、人々の生活観もライフスタイルも、社会のあり方にも、大きな変化を生む契機となることでしょう。私たち人類の望ましい未来社会をしっかりと実現するために、「創造的思考力」を身につけたイノベーションを推進する人材を、時代は、世界は、求めています。

いまや、武蔵野美術大学は、日本の私立の一美術大学としての存在を超えて、我が国の文化、芸術、クリエイティブ産業を支え、リードし、ますます広がるイノベイティブな世界で活躍する人材育成を使命として担っているということを、皆さんには、しっかり自覚して学んでいただきたいと思います。

さて、「あの水平線の上に立てるか…」と題する私のメッセージを、新入生の皆さんに贈りたいと思います。

「あの遥か彼方に見える水平線の上に立つ…」ことを信じて、凪いでいても、難破するほどの大嵐でも、いつかきっと水平線に立てる…とひたすら信じ続けるチカラこそ、未来を切り拓く力になります。「クリエイティブ、創造的である」ということは、そういうことだと私は信じています。

また、そのためには、それに挑む堅い意志が必要です。この「意志」という言葉の「意」という文字は、「音」と「心」という部分で成り立っています。つまり、胸に秘めた熱い思いというのは、自分にしか聴こえない「心の音」のことなのです。それが、みなさんそれぞれの「個性」なのだと思います。そして、「表現」とは、そんな自分の心の音に耳を傾け、その心の音を、あらゆる方法で、自分の身体の外に出すことではないか…と思うのです。

あなたが、これまで経験して来た「何か…」が鳴らす心の音を、どのように聴き、どうやって自分の外に表出するかについては、あなた自身で一生懸命に悩み、考え、自在に工夫して、実現してください。個性豊かな仲間が、そして先生が、あなたを応援してくれると思います。皆さんの大学生活は、多彩なチャンスに巡り合う絶好の時間となるはずです。

入学された皆さんが活躍される未来社会は、地球と人類の永続性を守る社会です。皆さんは、すでに、「あの水平線の上に立つ」ことを目指して、大海原に漕ぎ出しているのです。そして、私たちの思いも同じです。「創造性は死滅しない」。この未曾有の世界的な困難の中、皆さんのひたむきな「創造へのチャレンジ」を、私たち教職員は、武蔵野美術大学は、寛容さと勇気をもって、皆さんをしっかり支え、ともに進んで行く覚悟です。

ムサビでの大学生活が始まりました。辛いこと、苦しいこともあるかもしれませんが、辛さの何十倍も何百倍も、きっと、きっと、楽しく胸躍る「はつらつとした青春の日々」となることと信じています。

最後に、もう一度、ムサビ生となった新入生の皆さんに、心からの祝福を贈ります。
武蔵野美術大学、ご入学、おめでとう!

写真:白賀洋平

学校法人武蔵野美術大学理事長
白賀洋平

皆さんご入学おめでとうございます。
また、これまで長年にわたり、成長を見守り、ご支援を続けてこられたご家族の皆さまおめでとうございます。心からお喜び申し上げます。

新型コロナウイルス感染症のため、栄えある式典を挙行することができず、まことに申し訳なく残念に思います。
その収束の見通しが立たない中、社会的見地からの苦渋の決断であったことをご理解いただきたいと存じます。

皆さんは難関を突破され、よくぞ「伝統と未来志向」の武蔵野美術大学に入学されました。
これまでのご努力に大いに敬意を表するとともに、皆さんのような俊秀をお迎えすることができ大変うれしく心強く思うところであります。

本学は1929年に開校した帝国美術学校を前身とし、以後発展を続け、1962年学校法人武蔵野美術大学と改称して現在に至っています。
創立以来、本学は「教養を有する美術家養成」「真に人間的自由に達するような美術教育」を理念として、教育・研究を展開して参りました。この間一貫して、我が国の美術界・デザイン界をリードするとともに、教育界の発展に貢献し、多くの有為の人材を輩出して来ました。
諸先輩の各界におけるご活躍のお蔭で、「ムサビブランド」は広く愛され、親しまれ、今や国内のみならず、国際的にも高い評価を受けています。

本学は昨年、創立90周年を迎えました。
現在、来るべき100周年に向けてグランドデザインを策定中であります。
教育・研究の深化や社会連携などの成長戦略を織り込んで、一段と魅力あふれるムサビに飛躍したいと考えています。

翻って、現代はアートの時代と言われ、世界的にアートの重要性が各方面で見直されています。今、何故アートなのか。
それは、アートやデザインの持つ「イノベーション力」、「新しいビジョンを生み出す力」、「人やものをコーディネートして新しい文化をつくる力」、また、「芸術的感性が技術開発や科学研究にも必要」といった側面が評価されているからだと言われています。

科学万能の時代にあって、なお、予測不可能といわれる現今、社会の課題を発見し、解決策をみつけ、改善していくには、固定観念にとらわれない創造性に裏打ちされた「アート」によるアプローチが必要とされているのであります。
これは取りも直さず、社会や企業が求めている人材像とも言え、これからの皆さんの目指すべきところでもあります。
今、皆さんは豊饒なムサビのキャンパスに立ちました。
そこには皆さんを大きく育ててくれるハード・ソフト両面の手掛かりが豊富に整備されています。これらを存分に活かして、勉学に、技能錬磨に、課外活動に伸び伸びとムサビ生活を謳歌して下さい。

一方、経験によれば、大学生活は長いようでも、気がつけばあっという間に終わっています。時間は大切にしなければなりません。陶淵明の詩から、

盛年 重ねて来らず
一日 再び晨なり難し
時に及んで 当に勉励すべし
歳月は 人を待たず

座右に置きたいものです。

皆さん、ご入学まことにおめでとうございます。
ご健康にご留意され、お元気な皆さんにお会いできることを願ってやみません。

写真:井口博美

武蔵野美術大学 造形構想学部 クリエイティブイノベーション学科教授
井口博美

新入生の皆さん、そして保護者の方々、武蔵野美術大学への御入学おめでとうございます。
たいへん僭越ですが、本学の教職員を代表しまして心よりお祝い申し上げます。

昨年本学は90周年を迎えましたが、現在日本は大きな転換期を迎えており、これまでにない社会的課題や時代変化のスピードについていけるかどうかが危ぶまれています。たとえばAIやIoT、ロボット技術等によるイノベーションに期待が集まる一方で、従来の職業の大半が入れ替わるという予測はみなさんもお聞きになったことがあると思いますが、その直面している変革期こそがアートやデザインにとってのチャンスであり、本学はその先駆者となりうる教育環境と教職員スタッフを備えています。

まず新入生の皆さんには一日も早くこの新しい環境と仲間たちに慣れ親しみ、大学生としてリベラルアーツを学びながら各学科における専門教育をしっかり身につけてください。また学内での勉学だけではなく、東京というステージでの刺激をたくさん受けることも必要であり、創造力を高めるためには遊びも大切です。今のところ新入生の大半が何らかのクリエイターになることを夢見ているのかもしれませんが、実は皆さんの将来には計り知れない可能性が秘められているのです。

それはアートやデザインの世界だけではなく、世の中全体がこの不透明で複雑な社会的状況に対してどのような未来像を描き、それをどのような形で実現していけば良いかのビジョンづくりとリーダーシップを発揮できる人材が至る分野で求められているからです。その際一番簡単なようで難しいことが、従来の既成概念やバイアスに囚われない新しい見方や考え方を提示し、それを他の人に共感されるような価値創造につなげることです。その基本的な姿勢としては、あくまで「人間」を中心に物事を考えるという視点を大切にするということです。

これまでの美大は多くのアーティストやデザイナーを社会に輩出してきましたが、今やその領域を超え、企業や行政からも美大が造形教育を通して育んできた「創造的思考力」や豊かな「コミュニケーション力」に大きな期待が集まっているのです。「未来を予測する最善の方法は、自らそれを創り出すこと」というのは”PCの父”であるアラン・ケイ(科学者)の言葉ですが、アートもデザインも正解のない問題に対して果敢に挑む「創造的思考力」を養い、膠着した世界を変えるパワーになりうることを信じて、”人生100年時代”を生き抜くための充実した4年間となるように自分のスタイルで美大生活をデザインしてください。

写真:大島芳彦

卒業生代表
大島芳彦

建築学科卒業

新入生の皆さん、ご家族の皆様、ご入学おめでとうございます。卒業生代表の大島芳彦です。
誠に僭越ではありますがお祝いの言葉を述べさせていただきます。

私は武蔵野美術大学で建築を学び、今は建築を作るだけでなく既存建築を活用することをデザインする、つまり先人達から与えられた社会環境の使いこなし方をデザインする仕事をしています。

今年度は残念ながら新型コロナウィルスの影響によって入学式の式典を執り行うことができなくなってしまいました。皆さんはオリンピックイヤーという本来であれば大変稀有な記念すべきこの年にありながら、それを遥かに超えると言っても過言では無い歴史的な大きな時代の転換期に大学生活を始められることになりそうです。

新型コロナウィルスの感染拡大は私たちの生活や経済活動に大きなマイナスの影響を与え続けているわけですが、その反面貴重な生活体験の機会を私たちに与えてくれています。自宅待機やテレワークの推奨、あるいはネットを利用した遠隔地間の会議の機会の増加など、いわば必然的に「働き方改革」を実践する人々が一挙に増加しました。働き方の改革とは暮らし方の改革であり、生き方の改革でもあります。多くの人にとって働く場と暮らす場が近い関係になると都市の構造は変化をしますし消費活動にも変化が生まれます。また都心への通勤の機会が減り、暮らしの場で過ごす時間が増えれば日常生活を見つめ直すきっかけが生まれるでしょう。ひょっとするとこれは私たちの社会が人間らしい暮らしを取り戻す方法を見つけるための大きなチャンスなのかもしれません。

さて時代は遡りますが、私たちの社会が経済や人口の面において総じて右肩上がりの成長を続けていた時代、それは「消費者の時代」でした。安心、安全と共に「誰でも・何処でも・何時でも」良質なものが手に入れられることを目指す時代。大量生産、大量消費、高機能高性能。身の回りのもののみならずそれは生活環境全般を支配する指標であり、その実現によって私たちは次々と豊かな暮らしを手に入れてきました。

しかし人口減少と超高齢社会への転換が決定づけられた今、気がつけばその豊かさには大きな副作用とリスクがあることが明らかになってきたのです。豊かさの指標は均質化し、その中で圧倒的に選ばれるものがある一方で、絶望的に選ばれないものを産んでしまう社会が生まれたのです。ものばかりではありません。全国に選ばれない都市、地方まで生んでしまいました。これが「地方創生」を必要とする現代です。

では選ばれる状況を取り戻すにはどうしたら良いのでしょう。それは今までの社会が目指してきた「誰でも・何処でも・何時でも」とは正反対に、私たち一人一人が唯一の可能性に気づくことです。特別な才能や特殊な環境の有無は関係ありません。「あなたでなければ、ここでなければ、いまでなければ」不可能なこと。大きなものに頼ることなく、わずかであろうともそれを見出し一人一人が歩みを進めることによって消費者は誇りある当事者に変身します。「あなた」とは登場人物、「ここ」とはシーン、「いま」とは時間でありシナリオです。つまりこの三つの要素を振り返るということは人と地域と時代固有の物語を発見するということなのです。

新型コロナウィルスの爆発的な感染が生んだ状況は、私たちにしっかりと足元を見る機会を与えてくれました。それも世界中の人々に。この状況が収束する頃に私たちが見る未来はおそらく今までとは大きく異なるものでしょう。消費者の時代が終わりを告げ当事者の時代の本格的な到来です。新入学の皆さんは新たな価値観へのフロンティアとしてその創造力を拓いていってください。ともに歩んで行きましょう。

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大島芳彦 株式会社ブルースタジオ 専務取締役 クリエイティブディレクター
1993年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業
2000年より空間資源をはじめとした環境資源有効活用のコンサルティング「Re:Innovation・リノベーション」事業を展開。
団地再生プロジェクト「ホシノタニ団地」で2016年度グッドデザイン金賞(経産大臣賞)受賞。