海外留学研究奨励奨学金は、帝国美術学校の創立から80周年となる2009年から2018年までの10年間、国際的に活躍する人材の養成を目的として、本学を卒業または修了後に海外の大学院または本学が大学院と同等の課程であると認めた海外高等教育機関の正規課程に進学する者を対象として実施しました。奨学金留学生の滞在記を紹介します。(当該奨学金は2018年度をもって終了しました)
荒井沙弥子
造形学部映像学科 2018年3月卒業 アカデミー・オブ・アート(AAU)アニメーション・ビジュアルエフェクト学科3DCGアニメーション専攻 2018年9月入学
サンフランシスコについて
サンフランシスコはアメリカ西海岸のカリフォルニア州にある都市です。12km×12kmの正方形に収まってしまう程の小さな町ですか、世界中から移民が集まり、多くのIT企業も立ち並ぶ活気のある場所です。街は地区ごとに特色を持ち、日本街・チャイナタウン・ノースビーチ(イタリア)など、それぞれの国の文化や歴史に触れることができ、違う国に旅行に来た気分になれます。街自体が多人種社会を尊重しているように、サンフランシスコに住む人々は大らかで穏やかな人が多いです。移民に慣れていることもあり、現地の人は拙い英語でも理解しようと積極的に耳を傾けてくれます。アメリカの中でも治安は良く、24時間バスも利用できるので、深夜まで学校に残って課題製作にも取り組めます。
サンフランシスコのオーシャンビーチ
Academy of Art Universityについて
アカデミー・オブ・アート(AAU)は、サンフランシスコの市街地にいくつものキャンパスビルを持つ全米最大の美術大学です。街を歩いていれば、いたるところにAAUの建物があり、サンフランシスコ自体が大きな大学キャンパスのように思えます。映画やCG関連の学科が人気で、世界中からハリウッド映画に関わることを夢見た学生達が集います。そのため、母国で社会人を経験した学生も多く、10〜20歳以上離れた学生とも同じ目線で語り合うことが出来ます。留学生が比較的多く、言語が理由で授業内容についていけない学生のためには希望があれば無料で補講クラスを開いてくれます。希望に応じては、サポートする教員がクラスに出席し講師の発言を全て記録しメールで送信してくれるので、留学生も安心して学生生活がおくれます。
3DCG Animationコースについて
私の在籍する3DCG AnimationコースはAnimation Visual Effects学科の一部です。今は週に3時間のクラスを3つ受けているので、それ以外の時間は自主学習と課題制作に当てる日々です。武蔵野美術大学ではこれより多くの講義を週にとっていたので少なく感じますが、各授業から毎週多くの課題が出されるので、3クラスが妥当だと感じます。どのクラスも毎週授業内で各々の課題を講評する時間があるので、週課題の1つだと思い安易な気持ちで取り組むと、成績や先生・学生からの信頼はすぐに下がっていきます。授業外では無料のワークショップが多数用意されていて、アニメーション学科ということもあり人物ドローイングのワークショップが多いです。実際にプロのモデルさんを呼び、約3~4時間ほどの間、好きな時に好きなだけ自由に参加して帰ることができます。日本のような静かな空間ではなく、教室の中では常に先生やモデルさんの好きな曲が大音量で流れていて、学生同士が意見交換しながら談笑している姿もよく見かけます。また、ワークショップでは学生だけでなく先生も自主的に参加しにくることも多く、そうした姿勢を見ると、学生の自分はもっと努力しないと、と身が引き締まります。
その他に、各学科・コースごとに、週1で自習クラスが用意されているのも嬉しい点です。色んな学生が先生に授業外でアドバイスをもらったり、そこに集まる学生同士で意見交換ができるオープンスペースになっているので新しい友達もたくさんできます。学習スペースは多く設けられており、気軽に利用することができます。Animation Visual Effects学科のメインキャンパスは8階建てですが、そのうちの3階と4階はほぼ全ての場所が自主制作スペースになっています。常に200台を超えるパソコンが朝の8時から夜の12時までが利用可能なので、ストレスを感じることなく制作に没頭できます。それぞれの自習スペースにはハリウッド業界で有名な映画スタジオの名前がつけられていて、そうした遊び心もアーティストを育てる場所としていい刺激になります。
日本の教育と比べると自由度は高く、自主性を重んじていますが、その代わり自分から行動を起こしていかないと損をすることも多く、責任も重く感じます。授業の選択は入学時に提出するポートフォリオのレベルによって学生1人1人違います。入学の際に、大学側から推薦されたクラスを受講するのが普通ですが、希望に応じて変更することも可能です。私の場合は、推薦された授業ではレベルが低く感じたのと、受けたい授業が他にあったので、学部長に直接新しいポートフォリオを見せて話し合った結果、4つのクラスをスキップし、受けたかったクラスを取ることができました。このように、自主的に行動すればそれ相応の対応を示してくれるのも自由の国アメリカの文化なのかなと肌で感じます。
自習スペースの一つ
授業について
Animation Visual Effects学科の3DCGコースでは誰もが必ず取りたいと言うFuture Animation classと言うものがあります。このクラスは学内ではPixar classと呼ばれており、現役のPixarで働くアニメーターが講師の人気なクラスです。大学とPixar Animationスタジオが近いこともあり、実現している授業です。誰でも取れる訳ではなく、必ずポートフォリオの提出が求められ、条件を満たした学生のみ受けることができます。Pixarクラスをはじめ、実際に現場で働いているアーティストが講師のクラスは基本的に彼らの仕事が終わってからの夜7時~10時までにあり、その日にあった現場での裏話なども話してくれるので新鮮な情報がすぐに手に入ります。また、昼間の授業では、かつてハリウッドで活躍していた先人たちのクラスなどが受けられます。Drawing for Animatorと言う授業では、元ディズニーで数々の2Dアニメーション作品に携わっていたアニメーターだった方が教鞭をとっています。
昔から受け継がれているアニメーションの基礎と共に、Pixarクラスを始めとする今の現場で必要な知識を身につけられる環境で勉強できることを嬉しく感じます。幼少期や最近見た映画に携わっていた方々に指導していただき、英語と言う言語のおかげでフレンドリーに話すことができるのは、自分のモチベーション維持への大きな糧になります。また、今学期Pixarクラスを受講した際に、初回の授業ではクラスメートの名前を必ず覚えるように言われました。その為にニックネーム付けゲームをしたり、お互いの自己紹介に多くの時間が割かれました。その理由に、学生ではなく1人のアーティストとしてお互いに尊敬して学んでいく為に相手を知ることが大事だと教えてくれました。先生も学生をただの学生ではなくアーティストとして扱ってくれ、講評の時にも敬意を持って接してくれるので、自ずと自分の課題にも責任感が芽生えてきます。
今学期の最後の授業では先生のコネクションで、今年のアカデミー賞を受賞したSpider-Verseに携わっていたアニメーターをゲストに呼び特別講義を開いてくれました。先生も積極的に学生やその時の業界の流行りに合わせて授業のカリキュラムを変更してくれるので、常に新しいことの出会いの連続です。
Drawing for Animatorの授業
大学院進学まで
武蔵野美術大学に入学した時から留学をしたいというよりかは、海外の映画スタジオで働きたいと何となく思っていました。当時は3DCG方面に進む事も決まっておらず、アニメーション業界で働きたいという漠然とした目標でした。大学2年生の時に、3DCGアニメーションの授業を受けたのをきっかけに本格的に3DCG業界に進もうと思い勉強を始めました。ムサビでは主にモデリングとライティングの授業が多かったので、アニメーションは大学外でオンラインスクールを受講していました。私が所属していた三浦教授のゼミでは3年ほど前から毎年1人は海外留学・就職している先輩方がいたので、話を聞くたびに海外へ進む進路に興味が湧き、大学4年生になる前の冬休みで留学することを決め現在に至ります。ムサビ卒業後にすぐに渡米し、大学院入学前の三ヶ月は現地の語学学校に通いつつ、物件を探したり、銀行口座を作ったりなど生活の基盤を作ることに専念していました。現在でも英語が理由で悔しい思いや大変なことはありますが、ムサビで制作した課題や作品を高く評価していただき、幾つかの授業はスキップすることができ、入学時から希望していたレベルの高いクラスから受講することができました。
大学院以外の生活
サンフランシスコは小さな街で多くのビルが立ち並ぶ都市ですが、海に囲まれ、高低差の多いサンフランシスコでは、街の中心部からでも海と美しい街並みが見られます。映画が盛んな国であることから映画館はいくつもあるので、授業の合間や放課後に友達とよく映画を観に行きます。中心街ではSFMOMA美術館を始めとする大きな美術館から、小さなギャラリーがいくつも点在するので、自分の専門分野以外のものから多くの刺激を受けます。夏休み中では、サンフランシスコから車で行くことのできるヨセミテ国立公園に行き、アメリカの雄大な自然に触れたりなどレジャーも楽しめます。学校がある間は週末であっても常に課題に追われているので、学生同士で市内であってもどこかに遊びにいくことは殆どないです。その代わり、休暇の間は思い切って遊びに時間を費やす人が多いです。オンとオフの扱いが上手なのも、ストレスなく自分の制作を進めていくのに必要なことの一つだと改めてここで実感しています。
留学する前はこの選択が正しいのか不安でしたが、ここで生活をしていくうちに心から留学して良かったと今は思っています。世界中から移民が集まるサンフランシスコでは1日にいくつもの言語を耳にします。生活様式・文化・宗教・食事・人種がこんなにも混在し、大らかにお互いの文化を尊重して気持ち良く生活ができるサンフランシスコでは、今後ますますグローバル化になっていく世の中に対して対応していける振る舞いや心構えを学べる良い場所だと思います。今後のことはまだ手探りですが、日本・アメリカ、もしくは他の国で就職することになっても、ここで得た経験は必ず生かし、どこでも通用するアーティストに成長していきたいです。最後に、在学時代に多くのことを学び、80周年記念海外留学研究奨励奨学金を支援してくださった武蔵野美術大学に恥じないように、残りの留学生活を後悔のないよう努力してまいります。
ヨセミテ国立公園