三木 茜

造形学部油絵学科版画専攻 2012年3月卒業ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ MFAキュレーティングコース2013年9月入学

写真:個性的なコースメイトたちからはいつも刺激をもらいます

個性的なコースメイトたちからはいつも刺激をもらいます

私は2013年秋にロンドン大学ゴールドスミスカレッジのMFA(Master of Fine Arts)キュレーティングコースに入学しました。ゴールドスミスはロンドン南東にある総合大学で、アートの他に音楽やシアターパフォーマンス、文学、歴史学など多分野に渡る学科があり、とくに社会学やメディア学で知られています。アート学科に属するMFAキュレーティングは、現代アートのキュレーティングの実践と理論、両方を重視している2年間のプログラムです。今回、留学に至るまでの経緯と、大学院で取り組んでいることについて少しご紹介したいと思います。

留学を目指したきっかけとその準備

私はムサビで4年間版画を専攻していました。制作は好きでしたが、学部3年次あたりから、自分がその先何を目指しているのか分からないまま定期講評に向けて手を動かしているような気がしていました。作品を生む、それが人の目に触れるとはどういうことなのか、社会におけるアートの役割とは何なのか。アートマネジメントや学芸員資格課程の講義をとりながら、次第にアートと社会のあいだを繋ぐような仕事に関心が向くようになっていました。"キュレーター"という職業は美大にいるとよく耳にしますが、現代アートを専門的に、また実践的に学ぶには海外の方が選択肢が多かったのです。特にゴールドスミスは現代アートを批評的に、また分野横断的に研究する点で評価が高かったためとても魅力を感じました。学部4年の秋、実際にゴールドスミスを訪れ、自分の理想としていたものに現実味を覚えたのと、またロンドンでの大小様々な展覧会を見て、いつかこの場所で勉強したいと強く思い留学を決意しました。
日本に戻ってからは卒業制作に専念し、卒業後1年間「準備期間」をつくることにしました。語学面でまだまだ不安があったのと、進学について落ち着いて考える時間を作りたかったからです。また私の場合、学部で専攻していた版画ではなく、キュレーティングという新しい分野への挑戦でもありました。少しでも日本のアートの現場を知りたかったので、アートと社会に関わる団体でアルバイトやインターンをしつつ、同時に語学の勉強をして過ごしました。今振り返ると、経験値としては決して充分とは言えませんが、その1年間で、いろいろな人との出会いがあり、何より自分と向き合う時間を持てたことは重要だったと思います。

渡英後 − 大学院1年目をふりかえって−

そして2012年冬に出願し、条件付き合格を得ることができました。これは文字通り、出願条件の一部が満たされていない状態で与えられる合格通知で、語学試験のスコアが足りない場合が多いです。私の場合もそうでした。その後の数ヶ月が一番ストレスフルだったと言えるかもしれません。IELTS*を何度も受験しては目標のスコアに一歩届かず、もどかしい日々でした。また問題集を解き続ける試験対策よりも、イギリスの大学院で勉強する為の実践的な英語のスキルをあげたいとも考えていました。そこで、ゴールドスミスが提供している夏期の準備コースというものに9週間参加しました。これは非英語圏の学生が大学(院)に入る前の語学準備として、エッセイの書き方からディスカッション、プレゼンテーションなど学術的な英語をトレーニングするコースです。私にはこれがとてもプラスになりました。大学院が始まる前の夏をゴールドスミスで過ごし、学校の雰囲気やロンドンの生活にもだいぶ慣れることができました。一番良かったのは、そのプログラムの一環でポストモダン史と、同時代の美術史を専攻できたことです。覚悟したつもりでいましたが、美術論や哲学を英語で勉強することの難しさに衝撃を受けたのを覚えています。

ゴールドスミスのキャンパス内

ゴールドスミスのキャンパス内

そしていざ大学院に進学すると、準備コースをはるかに上回るレベルの高さに更に衝撃を受けました。難しい、というよりも専門的という意味です。知識を受動的に得るのではなく、自分でトピックを見つけ、新しい視点や問題点を掘り下げる。書籍、作品、ジャーナル、インタビュー、レクチャーなど、多様な視点から必要な情報を見極め、自分の言葉で説明するスキルが求められます。「教わる」のではなく、これが「学ぶ」場なのだと実感しました。MFAキュレーティングは2学年合わせて約20カ国から40人以上が在籍する非常に国際色豊かなコースです。ほとんどの生徒がヨーロッパ諸国から集まっている中で、今のところアジア人は6人、日本人は私だけです。西洋思想を主軸に進められる授業では、最初は分からないことだらけでディスカッションに対しても腰が引けていました。けれども話題となることの多くは、今まさに起きている国際的・地域的なアートシーンの動きやそれを取り巻く問題です。様々な意見が交差するディスカッションで重要なのは答えよりもむしろ「何故そう思うのか」という私なりの分析なのです。自分の知識と語学力の乏しさから悔しい思いをさせられるときもありますが、それが日本や世界の動向に対して客観的に考えるきっかけになったり、勉強のモチベーションに繋がっています。

MFA1年目は、レクチャー、グループワーク、リーディングセミナーやゲストを招いてのワークショップなどがありました。それらと同時進行で、個人のキュレーティングプロジェクトとエッセイにも取り組みました。実際にスタジオで授業があるのは一週間の中でも3日ほど。各自が関連資料などを読んで授業の為にあらかじめ準備をし、授業内では、2〜4時間のディスカッションを通して自分の解釈や疑問をシェアします。しっかりと準備しているほど得るものも多く、ただ参加しているだけでは話に全くついていけない、ということがほとんどでした。さらに最終学期はクラスは全く無く、チュートリアル**が数回あるのみ。ですから、資料の集め方から時間の使い方、独りでは解決できない時どういう人にどう頼るかなど、セルフマネジメントにも苦労した1年でした。とくに英語で文章を書くとなると、もちろん私は人より2倍も3倍も頑張らなくてはいけません。語学はあくまでツールだと思うので、細かなミスに固執するよりも数をこなしながら使える範囲を増やしていく感覚を大事にしています。その過程で自分の強みや弱点に気づいたり、ほかの人の表現の仕方から学ぶことも多くあります。

大変なことは沢山ありますが、ロンドンという現代アートの最先端の都市で、鮮度のある展示を毎週見られるのは期待していた以上に刺激的な日々です。トークやパフォーマンスのイベントも頻繁にあり、またヨーロッパの各都市にも足を運びやすく、友人と旅行をしながら様々な文化に出会うのはとても楽しいです。EU加盟国にある大学の学生証があると、美術館・博物館だけでなく交通機関や宿の割引があるのも利点です。今年の夏はコースメイトと大勢で第8回ベルリンビエンナーレに行き、昼は美術館やギャラリーを巡り、夜はみんなで飲みながら色々な話をして、これまで以上に親睦を深めることができました。

この度、光栄なことに武蔵野美術大学80周年記念海外留学研究奨励奨学金の2013年度受給生に選んでいただき、無事2年目を迎えることになりました。1年目で学んだ事や反省をバネに、更に視野を広げ、挑戦し、国際的なアートシーンでの仕事に役立つことが吸収できるよう頑張ります。

  • *IELTS 英語能力判定試験。イギリスを含め国際的に教育機関で採用されています。
  • **個人面談。講師陣の中にパーソナル・チューターが居て、各自エッセイとプロジェクトの進み具合やアドバイスが欲しい事などを相談します。