古波蔵奈菜

映像学科 ベルリン芸術大学 建築、メディア・デザイン学部 2022年4月~2022年8月派遣

写真:古波蔵奈菜

ロシアウクライナ戦争によるフライト変更に前日に気付き、バタバタと渡航したのをいまだに思い出します。
22:00のフライトが翌日7:00に変更になり、ロシア上空迂回のためフライト時間が伸び、ユーロが暴落し、それまで遠い国の問題だと思っていたことが自分の生活に影響して初めて、ヨーロッパに渡航するんだなと実感しました。

しかしベルリンに降り立ってみればそこは信じられないほど平和で、むしろ日本よりずっとコロナの気配も薄れ、想像していたよりずっと人々は優しいし、厳しい冬を過ごした後の穏やかなベルリンの街が広がっていました。

udkでは目立った課題のようなものは無く、学期末に行われるrundgang(オープンキャンパスと芸祭を混ぜたようなもの)に向けてのんびり制作を進めていました。
たまに学生や先生の知り合いが展示、イベントの出演者を募ったりはしますが、参加は自由。
授業を出席するも欠席するも自分次第。
私の所属していたクラスに関しては講評もなく、なんならrundgangへの出席も任意でした。

そんな放任された場所だからこそ、課題としての制作ではなく、アーティストとしての責任についてよく考えていた半年だったように思います。

udkの先生に、美大生、もしくは学生、と呼ばれたことは無く、いつもアーティスト、と形容されていました。
ただの言葉一つの問題だけど、私はこの言葉が好きでした。
自分がものを作る中で何かを選択した時、美大生ではなくアーティストと形容されると、全ての責任が自分の上にあることを感じさせられました。
武蔵美にいるより課題も授業もゆったりとしているのに、どこか緊張感が流れている理由はこれかと思いました。

ベルリンの街は、とにかくどこかがイカれています。
特に週末早朝の地下鉄なんて、カオスそのものです。警察に囲まれ大声で喧嘩する女の子たちの横でカップルが抱き合い、電車の中ではビールの空き瓶が電車の揺れに合わせてカラカラと転がる。
個々人がやりたいことに素直で、誰が何をしていようと気に留めない。居心地の良い街だなと思います。
しかし、いくらカオスの表層を見せていてもそこはヨーロッパの主要都市で。
ウクライナの旗を街中が掲げる中で、クラスメイトがロシアから来たと気まずそうに言ってきたりもして。
自分の考えが誰かを傷つける可能性があることを日常的に感じるところが、日本という島国との絶対的な違いだったと思います。

最後になりますが、私は言語が堪能な人間ではありません。
ギャラリーをアクティブに回った訳でもないし、
人並みに悲しくて、引きこもって丸1週間授業をサボったこともありました。
でも、そんなことが許されるのが留学だったとも思います。
東京では常に制作や課題に追われていたのに対し、ベルリンではじっくりと時間をかけて1つの作品を作ることができました。
単一言語、国家を離れ、自分の環境と思考回路を心機一転させ、のんびりと制作について考える時間から得られるものもあると、私は思います。