大曲都市

造形学部視覚伝達デザイン学科 2008年3月卒業University of Reading2010年10月入学

写真:レディング留学記

今回80周年記念海外留学研究奨励奨学金の補助を得て、念願であった英国レディング大学の書体デザインコースに昨年度入学することができました。

私はムサビの在学中にタイポグラフィに強い興味を持つようになり、3年生の前期あたりで書体デザイナーになろうと決心しました。振り返ってみると受験生時代のクロッキー帳や中学生時代の教科書の落書きにもレタリングが沢山してあったりと、意外と早くから文字へ興味があったことは後になって分かったのですが、その進路を決定付けたのはやはり大学のタイポグラフィの授業でした。大学3年になると周りの友達はみんな就活を始めて就職セミナーなどにも出席するのですが、その流れには一切乗らずに「自分は留学するんだ!」と敢えて就職への可能性を潰し、自分を追いつめていました。生来の腰の重さゆえに卒業後すぐには留学できず、資金準備や語学準備に2年間を費やしました。そこに今回の奨学金(とリーマンショックによるポンド安)という願ってもない助け舟が出て、晴れて2010年秋に渡英することができたのです。

私の入学したレディング大学は一般大ですが名門のタイポグラフィ学科があり、修士相当のMAコースとしては情報デザイン、ブックデザイン、書体デザインがあります。特に書体デザインの教育においてはレディングが世界最高と言われています。書体デザインのコースは世界的に増加傾向にありますが、そのほとんどがラテン・アルファベットのみを対象としています。レディングでもラテン文字は当然作りますし、そこが一番の焦点なのは変わりませんが、この学科が他と違うのは非ラテン文字のサポートが整っていることです。現在は非常に多くの企業が多国籍企業となり、ヴィジュアルアイデンティティのためにロゴだけでなく専用書体を持つ時代です。その書体のサポート範囲もラテン文字だけでなくキリル文字、アラビア文字、果ては漢字や仮名、ハングルなどが求められるのも珍しいことではありません。これに対応できる書体デザイナーを育成するコースには充実した資料や講師陣が求められますが、これを満たしているのは現状だとレディングのみでしょう。卒業生の進路は幅広く、書体会社や大手ソフトウェアメーカーに就職する方、みずから書体会社を興す方、自国に戻ってレディング流の書体デザインを教える方など様々です。

大学の内外の環境も充実しています。レディングはよくある郊外の街で、その様子は国分寺や八王子に近いものがあります。駅の回りは賑やかだけど基本的には静かで大学以外は面白いものが何もない、学生にとっては勉学に打ち込める理想的な環境です。ロンドンのパディントン駅からレディングまでの方角や電車での所要時間も新宿から八王子に行くのとほとんど変わらないので、レディングには非常に親近感が湧きました(ただし距離は2倍、電車賃は4倍近いですが)。キャンパス内は広大な芝生や湖があり建物の占める割合が2割程度と非常に低く、英国内で最も自然が豊かな大学ランキング第4位だそうです。学科のすぐ近くの芝生(というより草原)ではカモやハクチョウなどは勿論のこと、リス、キジ、キツネ、果てはハリネズミまで見ることができます。

レディング留学記

書体デザインコースの入学にはポートフォリオ提出と語学証明が必要です。ポートフォリオでは過去に作った書体を見せる必要などは一切ありませんが、欧文タイポグラフィの基礎力があることは証明しなければなりません。しかし特別なことをする必要はなく、ムサビで培ったタイポグラフィの能力をそのまま見せればいいだけです(レディングに入学してから気が付いたのですが、ムサビのタイポグラフィ教育は欧米のそれと比べても全く引けを取りません)。語学証明は英国の大学ということもあって要求水準がやや高いですが、レディング大には語学準備コースがありますので、入学許可を得るにあたって絶対満たさなければいけない訳ではありません。現に私も一ヶ月の語学コースを先立って受講しました(ただし最終テストに合格しないと語学証明は認められないので、基本的には危険な選択肢です)。

書体デザインコースが始まると歴史の講義や論文講習、スケッチや講評など、めまぐるしい日々が始まります。最初は小文字9個だけに限定してスケッチを進め、デザインが固まってくるとそれを小文字全部、大文字、イタリック、数字、ボールドなどと増やしていきます。それと同時に非ラテン文字の制作も進めます。基本的にはコース修了のためにはラテンの大文字と小文字のみが必須であって非ラテン文字は採点範囲外ですが、最近はラテンのみ制作という人は非常に少なくなってきています。私のクラスでは17人中16人が何らかの非ラテン文字を制作しました。そうやってデザインか読書のどちらかをする毎日を送り、夜には飲みに行ったり映画に行ったりしながら一年が過ぎていきます。6月に書体と見本帳を提出すると最後に論文を書かねばなりません。クラスの中で一番英語が喋れなかった自分としては一番やりたくなかった部分ですが、採点の比重が最も重いのはやはり論文です。途中何度も挫けそうになりましたが逃げずに踏ん張り、締切ギリギリまで手間をかけました。おかげで無事に(優で)卒業することができました。

卒業後の現在は英Monotype社でインターンの書体デザイナーとして勤務しております。系列企業の独Linotype社には私と同じく視覚伝達デザイン科卒業の小林章さんもいて、欧米各国のデザイナーの方々も交えて頻繁に連絡を取り合っています。小林さんも含めて学生時代に尊敬していた大先輩のデザイナーの方々と急に同僚になるのはなんとも恐縮ですが、同時にとても刺激的な環境でもあります。まだまだ学ぶべきことが沢山あるので出来るだけ欧米に留まりたいですが、ここで得た知識をいつか日本に還元しなければと考えています。いつになることやら。

最後に、拙作を含めた書体デザインコースの作品はウェブ上でご覧頂けます。