学生の皆さんへ
2023年5月11日
学長 樺山祐和
現在、ChatGPTをはじめとした生成系人工知能(生成AI)についての議論が高まっています。そして、今後ますます技術が進み、また社会にも深く広く浸透していくことが予想されます。
美術大学としてはよりよい「学び」を得てもらうべく、こうした新技術を柔軟に活用し、また危惧される側面にも十分に配慮し、制作や研究に真摯に向き合ってもらいたいと期待しています。このメッセージでは、以下の6点を軸に、生成AIをめぐる現状と課題について大学としての見解を記述します。
- 身近なツールとなってきた生成AIを、まずは自分の目で確かめてみよう。
- 生成AIの問題や可能性についてより深く考えていこう。
- 個人情報や機密情報、また悪意のある内容の入力は絶対にしてはいけません。
- レポートや論文に、生成AIの回答をそのまま用いて提出することを禁止します。
- 生成AIを引用するときは出典として明記してください。
- 生成AIの回答をそのまま「自分の作品(自作)」として提出することを禁止します。
はじめに
現在話題になっている生成系人工知能(生成AI)は、ネット上などにある情報を大量に取り込み、学習して蓄積し、それをもとに会話形式で質問に答えてくれます。それは単に正解か不正解かのようなものだけではなく、可能性を示してくれたり、慰めてくれたり、また話しているうちに生成AI自身が成長したりと、まさに人間と話していることを錯覚するような仕組みになっています。
生成AIの機能や概念の進化はまだまだ途上で、いろいろなアイデアから様々な分野への応用が、現在もものすごい速度と勢いで進んでいます。
大学は「学び」の場です。授業である講義、演習、実習、そして自身の制作・研究活動まで全てにおいて「学び」が重要です。新しい技術である生成AIをこの「学び」にどのように取り込むか。クリエイティブについて考え、制作・研究することを旨とする武蔵野美術大学の学生や教職員が、生成AIに対する向き合い方をみなさん自身で考えなくてはいけない時期に立っています。
そこで、ここでは生成AIをめぐる現状と課題について大学としての現在の見解を記述します。
自分の目で確かめる
生成AIは社会的には新しい分野です。そして、その可能性の大きさから、メディアでも頻繁に取り上げられています。ただし、頻繁に取り上げられるがゆえに誇張や間違った情報もたくさんあります。学生の皆さんはこのようなテクノロジーを積極的に使いたい人、距離を置きたい人さまざまだと思いますが、まずは、制作者、研究者という立場で、新しい技術であるこの生成AIを自分で試して自身の目で確かめることをお勧めします。
実際に触るとわかりますが、間違った回答もとても多く出てきます。特に人物名などの固有名詞に関することなど、正解不正解がはっきりしていることに間違いが多くみられます。つまり、現在の生成AIは機能的にはまだ不十分な点が数多くあることがわかります。
すなわち、人工知能が出した答えは完璧だと思ってはいけないということです。これは、古くは新聞などの紙メディア、またインターネット上の情報など、世の中に多く出回っていてみんなが知っている情報だから正しいということではない、という認識は生成AIでも同じだということです。
現状を知る
ChatGPTが世の中に認識され始めた2023年3月ぐらいの段階での大学や企業などは、生成AIを「脅威」として捉えるところが多く、また、イタリアやアメリカなどの海外でも「禁止」という方策が多く取られたため、単純に禁止の方向性を打ち出すところもありました。しかし、そこから数週間でいろいろと認識が変わります。
ここ1ヶ月で、日本の国会での国会答弁や、企業のコールセンターなどに生成AIを取り入れる方針が打ち出されたり、また、開発側も例えばイーロン・マスク氏が2023年3月に、高性能なAIシステムの開発に反対するオープンレターに署名したというニュースが流れたその1ヶ月後に、そのマスク氏自身がChatGPTに対抗するAI言語モデルを立ち上げるというニュースが流れていたりします。生成AIを取り巻く環境は、数週間単位で変化しています。世の中を変革しかねないと言われている生成AIに関する事柄がこれだけ動的に変化しているこの状況を日々注視していくことをお勧めします。
また、ChatGPTは、現在は独立したユーザーインターフェイスで成り立っていますが、例えば検索エンジンに人工知能機能を組み込む仕組みが登場したり、ChatGPTはAPIと呼ばれるプログラミングキットを公開したりしています。つまり、これからは目に見える形での人工知能だけではなく、あらゆるものに組み込まれることが予測されます。つまり単純にChatGPTの使用を禁止したところで生成AIの使用を禁止することにはならないということであり、使用者自身が意識しないところで生成AIを活用しているというシーンが増えていきます。
概念的理解や法整備について考える
生成AIはあまりの発展の速さから、まず、人々の生成AIに対する理解が追いついていません。上記のように数週間単位で世界範囲のレベルで生成AIに対する認識と考え方や態度が変わります。そこからすなわち法整備も追いついていません。
美術大学においては、著作権のことが大きな問題になるでしょう。生成AIは文章や画像を作成するとき、具体的な過去の著作からのコピーペーストは行いません。基本的にはゼロから作成します。ただし、そのベースになるのはこれまでに蓄積された情報(著作物)です。
つまり、生成AIが作成したものは、著作権がどこにあるのかが人々の認識的にも、法律的にもまだ明確にはなっていません。そして、生成AIが作成したものは、作った本人(生成AI)が真似をしたという意識がなく、依頼した本人(人間)も何を参照したのかがわからないという事態が起き、他の誰かの著作に似ていた場合、その判断が難しくなります(ただし最近は、似ていること自体を生成AIに聞くことも行われ始めているようです)。
生成AIにおける著作権に関する世の中の動向は、十分に注視していく必要があります。
また、生成AIに限りませんが、将来または在学中でも、プロの制作者として自分の作品を世の中に出す人は、先に類似の意匠や商標がないかどうか調べる責任が、世に出す側にあるので、そのリサーチは必ず自分で行ってください。
危険な側面を考える
便利な側面や可能性を見出すシーンが多く語られる生成AIですが、危惧されていることも多くあります。生成AIは、ユーザーとの会話をも学習して蓄積します。また、それは他者のデータとしても活用されます。つまり、個人情報や機密情報など、公開されてはいけない情報は絶対に入力してはいけません。一度入力すると、それを消すことはほぼ不可能になります。
また、新しい概念や技術の利用については「自分は悪意がなくとも、知らず知らずに他者を傷つけていた」ということが起きがちです。生成AIは将来的にどのような使い方がされるのか、それがいい使い方なのか悪い使い方なのか、まだ誰も把握、判断できません。自身が使うときに、他者から見て悪意のある利用になっていないか、他者に悪意ある利用をされたときに危険な情報共有にならないか、弱者の抑圧につながらないかなど柔軟な想像力を持って接する必要があります。ヘイトスピーチや差別など、一般社会で有害と考えられている言論は入力しないでください。また、危険物の製造法など、人に危害を与える道具になりうるものの知識を入力することも謹んでください。AI利用を通じて社会的危険を積極的に増大させることのないよう、良識ある利用を守ってください。
大学での利用について
美術大学で学ぶ「美術」や「デザイン」という分野は世の中に新しいものや考え方を提示していくという立場にあります。そして生成AIも新しいものであり、これは上述したように、単純にいい側面と、これから考えなくてはいけない側面があり、これらのことを十分に考慮しながら、この生成AIを活用した新しい美術やデザインを考え、世の中に提案していくことは美術大学としてとても意義があると考えます。すなわち研究・制作対象として、生成AIを扱うことは積極的に行うべきだと考えます。
ただし、レポートや論文などの作成において、生成AIの回答をそのままコピーペーストして提出することは禁止します。これはこれまでの「ウェブ検索をして出てきたWikipediaの内容をコピペした」や「先輩や友人のレポートを丸写しした」と同じことです。ここは大学であり、みなさんは学びを得るために学校に来ています。単純にコピーペーストしたものをそのまま提出するだけでは学びは起きません。
ただし、これは生成AIをレポートや論文作成に一切使ってはいけないという意味ではありません。図書館で調べたり、ウェブ検索エンジンを活用したりなどと同様に学びのきっかけとしての活用は意味があると思います。その場合は引用という形式でレポートや論文に明記してください。
また、生成AIの回答をそのまま「自分の作品(自作)」として提出することも禁止します。これは、前述したような著作権の意識の問題もありますが、なによりも「自分では何も考えずにたまたま手に入った作品を自作として提出する」ことに学びはありません。あくまで「学び」を中心に据えて制作・研究を心がけてください。ただし、生成AIは新しい分野で、研究対象にもなり得ます。だから授業の方針で、例えば「生成AIに作品を作ってもらう」などの課題であれば、これについては上記禁止対象には含まれません。
これまでも、ウェブやSNS、Pinterestなどを有効活用して、作品の発想のヒントを得たり、レポートを書くときの参考資料にしたりして、そこを起点としたいろいろな学びが起きているでしょう。生成AIについてもまずは同じ感覚で接するようにしてください。ただし、生成AIはそれらとは性質が異なるので、だんだんと使い方も変わっていき、今の私たちが考えつかないような利用方法が生まれると思います。ただ、今の段階では、生成AIは、気軽に相談できる物知りの友人ぐらいの気持ちで接して、あくまでも学びとはなにかを自分で考えながら、調べて、考えて、自身の手と頭を使って試作や実験をして、自分の作品やレポートを作るという意識を持って制作・研究活動に励んでください。