新見隆教授のコラム「東京は終わったか?」が日本経済新聞「プロムナード」に掲載

新見隆教授(教養文化・学芸員課程)のコラムが、9月13日(金)付の日本経済新聞(夕刊)「プロムナード」に掲載されました。


日本経済新聞 2024年9月13日(金)「プロムナード」掲載

東京は終わったか?
イギリスの作家サッカレーに『虚栄の市』という小説がある。私の若い頃は必読書だったが、今はどうだろうか。
用があって都心に出、何とかヒルズという地下鉄の駅に降りて、吃驚(きっきょう)。外国の街だ。出口のエスカレーター空間からして、見事にエンターテイメント性に富む。だが、すべては、ハリボテで嘘くさい。偽ものだ。身体に染み込まない。二度とこないだろう。
近くの、古くからある老舗ホテルに行く。昔ながらのロビーは、文化財のようにそれなりに保存してあるが、他は駄目だ。安易なファミリー・レストランの高級版が鎮座する。しつらいも外国人観光客用だ。料理も食べたいものが無い。外資のくだらぬハリボテホテルに対抗する気概はないのか。困ったものだ。
1980代からだろうか、一部の人に人気の都市型ハイ・ブラウ雑誌があった。今も辞めずに、ある。ほとんどファッション企業(外国のハイ・ブランドだ)の広告収入で、やっている。雑誌とはそういうものだ。建築・インテリアに特化し、中年向けや、若年向け、若い女性向け、趣味の良い熟年向けやら、いろいろご丁寧に多展開して、しごく一時期景気が良かった。ただこの都市型情報雑誌群も、よく見ると、経費を節減し情報を効率よく使い回し、新機軸を出すのに苦労している。ある多展開リゾートの御用雑誌かと疑う時さえある。ここも、終わったか。思想が無い。思想が無いものは、雑誌でも何でも成立しない。
結局日本人はリゾートとか、ホテル・ライフとか、都市のライフ・スタイルとか、云々(うんぬん)言っても、元々はなから外国のモノまねだ。結句、いまだに自分の文化をつくれないでいる。挙句、今は円安で、外国人観光客に日本中を席巻されている。その観光客を受け入れようとする多展開リゾートの商法には、自分たちがただ儲(もう)かる図式しか見えないし、人の心を本当に踊らせる面白さは、皆無。うまい言葉で上手に、平たく(何となく)宣伝しているが、ホテル業界の中級ファミレスだ。
10年以上前、銀座を歩いていて、どこもかしこも巨大な新しいビルの工事現場のようで、驚いたことがあった。今も変わらない。それはつまり、「何でも良いから新しいものを巨大なインフラを、無意味にでも起こさないと日本は、もう立ち行かない?」と、皆が、信じているからなのだろうか。誰かにそう、そそのかされているだけなのでは、ないだろうか。
国内線の飛行機に乗ると、羽田を出てから西に行く、そして、帰って来る時には東から入って来る。いずれにも、びっくりするのは変形したたこつぼの群落のようなゴルフ場であろう。バブル期の異物、遺物だ。東京都心の高層ビルも、いずれ、そうなるんだろうナ。ご苦労なコッタ。
真に面白いもの、心躍るものは、少なくとも、今の東京には、ほとんど無くなっていると私は思う。あっても巨大情報網の、裏の裏に隠れている。それでいいのだ。
だが、美大だけは絶対に、そうなってはならない。身体を張って、そう思う。
美術、芸術は少なくとも私にとっては、捨て身で、命がけでやるものだ。何とかヒルズや何とかリゾートと何とか情報雑誌と一緒にしてもらっちゃ絶対に、困るんだヨ。
私は、学生に叫ぶ。世間・俗世に、振り回されるな。自らを徹底して、掘りさげよ、と。


関連記事