新見隆教授(教養文化・学芸員課程)のコラムが、10月25日(金)付の日本経済新聞(夕刊)「プロムナード」に掲載されました。
日本経済新聞 2024年10月25日(金)「プロムナード」掲載
出版社求む!
この紙面が出る日が、ちょうど私の66歳の誕生日になる。
還暦過ぎて、誕生日もへったくれもなかろうに、という揶揄(やゆ)が聞こえてきそうだ。古里尾道の、高台に一人暮らすお袋は、いまだ元気で料理もするし、足は悪いんだが、今年で齢98になった。与謝野晶子と同じ寅(とら)年だ。奇跡と言われているが、ある種、バケモノにも思えてくる。もうこっちも危ないなら競争だ。
周年趣味はまったくない、ある種のニヒリストだが、うちの娘は、祝い事が大好きで、帰って来る度に、クリスマスやら正月やら桃の節句やら端午の節句やら母の日やら父の日やら、なんやかんやでお祝いをしてくれる。そう考えると、我が家は一年中が、クリスマスと誕生日のようで、えらいおめでたい家庭ということになる。ニヒリストだが、望むところである。
ところで、こういう私事を縷々(るる)書き連ねてきて、気が引けるが、今、ちょっと困っていることがあって、ここで、表明させてもらうとする。
「出版社求む!」
コロナ禍4年で本を4冊出した。今書いているのも、来年出る。この5冊目も出版社は決まっている。
だが、6冊目が、待望、悲願のもので、もうすでに原稿も、写真も、イラストも(私は得意)準備万端だ。しかもタイトルは『ウィーンと京都は合わせて食べるとなお美味(うま)い』と決めている。それも食グルメ的観光ガイドに終わらない。美術、音楽、建築、デザイン、文学に、盛りだくさんだ。しかも、しかも、私はこれを、世界でも私と、この人物にしか書けない、ウィーン在住の、久保幸子博士との、共著として目論(もくろ)んでいる始末だ。
久保さんは、東大で亡き、ウィーン都市論の大先駆者、池内紀先生の教え子であり、ウィーン世紀末文学で日本にはほとんど知られていない『輪舞』で有名な、アルトゥル・シュニッツラーや、亡命したユダヤ人作家シュテファン・ツヴァイクなどの専門家である。そればかりではなく、気鋭建築家アントン・クニシュと結婚して、ウィーンの森に豊かに暮らし、音楽の才能抜群の2人の育ち盛りの男の子を育てている。久保さんの息子2人は、彼女の母の大きな影響で、ピアノやらヴァイオリンをものして、しかもオーストリアの名手の集う音楽大会で、一等・二等をとるほどの腕前。将来が頼もしい。
アントンの亡きおっかさんは、僕もよく世話になった、ウィーンの肝っ玉母さんだ。久保さん一家は、おっかさんレシピで、森の菜園でとれる野菜やら、果物を、季節季節で、料理する、ローカル・グルメ一家だ。長兄は、ラーメン狂で出汁(だし)から、麺から手作りするが、得意技は、スイーツときている。
ウィーンは世紀末に日本の美術工芸の精緻・大胆なる美意識をとても熱心に鑑賞し、熱狂して、自らの創造に取り入れ、芸術家を輩出した土地柄だ。「ジャポニズム=日本趣味」。かの、黄金の装飾画家、クリムトでさえ例外ではない。
京都もウィーンも、長く皇帝・貴族・武士・商人・職人が伝統を守って、独自の文化や生活風土を培ってきた。偏屈で意固地、だが外来のものを積極的に取り入れて、自らのものに育てる。意外に似ているのですな。
この本をどうしても出したい私の誕生日特集でした。
日本経済新聞|新見隆 出版社求む! 日本経済新聞|プロムナード(7月5日より、毎週金曜日夕刊にて連載) *日本経済新聞・無料会員は月10記事まで閲覧可能です