新見隆教授(教養文化・学芸員課程)のコラムが、11月8日(金)付の日本経済新聞(夕刊)「プロムナード」に掲載されました。
日本経済新聞 2024年11月8日(金)「プロムナード」掲載
美大を劇場に変える
何度も書いているが、私の専門は造形芸術である。だけど美術よりも音楽の方が好きかもしれない、とも何度か書いた。半世紀、日がな音楽を聴いている。
というより私は、劇場、あの煌(きら)びやかな社交場の雰囲気が、根っから好きなのかもしれない。日本では、まだまだ定着しているとは言い難いが(ミュージアムとて同じ)、やはり着飾って集う、そういう人を見たり(観客も主人公だ)、舞台を見たり音楽を聴いたり、複層的な「五感」の楽しみがそこにはある。ヨーロッパではそれぞれの土地や町の楽団があって、週末の定期公演には、肉屋のおじさんも、郵便局のおっかさんも仕事を早じまいして集う。低料金。その後はカフェやバーで、ああでもないこうでも無いと素人観劇批評を満喫。これが、文化だろう。
たとえば美術館の美術展などでは、専門家対象の内覧会に招待される。美術はアッという間に見ることのできる瞬間芸。だから、好きな酒も飲んでは行かない。原稿書くのと同じで、シラフでいたい。
だがコンサートや、好きなオペラ、演劇や能(歌舞伎はちょっと苦手)や、大好きなダンスは、だいたいは幕間(まくあい)のシャンパンやらウイスキーが半分は目当て。つまらないなら途中退場も辞さない。自前で行くから、てめえの勝手だろうと。
かつて大分県立美術館の立ち上げ館長をやった時、2年目は、ミュージアムを劇場化する、試みをやった。だが、あれだけ文化度の高い土地でも、理解はされなかったようだ。美術は美術、音楽は音楽と、専門家も観客も分化している、日本はそういう点がくだらない。
美術館学芸員として、生涯一キュレーターとして、目指している大きな目標は2人。ひとりは日本の学芸員の元祖、侘(わ)び茶の集大成者、千利休。室町将軍の芸術指南だった、同朋衆(どうぼうしゅう)の末裔(まつえい)というか、その改革者だから当然だ。もうひとり、西洋では20世紀の最も革新的な創造の一つ、総合芸術としての新しい「ロシア・バレエ」を創出した、大プロデューサー、ディアギレフがいる。ピカソやマチスなど画家、ストラヴィンスキーなど音楽家や詩人コクトーなど、新しい才能を抜擢(ばってき)して天才ダンサーたちを育てた。
音楽と並んで、私は身体芸術としてのバレエ、ダンス、舞踊や舞踏に異常なこだわりを持つ。古来西洋では、芸術を司(つかさど)る神はゼウスの息子、太陽神アポロだ。均衡とバランスの美神だ。だが一方に闇の神、舞踊神、ディオニュソスがいる。生命や自然の揺らぎや、動きを司る。ローマになって酒神バッカスとなった。この二神の交わりが芸術を左右する。
戦後1960年代に起こった、非常にユニークなダンスの革命に暗黒舞踏あり。伝説の舞踊神、土方巽がいた。先年亡くなった大野一雄がいた。現在、傑出した舞踊家笠井叡と並んで、現代舞踏の重鎮に、異色の集団「大駱駝艦(だいらくだかん)」を率いる、麿赤児がいる。
明日土曜夕方、我が武蔵美の美術館・図書館では、美術館改装中特別企画「彫刻の威力」(戸田裕介、冨井裕大二人展)の記念イヴェントで「大駱駝艦」のホープ、村松卓也による「開き舞台」が行われる。展観は基本学内企画だが、イヴェントは学外からの参加もオーケーだ。武蔵美油絵出身の舞踊神に、乞うご期待あれ。
日本経済新聞|新見隆 美大を劇場に変える 日本経済新聞|プロムナード(7月5日より、毎週金曜日夕刊にて連載) *日本経済新聞・無料会員は月10記事まで閲覧可能です