新見隆教授のコラム「IKEAになる美術館?」が日本経済新聞「プロムナード」に掲載

新見隆教授(教養文化・学芸員課程)のコラムが、11月29日(金)付の日本経済新聞(夕刊)「プロムナード」に掲載されました。


日本経済新聞 2024年11月29日(金)「プロムナード」掲載

IKEAになる美術館?

授業で時に「ミュージアムはIKEA化するか?」というテーマで話すことがある。コロナ禍前に立川のIKEAにIKEAフリークの娘に連れて行ってもらったことがある。

たしかに良くできている。テーマ設定があって、これから結婚して家庭をつくろうかという世代に向けて、インテリアを中心にライフスタイルのテーマ・パークのように見せているのがミソだ。個別の商品やら倉庫然としたストックヤードがあってメリハリも効いている。デザインの勉強にもなる。よくできた食堂もあり、すこぶる楽しい。

考えるまでもなくミュージアム、美術館とて娯楽の施設、エンターテイメント装置であることに変わりない。ますます今後そうした側面が強くなるだろう。

話は変わって、大学や学校などに校風、あるいは企業にも企業風土や雰囲気、空気感のようなものがある。それを伝統と言い換えても良いが、難しく言うならば、スピリットの体感度、つまりオーラである。私は大分県立美術館(OPAM)を立ち上げた時に、そのオーラのような空気感をどうやって創出するか、そのことばかりを考え、日々執心した。

「美・術・館」なんだからまず、その骨格になるのは、持っている作品・コレクションである。多くは、出身の大家の名品になるのはそれなりに理由あり。それはそれらの仕事が、その土地の風土や空気を吸って、生きてきたからである。だからローカルな風土の匂いがあって、かつそれが傑出して普遍的であれば、グローバルにもなる。その土地が世界の中心になれるからだ。

おこがましく言うならば、それに加えて、私はこの美術館に、新しいスピリットを与えようとした。私にしか出来ないという直感があった。だから、ホールに設置する作品やら、屋上の作品やらを、そして何より展覧会を、大分=グローバルという観点で物語として一つ一つ紡いで行った。

教育普及には野性的天才児、日本の教祖であった畏友、榎本寿紀さんに来て暴れてもらっている。カフェのメニューも、名シェフ梯哲哉さんと考案して、絵まで描いた。そして私はOPAMというオーラがやがて観客とスタッフとともに出きあがっていった、と感じた。

また話は変わるが、私はファッションも専門分野で好きだ。既製品は着ていないし(ズボンだけはGAPのレディースだが)すべて自前だ。自分でデザインして、齢98になる尾道のお袋謹製。たまに畏友須藤玲子さんのテキスタイルだ。

だが私は今の美術館が海外ファッションのハイブランドに殺到するのに眉をひそめる。たしかにシャネルもディオールも、サン・ローランもその人自身はデザイン史に残る、偉大な創造家だ。だが、今日にいたるブランド維持はやはり商業主義に塗(まみ)れた発展と言わざる得ない。

身勝手ながら、こういうそれこそファッションのハイブランドに、人が来るから(確かにそうなった)と手を出したら、その美術館のオーラはやがて、必ず消滅する。だが多くの有名美術館がやる。

ミュージアムはIKEAではない。そこに見えないスピリットを注入して、オーラを提供するのが、真のキュレーターの役割なのだ。


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