植村遥Uemura Haruka

風景ⅠsceneryⅠ

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint181.8 × 227.3cm

風景ⅡsceneryⅡ

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint116.7 × 116.7cm

風景ⅢsceneryⅢ

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint227.3 × 181.8cm

木や石や貝殻など、地味で通り過ぎてしまいそうなものでもよく見ると面白くて複雑な形をしています。
その美しさをそのまま描くことは私はできませんが、それらを尊敬して描いていきたいです。

植村遥

隅々まで丁寧に塗りこまれた画面は豊かで、じっと観ていると、やがて目に見える形や色の間から、新たな色や形が見え始める。
それに伴って、観るものの内にも様々な思いが浮かんでは消えていく。不安を孕んではいるものの、満ち足りたその静寂は、絵を観ることの快楽を与えてくれる。

《風景Ⅱ》の抽象性の高い星の形に比べ、具象性が強まった《風景Ⅰ》の葉や貝の形は、観るものの想像力を限定してしまう恐れがある。《風景Ⅰ》は必ずしも成功しているとはいえないが、作者の正直な感覚に沿った、より明確な形をきっかけにして、目には見えない何かを見せようと試みている。

油絵学科教授 小林孝亘

郷正助Go Tadasuke

ためいきsigh

布、アクリル、ネット、板、紗、顔料、ミクストメディア、レース、コルクボード、テープ、カッティン グシート、柵、木材、フック、油彩、プラスチック、割り箸、木枠、ラッカー、フェルト、バルサ、タオ ル、メッシュ、ティッシュ、ダーツCloth, acrylic board, netting, board, gauge, pigment,mixed media, lace, cork oard, tape, cutting sheet,fencing, wood, hooks, oil paintings, plastic, disposable chopsticks, wooden framesa, lacquer, felt, balsa,towels, mesh, tissue, darts

さよならとか、あきらめから出る溜息も、どうせなら、鮮やかにつこうと思いました。
何かと何かが出会うとき、始めて互いが、光を得ることが出来るような感じで。

郷正助

画布の変わりに木枠に半透明なビニールテープを張り、壁に掛けられた一見抽象絵画を彷彿とさせる作品は、高尚な抽象絵画といった一般的なイメージを破壊させ、絵画とは何かを問うているようにもみえる。しかし、そのようなジェスチャーだけを見れば、1960年代末から1970年代にかけてフランスで起ったシュポール・シュルファースなどの作品と何ら変わらないであろう。
しかし彼の作品をよく見ると、シュポール・シュルファースのように絵画の定義を問うような理知的な表現が試みられているのかと言えば、そうではない。木枠に透過性のあるビニールという表現の有り様だけを考えればダニエル・ドゥズーズの作品を思いおこす事が出来るが、ドゥズーズのような支持体を支える木枠や展示の在りようなど、より細やかな絵画の構造まで彼の作品は言及してはいない。
彼の作品の軽やかさや美しさは「絵画とは何か?」といったアポリアを扱うのではなく、まるで一つの絵の具を選ぶ様にテープという素材を選び、自己の表現と結びつけている点にある。だからこそ彼の作品は、ラディカルであり現代性を持ち得ているのだ。

油絵学科教授 丸山直文

名倉聡美Nagura Satomi

皆様MINASAMA

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint

すべての皆様に、自分と皆様の境界がなくなると、美しい生きもの。
自分と皆様を分かつと、面白い生きものになります。
どちらもずっと、衣食住、生き続けて参りました。
これからは、人や感情、ものがならされ、平らかに成っていくと感じております。平成。
怒らないで、静かにしましょう。

名倉聡美

主にパフォーマティブな立体作品を制作していた名倉は、4年の秋になって突然絵を描き始めた。それも尋常ではない勢いで。次々に出来上がっていく絵にぐるりと囲まれた中でひたすら描き続ける彼女の姿は、さながら巣の中心で本能のままに卵を産み続ける女王蜂のようだった。巣の中の名倉同様、その作品群は誰の目にも一種のトランス状態を思わせる。おびただしいタッチが得体の知れないイメージをつくり出す様は、新しい芽吹きとおぞましい腐敗が際限なく繰り返されているかのようで、観る者をたじろがせる。しかし名倉は何か情念のようなものをこめて絵を描いているのでは決してない。特異な思考によるものとはいえ、彼女はむしろ明確な意志を持って筆触やイメージについて考え、その執拗な作業の集積が結果的にトランス状態を引き起こしてしまっているに過ぎない。
名倉の描く絵は、がんじがらめの制度や形式の中にある「絵画」からは明らかに逸脱している。だが目の前で起こっている、このむき出しのイメージと絵具の洪水を、一体なんと呼んだらいいだろう。いや、絵とは本来こういうものではなかったのか?

油絵学科教授 袴田京太朗

野島良太Nojima Ryota

カーペットcarpet

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint259.0 × 194.0cm

リゾート2resort2

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint194.0 × 162.0cm

リゾート3resort3

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint259.0 × 194.0cm

野宿sleep over

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint227.3 × 181.8cm

絵を描いてると、いろんな寄り道があって、色々思い出して、寄り道し過ぎると、たまに戻れなくなって、たまに戻って、寄り道しないと物足りなくて、結果的に寄り道なんかしてもしなくても良かったりして、そんな事より気にしなきゃいけない事がもっと別にある様な気もして、描いてない時も頭から離れなかったりして、もうなんだか勝手に忙しい。

野島良太

フラットで幾何学的な野島の絵画は、一見抽象絵画のような印象を与える。しかし画面をよくみると思慮深く人や木々、車などが描かれている。それらは決して押し付けがましくはなく、ペールトーンの色面と相まって画面にリズミカルな印象を与えている。彼の作品は日常見慣れた風景を幾何学的に組み立て直すことによって、視線のありように変化を与え、観客の知覚を揺さぶる面白さがあるといえる。

油絵学科教授 丸山直文

長谷川維男Hasegawa Fusao

対者other

ミクストメディア、金属、木、石、ガラス、綿紐Mixed media, metal, wood, stone, glass, cotton string210.0 × 80.0 × 350.0cm

向かい合う二つの機械は対面するように人の姿が描かれていて、間に渡されたロープは、二者間で起こる様々な干渉を現している。

一方の機械で作り出されたエネルギーは、10本のロープを伝わって、もう一方に吊り下げられた鉄パイプを様々な方法で鳴り響かせる。

丸太、石、鉄をぶつける音。鎖でする音。それらの音を止める音……一つの物体が干渉するものの差異によって無限に音を出す。

同じように人間も、周りの刺激に応じて様々に反応する。
その変化は無限のように見える。

しかし面白いのは、物も人間も関係性によって無限に変化するにも関わらず、根底に変わらぬ性質があることだ。
鉄を何で叩いても木のようには鳴らないし、木も鉄のようには鳴らない。人にも変わりえないものがある。

つまり、個は無限性を持ちながら、有限性の中にある。
『対者』との関係性によって様々に湧き起こる、個の一が含む無限。

長谷川維男

壁に人体図が描かれ、部屋の中央には二つの大きな箱がある。片方の木製の箱にはドリルで穴があけられ、なかに付けられた電球によって人体図と同じ形の光が漏れる。もう片方の箱は黒く塗られ、そのなかにはモーターが取り付けてある。モーターが動くとひもが引かれ、最後には木箱の方に付けられた金色のマネキンの足が金属製の大きな筒を蹴り、カーンと澄んだ音を出す。架空の広場で意図的に対比された二つの箱が、機械的に作用と反作用を繰り返す。社会と表現者の関係を、制作者自身が愛する素材感にあふれた材料でアイロニカルに捉えた秀作である。

油絵学科教授 赤塚祐二

宝珠戸祥穂Hojuto Sachiho

一等級の恒星たちが家路につくStar of the first magnitude goes home

板、油絵具Board, oil paint162.0 × 679.0cm

分厚い本の中に、たくさんの物語がある短編小説のように、
絵の物語をたくさん創りたい。

宝珠戸祥穂

パネル7枚に描かれた6メートル以上の長さを持つ巨大な横長作品は、その一枚一枚を切り離しても絵になるよう構成したと、作者は言う。実際、遠くで俯瞰するより、学校の狭い廊下のような所で、歩きながらこの青春?の一日を追ったほうが、臨場感を持って伝わるだろう。それにしても、この荒涼とした風景に覚える親近感はなんなのだろう。学生服の男女は星座の形を基にしたと言うが、言葉から連想するような夢や希望といったものにはほど遠く、どちらかと言えば、青春の蹉跌といったところだろう。しかしながら軽やかに処理された、男女のデフォルメやユニークな行為のせいかフッと笑いたくなるようなアイロニーの濃い作品となっている。

油絵学科教授 水上泰財

宮入文香Miyairi Fumika

Tomoe

パネル、綿布、油絵具、油彩Paneling, cotton, oil paint, oil painting233.4 × 322.6cm

無題no title

パネル、綿布、油絵具、布、木、蝶番Paneling, cotton, oil paint, cloth, wood, hinges35.0 × 30.0cm(開放時:35.6 × 60.0cm)

おわしませりIt was there

綿布、糸、綿、枝、針金Cotton, threads, cotton, branches, wiring30.0 × 47.0 × 25.0cm

相反する感情を同時に抱くときに生まれる空白感や自己嫌悪から脱するための諦観について。

それでも綺麗だと思うものは綺麗で、理想と嫌悪は蟠る。

フラッシュ。

宮入文香

彼女は、「生死観」というものをテーマに、様々な表現で自身の可能性を探ってきた。立体作品である「おわしませり」は、日本固有の生死観というものに対して、ニヒリズム的な視点を加味することによって、現代社会の死の捉え方を可視化させることに成功している。シニカルな視点と死の尊厳を行き来するような不思議な感覚を覚えた。
絵画作品は、生と死の間にある異次元の断層に入り込んでしまったかのような、幻想と静寂感に包まれた森に住まうモノたちを描いている。現実のすぐ隣にある幻想世界の怖ろしさと温もりは、彼女の「生死観」をもって、内的な世界観にリアリティを与えているように感じられた。予感や物語を連想させ、想像力を掻き立てられるような文学的な雰囲気が感じられる佳作である。

油絵学科教授 遠藤彰子

山本裕子Yamamoto Yuko

風と大地の踊りEarth Wind and Dance

木パネル、綿布、白亜地、油絵具、テンペラWooden paneling, cotton, calcium carbonate, oil paint, tempera324.0 × 260.6cm

かじゃかじゃらKaja-Kajara

木パネル、綿布、白亜地、油絵具、テンペラWooden paneling, cotton, calcium carbonate, oil paint, tempera100.0 × 200.0cm

ゲームと宴Game and Banquet

木パネル、綿布、白亜地、油絵具、テンペラWooden paneling, cotton, calcium carbonate, oil paint, tempera162.1 × 97.0cm

目に見えないもの達は渦巻くように私達の周りに存在しています。
その不確かなものを形にして視覚的に捉えられたらと考えています。
風はどこまでも遠くへ行く。
力強い命のエネルギーは風に乗って大地を覆う。
何もかも自由に解放された時、どんな音がして、どんな事がおこるだろうか。
相反するふたつのものが一つになる時、世界は成り立つといったアジアの思想に共感し、着目しています。

山本裕子

当初からアジアの宗教的文物に強い興味を持っていた作者だが、それらの濃密なイメージを画面に取り入れながら、すべての物が渦を巻くように力強く流動している。特に布のつくるダイナミックな動きが画面に大きなうねりと浮遊感を生じさせ見る者の視線を動かす。動きは作者の主題である流転、輪廻といった考えを体現しているが、呪術的な文様で覆われた様々な色の布と自画像だと思われる人間や動物は、厳かに楽しく祝祭の乱舞のように、いつしか天空の原初の光へと還るようだ。輝きを抑制し内に秘めた力を感じさせる豊かな色彩にこそ作者の宗教的感情が表出していると思うが、それが粘り強い描き込みと相まって画面に独特の充実感を生み出している。

油絵学科教授 樺山祐和

山脇紘資Yamawaki Kosuke

いかく

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint170.0 × 170.0cm

インカ人

80.0 × 60.0cm

キス(獣姦)

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint250.0 × 180.0cm

目を付ける(レイプ)

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint250.0 × 180.0cm

猫1

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint160.0 × 130.0cm

ペニス

カンヴァス、油絵具Canvas、oil paint30.0 × 20.0cm

ジェンダーのタブーを絵画的にビジュアル化させる。
人間社会において昔から存在している獣姦、レイプ、近親相姦など、世間一般の価値観からいえば拒絶される傾向が強い行為を絵画という媒体を使いアートとしてビジュアル化させたかった。展示では主に獣姦に焦点を当てた。
今回いくつもモチーフとして使われている動物という存在は人間に対するメタファーとして機能している。つまり人間のある側面をより具体的なイメージで呼び覚ますモチーフとして最適だと考えたのだ。何よりその動物が人間のメタファーとして機能している事に対して、獣姦という直接的行為が実に対比的で哀れで皮肉的であり面白いと思った。
また卒業展示に焦点を当てていくと(今回の展示では全7点のうち3点出品)、犬のそりたった耳と人の中指はペニスの象徴であり、狼は男性の象徴。
シャツに刺繍されたインカ人は歴史的に獣姦を行ってきた種族であり、犬人間や髭の生えた子供は、ギリシャ神話に登場する獣と人との間に生まれたミノタウロスのオマージュである。猫の肖像画は今回の展示において動物が人間のメタファーとして機能している事の象徴だ。
最後に表現する上で重きを置いた事は獣姦、レイプ等のイメージを絵画上で直接的に表現するのではなく屈折させる事だ。そのため絵画上では直接的な暴力性は排除され、そこには色鮮やかなイメージや抽象的なイメージ等が広がる。しかし根底にあるテーマと表現したビジュアルから生まれる“ズレ”こそ今回のテーマの最大の見せ場であり、第三者に問いかける要因になりうるものであると考えている。そこに“世間では排除されている価値観をアートとして転換して表現したかった”という私の動機や想いが込められている。

山脇紘資

今までの山脇くんの絵画は、写真をもとにしたその像の写実的再現が主であった。しかし最近の展開では、それに加えて絵画としてのおもしろさや遊びも同時にやれるようになり、ひとつの流れの中に不意なものを放り込み異和感をもちながら絵の豊かさをつくれるようになってきたように思う。あらかじめ決まったものだけではなく、その画面で起こる出来事を受け止めながら絵をつくっているのがいい。

油絵学科教授 長沢秀之