小黒アリサOguro Arisa

球獣―兎夢―Ball beast -Tom-

Camphor treeH770 × W1600 × D650mm

見ザル、言わザル、聞かザルのような、3匹は、同じ兎夢なのに異なった兎夢。
日本文化を意識して制作しております。

小黒アリサ

小黒の作品「球獣」はそのタイトルどおり、球体に近いフォルムを持った小動物を誇張し変形させた動物彫刻である。個として在る場合もあれば、複数が連なり存在している。ユニークなのはその連なり方である。形の自由度の高い尻尾と不確定な毛並みが、意志を持った筋肉組織のように隆起しねじれながら個々を繋げる。この手法により、丸太の一木という限定された素材の中に、小悪魔的なモンスターが出現する。そして囁く「もっと仲間を!」と。

彫刻学科教授 三沢厚彦

関真奈美Seki Manami

他人の話を聞くようにして考えてみるきかい/運び屋An opportunity / system to consider it as hear other ’s talk / Carrier

インスタレーション、映像|バナナ、バナナ掛け、クリップ、デスクランプ、送風機、計量器、陶磁器、人形、メトロノーム、タッパー、ビニール袋、虫取り網、水切りカゴ、Tシャツ、ハンガー、カレンダー、発泡スチロール、真鍮、アルミ、DVD、テレビ、紙、机、スクリーン、単管、パイプ、コンクリートブロック、製材木Installation art, Video|banana, banana hanger, clip, desk light, fan, measuring tool, ceramic, doll, metronome, tupperware, plastic bag, butterfly net, strainer, T- shirt, hanger, calendar, styrofoam, brass, aluminum, DVD, television, paper, desk, screen, single pipe, concrete block, lumber3min41sec × 3、 23min32sec × 1

「近年関心を持っていたのはすぐ隣にいる誰かさん、または友人、ネッ転がっている犬猫などの、挙動から心理的なものを手に取れるかどうかだったと思います。それがだんだんと、誰かと話せるようにもなり、それによって距離を近づける事は出来たのですが、言葉というものが大きく現れてきました。」

自分の体験した話はいったん文章になり、その言葉に従って物を運んでくる。 何か具体的(になってしまった、)物物の中にいる。

関真奈美

言葉、オブジェ、画像は、互いに代理する集合の階層をなし、一連の時系列を形成するが、その順列は崩されて諸々の視覚的記憶の寄せ集めとして収束する。そこでは、時間的なものの攪乱という至上の虚構(パフォーマンス)を現前させることなく、始源にあったものと互換可能な記憶の擬態を作品として提示している。脈絡を剥奪した「他人の話」の言葉をランダムに細部まで切り刻む映像では、異なる単語、複数の文の産出を試み、意味と言葉の生成すなわち反記憶という時間論的テーマが原理的に提示されている。

彫刻学科教授 黒川弘毅

チェスノクChoi Soonok

oblivion

セラミック、釉薬Ceramic, glazeH780 × W350 × D730mm

round

テラコッタ、アクリル絵具Terra-cotta, acrylic paintH570 × W580 × D850mm

私の作品技法は粘土を彫るのではなく、最初から最後まで巻き上げる"ひも作り"方法で作り出した。
この技法を選んだ理由は粘土が崩れないように、自身の感覚と公式をだんだん積み上げるのが楽しいからである。
私の作品は動物や人間が一緒に存在している今の視点から、人間の優越感で他の生物たちの神格化を口実に蔑視と虐待をしているようだ。
人間たちが優越感を持てるが、人間も忘却を持てる動物に過ぎない。
丸の意味は回るのイメージとして繰り返しと連続が一緒に共存することだ。

一言
(人間が優越して幸せだと言うことはできない。いつか私たちは、他の生命体に助けを受ける日が来るだろう)

チェスノク

セラミックで制作された女性の座像は、洋式トイレの形式を抱えている。この作品の特徴は、像の表面が縄文式土器ともメカニカルなロボットともとれる装飾によって覆われていることと、トイレの底が塞がれており排出物が流れ去らない構造になっていることである。トイレを女性のジェンダー的象徴として表す例は他にもあるが、排出物を水に流してくれる便利なトイレではなく、溜め込み溢れ出させる危険な存在としてある。そこには便利に使用されることを拒否する意思が感じられる。
東南アジアの土産物のような象の置物も女性像と同じように人工的装飾表面に縛られ、台座から降りることは許されていない。この二点の作品は、アジアの置かれた状況を語っているとも言える。

彫刻学科教授 戸谷成雄

迎星二Mukae Seiji

Float

アルミニウムAluminiumH1200 × W3800 × D80mm

自立したそれは漂うような形を成す。そして静止した純粋な空間を構築し、 その中で静かに佇んでいる。

迎星二

彫刻は見飽きてしまってからその本領を発揮する。作者はアルミニウムを素材として有機的で時に攻撃的な形体を制作してきた。それをかたちにするアイディアとして例えば視覚的なバランスと物理的なバランスのズレがあった。しかしそのようなアイディアは伝わってしまえばその賞味期限は短いだろう。だがアルミニウムという素材はそれほど従順ではなく、溶接して繋ぎ、削り出す制作は見かけの流麗さとは裏腹だ。しかしこの不自由さは、単に形をつくることを突き抜けて素材を生命感のある血の通ったものにするまなざしを獲得したのだろうか。それはこの作品は当初の意図を超え、削り出されたアルミニウムという物質の中の魔力を引き出した。

彫刻学科教授 伊藤誠