新見隆教授のコラム「一人勝ちを許すな」が日本経済新聞「プロムナード」に掲載

新見隆教授(教養文化・学芸員課程)のコラムが、10月11日(金)付の日本経済新聞(夕刊)「プロムナード」に掲載されました。


日本経済新聞 2024年10月11日(金)「プロムナード」掲載

一人勝ちを許すな
学芸員の使命は、やはりまず一つ、若い優れた才能を見つけて世に送り出すこと。二つ、今の時代をよくよく見て、それに迎合するのでなく逆に批判的に働きかけること。そして三つ目が平等や機会均等の精神を持つことだろう。
この機会均等には、いささか説明が要る。基本的に芸術や文化には、政治で言われるような類の人間の平等や、権利の機会均等というのはそぐわない部分もある。チャンスや権利は誰にでも開かれるだろうが、スポーツを考えてみれば、やはり才能や実力の世界である。弱肉強食と言えばいいのか、才能や能力のある芸術家が認められ、世間に注目され仕事が増えてゆく。それも自然の道理だろう。
ある関西で活躍する有名建築家には、100年経ってもとうていこなせないほど、仕事が山積みで待っている、と噂で聞く。この人には「連戦連敗」という本もある。若くて無名の時は、それは苦労したという。
そして水玉模様で人気の高い現代美術の巨匠は、全国各地でそれどころか、世界中で大規模個展がひっきりなしに繰り広げられている。このお二人、私も偉大な才能と、心から敬服する。とりわけ、若い頃の仕事には、密度、集中力に端倪(たんげい)すべからざるものがある。だがやはりどんな才能も仕事や依頼がひっきりなしだと、翳(かげ)りは見えるものだ。それより問題はこの偉大な二人にあるのではなく、仕事を頼む側、つまり、私どもの方にある。
例えば、電車や駅の広告に、いつでも何の宣伝にでも、出てくる有名女優がいる。それは、その広告を頼む会社の社長や重役が、この女優だと間違いないと思い、そういう安全パイで、その女優を推すのだろうと、勝手に想像する。だから、他の女優にはなかなか、仕事が回ってこない。
その巨匠建築家の少し下の世代に数多い、才能も実力もある、立派な建築家が、たくさんいるのを私は知っている。その水玉模様の有名人気作家の下にも膨大な才能や実力が待っているのに、なかなか光が当らないのも、私は知っている。もう、そろそろ次の才能に、予算や機会を注ぎ込むべきだと思っても、なかなかそうはならない。政治でも企業でも同断だろう。
ミュージアムでいうと、相変わらず国立美術館や都の美術館はピカソとか、マチスとかビッグネームをやりたがる。それで集客して自慢顔なのはいただけない。むろん、日本に限ったことでない。ニューヨークでもパリでもほとんど同じ、人間の俗習とも言える。だが、今さら外国が良いなどと戯言は言いたくないが、めったに人が手を出さない難しい作家や、珍しい美術をちゃんと何年もかけて準備して、打ってくる、そういう気骨がとりわけヨーロッパの美術館にはある。
だから、学生たちには授業で口を酸っぱくして言う。「既に名前の通った有名ブランドに、決して、決して、すり寄るな。そうすれば、あなたは、学芸員、真の黒子としては、もう失格である」と。
かつて私は先輩方にこう教えられた。「同世代をサポートし、同世代を守るのが、学芸員の使命だ」。
気概を持つことだ。反骨精神も、大事だ。判官贔屓(ほうがんびいき)、望むところだ。世間がそう来るなら、俺は、そっちには行かないサ。そういう気骨が、今の日本の文化には、絶対に必要なのだ、と思う。


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