新見隆教授(教養文化・学芸員課程)のコラムが、12月27日(金)付の日本経済新聞(夕刊)「プロムナード」に掲載されました。
日本経済新聞 2024年12月27日(金)「プロムナード」掲載
クリスマスが終わって
これで連載の最後かなどと、私はセンチメンタルにはならない質(たち)。担当記者で勝負師のM君とも、今後も付き合いは続くだろうし。私の駄文を読んで付き合ってくれた読者に感謝し、再会を期したい。
クリスマスは終わって巷(ちまた)の乱痴気(らんちき)騒ぎがおさまり、静かな聖夜を迎えられる。良い気分だ。高校3年の復活祭に、受洗した。大学1年の春、最初のコンパで隣に座ったお女将(かみ)(妻)は、子供たちと遊んだりキャンプに連れて行ったり、ボーイスカウトみたいな日曜学校をやっていた同級生。信者としては彼女の方が、はるかに真面目か。結婚も子供たちの洗礼も、四谷の聖イグナチオ教会でやった。
「えー、お前カトリック?見えんなあ」と呆(あき)れられ、「まあ、悪党には神さんが必要なんでな」と嘯(うそぶ)いてごまかす。
コロナ禍前から、遊びでSNSを始めた。FacebookやXは騒々しくて性に合わない。インスタグラムが、やりっ放しで放っておいてくれるから続けている。初めはふざけていたが、だんだん真面目にやり始めた。欧文表記など、結構脳トレにもなるし、日記代わりというか、原稿を書く下書きメモにもする。雑感集だ。何でも「思想のないものは成らない」という学芸員魂もある。ミッション・スピリットは、陶芸の彫刻をやって詩も頑張っている娘の宣伝・プロモーションと、日がな一日台所に立っている料理好きのお女将を、料理研究家としてデビューさせること。
食べ物の写真ばかりなので、グルメ日記と勘違いされそうだが、残念なことに外で高級な美味を食べ歩く金も暇も無い。もっぱら我が家の晩飯だ。食い道楽道の先達は上崎昌明という、中学・高校からの寮生活を共にした同級生。アパートに大学時代も転がり込んだ。深酒の深夜、奴が作ってくれた桃屋の搾菜(ザーサイ)を刻んで、鰹(かつお)節をまぶしたお茶漬けが、いまだ人生最高の茶漬けである。
私は故あって頑迷な一日一食主義。しかも一番の好物は弁当と来ている。これにも理由があって、我々寮生は通学生の豪勢・華麗な弁当を横目に見ながら、購買部のパンを齧(かじ)って青春時代を過ごした。弁当は日本の美食の最大豪華、運動会や遠足、海水浴の思い出が甦(よみがえ)る、永遠の宝物である。小さく世界を一望に収める、日本のミニチュアな美意識が詰め込まれている。
母親の愛情食から離れた飢餓男子寮生活を、中学1年から大学4年まで計11年も過ごしたので、その救済手段でもあった缶詰、インスタントラーメンの郷愁からも、抜け出られない。今でもお女将手作りの、豪華おばんざいを平らげた後で、袋もののラーメンやら、ノザキのコンビーフを駆使した「コン玉」を所望することしきり。
お女将は山口県は萩(はぎ)の出身で、高邁(こうまい)・温厚な医師の岳父、優しい義母に玉のように育てられた。洋裁で私を育てた齢98の元気なお袋は、無類の料理の達人(今も自製の栗蒸しようかんなど、送ってくる)。達人に習った彼女は、巻き寿司(ずし)、チラシ寿司、鯵(あじ)寿司、鯖(さば)寿司、ラッキョウ、梅干し、梅酒、など、何でも自家製。むろん出汁(だし)もとるし洋食に至っては食べたことのない料理も、私の説明でだいたいはモノにする。
まあ自慢はこれぐらいにして、次は料理評論かインスタグラムで、またお会いしましょう。良い年をどうか、読者皆さん。
日本経済新聞|新見隆 クリスマスが終わって 日本経済新聞|プロムナード(7月5日より、毎週金曜日夕刊にて連載) *日本経済新聞・無料会員は月10記事まで閲覧可能です