武蔵野美術大学100周年に向けた美術・デザイン史検証のためのウェブマガジン「MAU2029」2月号では、4本の記事が公開されました。ぜひご覧ください。
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「鷹の台キャンパスと芦原義信建築」前編
「鷹の台キャンパスと芦原義信建築」後編
1962年、小平市に産声をあげたムサビ。周辺には畑が広がり、しばらくのあいだ校舎はバラックでした。しかしその当初から、芦原義信先生によってキャンパス計画は着々と進められました。
本学建築学科の形成とキャンパス計画について、かつての授業「むさびを知る」より鈴木明先生の名調子を再現します。
「帝国美術を読む」(5)原弘「ポスタアとその環境」時代は遡ること1935年9月。ついに帝国美術学校は分裂し、ムサビとタマビが袂を分かちます。
冬休みの帰省の際に持ち帰れるようにと、毎年12月に発行されていた『学友会誌』は、翌年3月に発行を延期されました。
その第5号に原弘が登場したことを頼もしく思った学生が、実は多かったのではないかと推察できます。多摩帝国美術学校の校長に、杉浦非水が就任したのですから。
「いつもとなりにいるから―ムサビとコリアン美術家のかかわり」いつもとなりいるからこそ、もっと時間をかけて対話をしないことには、その距離は決して縮まらない。
それを痛切に感じさせる展覧会「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」が、2026年3月22日まで横浜美術館で開催されています。
今回は、この展覧会を企画した日比野民蓉さんに、5章仕立ての展覧会のダイジェスト版の書き下ろしをお願いしました。
2029年、武蔵野美術大学(ムサビ)は創立100周年を迎えます。
このウェブマガジンは、さまざまなインタビューや対談、埋もれた大学史史料の発掘、アーカイブ資料の公開といったコンテンツを掲載していきます。そして記事と記事をつなぐキーワードを探りながら、さらに新たな記事を編集していきます。
「ムサビをつくってきた人」(教職員)と「ムサビがつくった人」(学生・院生、卒業生)が、100年にわたる美術、デザイン、学術研究にどのような貢献をしてきたかを考えるための、みんなのプラットホームです。
ウェブマガジン「MAU2029」
