荒井美波Arai Minami

行為の軌跡 —活字の裏の世界—Trace of Writing — Before the World of Printed —

カンヴァス、針金、ヌメ革、アクリルCanvas, wire, leather, acrylic materialH384 × W331mm × 7点 H353 × W444mm × 2点 H429 × W521mm × 1点

活字になる前の本のインディーズである文豪の直筆原稿は、書く行為の軌跡である直筆によって人間性や身体性を感じ取る事ができます。立体によって臨書する事で線の前後間の関係から文字の書き順や、筆者の息づかいをも感じられ、筆者が本文を書いた後にルビを振り、編集者が活字の号数指定などを書き込むといった時間の過程があるように、活字本が平面なのに対して直筆原稿の中には数多くの文字の層があり、空間が存在するのです。

荒井美波

直筆原稿の臨書という行為を通して作家の精神性を読み解こうと試みた作品である。直筆原稿の文字が醸し出す微妙な空間感を目と手の感触をたよりに、針金を曲げながら作家の書く行為の軌跡をたどっている。荒井さんが針金に込めた思いは間違いなくそれぞれの作家の内面を描き出そうとしたものに他ならないが、針金によって浮かび上がらせた精緻な文字の群れは同時に荒井さんの息づかいとなって起ち上がっている。デザインにおける伝達と自己表現の微妙な関係を、針金という不自由な材料を用いることによって乗り越え、作品を自立させている。作ることへの拘りが生んだ魅力的な作品だ。

視覚伝達デザイン学科教授 新島実

宇野由希子Uno Yukiko

呼吸を綴る —仮名書体行成—Composing breath — Yukinari, the Hiragana typeface —

デジタルコンテンツ、本|紙、布Digital contents, book|paper, clothH200 × W120mm

古筆の文字には一文字一文字に丁寧に向き合う、書き手の真摯な姿勢が感じられます。そうした姿勢を古筆に学び、現代のデジタル上の組版に生かしたいと考え、藤原行成の書風「行成様」を研究し、文字の繋がりを自由にコントロールできる仮名書体を制作しました。書体「行成」は書き手に選択肢を与えることで一文字一文字への細やかな心配りを要求します。
書き手の息づかいをも伝えるような、繊細であたたかな組版の提案です。

宇野由希子

宇野さんは「書を組む」ということをテーマにしている。そして、その「組み」を一般の人でも体験できるように、そのしくみを研究し、そこから「アルゴリズム」を紡ぎだし、パソコンのアプリケーションとして再現した。出来上がったアプリケーションは見た目は単純だが、これはいわゆるワープロではない。書の「非再現性」という特徴と、コンピュータの「再現性」という特徴の間にどのような可能性があるのかを試みた新規分野としての作品である。フォントや文字組みという熟成された分野で新しい試みを行っている彼女の今後にさらに期待したい。

視覚伝達デザイン学科准教授 古堅真彦

岡美里Oka Misato

A Man with Shadow

アニメーションAnimation3min50sec

視覚による錯覚により、実際にはそこに存在しない形が、あたかも存在するように見えること。そんな不思議な感覚を経験したことがあるでしょうか。私の作品の世界には人と影だけしか登場しません。しかし、人の動き方や影の形の変化により、そこに存在しない形が見えてきます。そして影自身が独立し形が変わった時、静止している時にはなんの形か認識できなかった図形が、動いてみることで形を認識することが出来ます。そのような錯視を使用したアニメーションを制作しました。

岡美里

このアニメーションには白い男の輪郭と黒い影しか出て来ない。男をとりまく環境は、輪郭線の現れ方と影の形、そしてその動きや音でのみ表現されている。その限られた要素を巧みに使い、人間の視覚の特性を上手く利用して、男と影との奇妙なやりとりが不思議な空間の中で展開されていく。シンプルな画面ながら、折り紙の「だまし舟」のようにイメージが移り変わり、見る者の想像力を刺激しつつ楽しませるユニークな作品となった

視覚伝達デザイン学科教授 西本企良

黒川萌Kurokawa Moe

遊糸Yu-shi (Gossamer)

石粉粘土、油絵具、紙、布、他Clay with stone powder, oil paint, paper, cloth, other

移り変わる表情・感情がひとつの人間らしさなのではないかと考え、角度や光によって見える表情が変わる人形を作りました。動かないはずの物に動きを与えることによって、一瞬でも意志がある存在に感じられるようにという思いがあります。タイトルの「遊糸」とは、晩秋や早春の頃、空中に蜘蛛の糸が浮遊する現象のことで、あるかなきかのものに例えられるそうです。少女と女性の狭間の、複雑で曖昧で不安定な感情のイメージをこのタイトルにこめました。

黒川萌

何故に彼女がこれらの人形を作ろうとしたのか、率直に言って私には分からない。時には当の本人ですら精確に言葉化できない「何か」だってあるものだ。ただ、今でなくては作れない繊細な何かを彼女が作ろうとしている事は、理解できたし、私はそれを見守って来た。
彼女の作り出す人形は美しい。しかし、それは人形そのものというよりも、光と状況によって千変万化するその表情にある。私たちはそこに悲哀、郷愁、憧憬、無垢、歓喜、悲嘆、慎み、驚きなどの微細な感情を読んでしまう。そこにあるのは既に単なるモノではない。しかし「生きている」とも異なる。物と生命の「あわい」にある、(多分それ故に)これらのイメージのなんと雄弁なことだろう。

視覚伝達デザイン学科教授 寺山祐策

田澤咲紀Tazawa Saki

格差社会のLilliputianLilliputians in the Stratified Society

メディアアート|パソコン、プロジェクター、ArduinoMedia art|personal computer, projector, ArduinoH1700 × W860 × D2000mm

テーマは映像表現におけるリピート手法とインタラクティブ性を掛け合わせた表現と可能性。ユーザーはひたすら登り続ける黒すけを、叩いて落としたり、檻の中に閉じ込めてしまったりすることが出来ます。
単調な繰り返し。そこにユーザーが加わる。そのことが黒すけたちに命を吹き込みます。私たちの世界とほんの少しだけ似ている黒すけたちの世界。彼らのたくましさで、少しでも元気を与えることが出来たなら幸いです。

田澤咲紀

この作品は小人のキャラクターとして独立したオブジェクトの中に、多数の動きもユニット化して用意しておき、センサーの反応に応じて切り替えている。それによって群れとして上昇し続ける小人達がユーザーの行為によって翻弄されるインタラクティブな作品となった。閉じられた2次元空間と、異次元への穴としての箱の組み合わせも効果的で、コンピュータを介在させたミニマルなアニメーションの面白さをうまく引き出している。

視覚伝達デザイン学科教授 西本企良

早川知子Hayakawa Tomoko

編む ―天使のタイポグラフィをたどって―Weaving - Tracing the Angel’s Typography -

模型|ひもModel|stringH297 × W210 × D30mm × 12点

リバーサルフィルムReversal filmH50 × W50 × 39点

映像Video4min

「編む」という行為をひも解くため、組ひも模様の装飾が特徴的な8世紀スコットランドの聖書写本『ケルズの書』のイニシャルをひもで立体再現しました。再現の過程はコマ撮り写真で記録し、ひもが形→文字→物語を編んでいくという流れを映像として編集しています。 編むという行為の基本は「関係をつくる」ということです。ひもと空間の関係が形をつくり、形と形の関係が意味をつくり、意味と意味との関係が物語をつくる。それを私は、編むという行為を通して私の手から教わったと思います。

早川知子

1本の紐が折れ曲がり交差し、文字ができるところから彼女の作品は始まる。その文字が集まって言葉が編まれる。それはラテン語で「最初にことばがあった( IN PRINCIPIO ERAT VERBUM)」と記されている。次にその13種の文字からランダムに無数とも思われる言葉が溢れ出す。アナグラムの世界。そしてそれらは再び1本の紐に、そして無に戻る。
「編集」が彼女のテーマであった。様々なリサーチと試作の後、彼女が導き出したキーコンセプトは「編むと解(ほど)く」であった。彼女は1本の紐の変化のみで、文字とは何か、ことばとは何か、編む( text )とは何かについて鮮烈に描ききっている。
ちなみに彼女がリサーチの過程で参照した「ケルズの書」は天使によって書かれた書物と言われている。

視覚伝達デザイン学科教授 寺山祐策

廣澤梓Hirosawa Azusa

古活字仮名の形態研究Study the typeface of kana old type

BookH210 × W210mm H297 × W210mm

パネルPanelH1030 × W1456mm H1030 × W728mm

仮名文字の美しさは本木昌造がいわゆる築地体のために、文字を正方形に収めたことがはじまりであるというのが定説になっています。しかし、形が洗練される前の素地がそれ以前の時代にあったのではないか。現時点で手に入る、活字が自立している古活字版資料を50冊選び、文字の形をトレースして正方形に再配置し、並べることで、変化を観察しました。また、それらの文字を今日的視点から修正、標準化したかな書体を制作しました。

廣澤梓

彼女のかな文字研究・制作の特筆すべき点は以下の3点である。
1: 16 世紀末から19世紀にかけて作られた木活字のかなをこれだけの数収集、アウトライン化し、一定の基準で比較検討した事例がこれまでにないこと。
2: そ の基準においてあえて明治以降の金属活字の正方形グリッドの適用を試みたこと。
3: そ れらから美しくバランスの良い形を抽出し、独自のかなフォントを制作したこと。
これらから何が導き出されたか。詳細は省くが、特に正方形に再配置することで江戸初期に作られた木活字のかなと明治以降に作られたかなとが、従来言われて来たことと異なり、骨格として極めて親近性があるという実証的な発見である。これは今後の日本語のタイポグラフィ研究にとって重要なことであり、学部生としては大変高度な仮説推論に基づいた研究制作である。

視覚伝達デザイン学科教授 寺山祐策

本多育実Honda Ikumi

褚遂良仮名 ―石刻における文字表現―Chu Suiliang Kana - Stone cutting

石、紙、石彫、拓本、軸装Stone, paper, stone carving, ink impression, mounting for a scrollH350 × W350 × D40mm × 8点 H1000 × W400mm × 8点 H327 × W236mm × 1点 H270 × W140mm × 1点

私は中国書作品に合う仮名のデザインを制作のテーマとした。題材は褚遂良の楷書千字文という石刻作品である。文字は長い歴史の中でその姿を様々に変化させてきた。骨、石、紙、文字を記すための素材は字形や線質に影響を与える。また、書家の筆、彫刻家の鑿、拓本という流れの中でも何かしらの変化があるだろう。そのため、書きぶりをまねるだけでなく同じ媒体で表現してこそ意味があると思い、制作した仮名を石に刻すことを試みた。

本多育実

本多さんは個人的に私淑する、中国唐代の書家、褚遂良(596-658)の楷書に合う仮名書体のデザインを試みた。筆によって書かれた文字には必然的に字形にノイズが生じるが、本多さんの仮名はこのノイズを強調することによって、褚遂良の文字との融合を計っている。この方法は仮名デザインの新しい方向性を示唆しており興味深い。そして制作された仮名はフォント化には向かわず石に彫り戻し、拓本をとって軸装しその仕上がりの良さを見せてくれている。また文字を書くだけでなく、文字を作り、刻し、刷り、束ねるといった一連の文字とのやり取りを、「石刻における文字表現」と題した書物にまとめている。柔らかな表情を持った美しい書物である。

視覚伝達デザイン学科教授 新島実

村田智Murata Satoshi

里山の連環Cycle of Satoyama

ポスター、本|紙、インクPoster, book|paperH1456 × W1030mm × 5点 H297 × W189mm × 1点

人工的なエネルギーを必要とせず、自然と人間とが協調しながら生活が営まれる環境を里山と呼びます。人間は里山から得られる天然の資源を利用し、里山は人間の手入れによってその生物多様性と豊かな風景を維持しています。
里山の合理的な循環構造や動植物相互の持続的関係性、また、そこで暮らす人々の日常の記録は、これからの時代に必要な考え方を導いてくれると考えました。3年間のフィールドワークで見えてきた里山の輪郭やその組成を視覚化し、各専門分野に蓄積された里山の姿を総合的に編集しました。

村田智

自然の再生力と人の手の入れ方のみで持続可能な生活環境を保っている里山の、再生のメカニズムとそこで日々繰り返される生活をダイアグラム化した作品である。デザイン対象に対する理解度と表現の深化は比例するが、里山での体験をプラスすることによって、村田くんはその関係を格段に深化させた。この優れて説得力と表現力を有するダイアグラムデザインからは、一見すると知的な制作プロセスのみを想像するが、与えられた資料の理解という受け身の態度だけでは、ここまでの表現密度を得ることはまず出来ない。日常的な制作プロセスからは生まれ得ない秀作となっている。

視覚伝達デザイン学科教授 新島実