創造の径(みち)をこころざして行くのは、道路が整備された街からしだいに山野へと分け入って、道なき道をさがし開きながらたゆまずに世界を発見していくことに似ている。トレイルとは、探したずねて往く径ー。ラテン語の語源には、船を浜に「ひきずった跡」の意味があった。それが大陸では、荒野や山中を歩いた人びとによって踏みならされてできた小道やルートをさすようになったという・・・。
分身をともなって双子になった子供たちのポートレートや鏡合わせになった日常の事物ー。双子性へのオブセッションと探求は、一卵性双生児という作家自身の身上にもとづいている。「一人でありながらふたりでもあること」の意識は、たえず「自己と他者」という命題と謎を与えてきた。その〈鏡の国〉は、見る者を個と他が交錯する出口のない迷宮へと誘う。
鷹見明彦(美術評論家)
創造の径(みち)をこころざして行くのは、道路が整備された街からしだいに山野へと分け入って、道なき道をさがし開きながらたゆまずに世界を発見していくことに似ている。トレイルとは、探したずねて往く径ー。ラテン語の語源には、船を浜に「ひきずった跡」の意味があった。それが大陸では、荒野や山中を歩いた人びとによって踏みならされてできた小道やルートをさすようになったという・・・。
分身をともなって双子になった子供たちのポートレートや鏡合わせになった日常の事物ー。双子性へのオブセッションと探求は、一卵性双生児という作家自身の身上にもとづいている。「一人でありながらふたりでもあること」の意識は、たえず「自己と他者」という命題と謎を与えてきた。その〈鏡の国〉は、見る者を個と他が交錯する出口のない迷宮へと誘う。
鷹見明彦(美術評論家)