長谷川翔

造形学部油絵学科 2009年3月卒業ハンブルク美術大学彫刻科修士課程2011年10月入学

写真:ハンブルグ留学記

現在わたしは80周年記念海外留学研究奨励奨学金の助力を得て、ドイツのハンブルク美術大学の彫刻科にて修士課程に取り組んでいます。今入学してからちょうど1年経ち、3ゼメスター目を迎えています。

私が初めてドイツに来たのは学部3年時、カッセルで開かれる現代美術の国際展を訪れた時です。その年はヨーロッパで複数の大規模な国際展の開催が重なっており、半ば友人に誘われる形でそれらに出向き、道中もひたすら展示・美術館をまわるような旅行をしました。連日朝から晩まで大量の美術作品を見る経験は初めてで、ある意味強烈でしたし、同時にその鑑賞の中で自分の語学の程度の低さが障壁となって理解できないことにつまらなさを感じていました。
その時の苦くも新鮮な記憶が強く残っていたのでしょうか。卒業後、進学を考えるようになったのち、自分の興味と現実的な選択の可能性を考慮する中で、ハンブルク美術大学を受験すること、ドイツの環境の中で制作を試みることを選択していました。しかし、それまで全くと言っていいほどドイツ語に触れてきていなかったため、日本での語学習得はあきらめ資金作りに専念し、渡独した後1年間ベルリンで語学学校に通い語学勉強をし、1年後の入学試験を受験するという形をとりました。時間はかかってしまいましたが、ベルリンの美術大学で聴講生などをしながら制作は継続することができましたし、ハンブルクを含む幾つかの美術大学に実際に赴いて自分の想像との差を確かめることなどもでき余裕を持って準備にあたることができました。

この大学の特徴を挙げるとしたら、まず学科の枠組みが実質的にはないような状態に学生たちがおかれていると言うことです。
大学にはKunst(美術芸術)の各分野の専門家・作家が教授として来校しており(中には国際的に名前の知れた作家も)、クラスはこの教授単位で構成されています。クラスへの参加は教授の承諾をもって認められます。つまり、承諾さえ得られればですが、どの分野のどのクラスでも学ぶことが可能です。すべては学生自身が何をしたいかによるのです。また持ちクラスは1つに限定されているわけではないので、複数のクラスを掛け持つ学生も沢山います。教授ごとのクラスの構成はドイツでは一般的ですが、ここは特にその自由度が高いという印象があります。
また2つ目の特徴として、Werkstattと呼ばれる各素材・メディウム別に特化した技術工房の充実が挙げられると思います。木工、金属、樹脂、陶磁、電気、写真、フィルム、テキスタイル、印刷、ミクストなどなど、すべての工房はすべての学生に開かれており、各工房にはその素材・メディウムに精通したエキスパートが常にいて個人のプロジェクトに対して相談、アドバイス、指導を丁寧に行ってもらえます。これもドイツの美大では大抵備わっていますが、ここでは他大学と比較してもかなり高いレベルの専門性と設備が整っているということです。私も頻繁に利用していて、様々な素材・材料の入手調達に関してもいつもお世話になっています。

大学はハンブルク市内、中央駅から地下鉄で10分もかからないところありますが、すぐそばには川が流れハウスボートが並び、少し行けば大きな湖がありと、とても落ち着いた環境にあります。昨年の冬はその湖が完全に凍り、湖上でスケートを楽しむこともできました。そんな楽しみもあるので、天候にはあまり恵まれないところではありますが私はとても気に入っています。

この写真は今年の6月に前述の川の水を利用した作品を制作したときのものです。これは学内にある展示スペースの企画の一環として行われました。(*1)
この展示スペースは10人程の有志の学生たちが主体でそこに1人の教授が関わる形で運営されており、毎週1人、学生か外部の作家(稀にグループ)を招待し、その作家が展示を行うとともに、自作に関するプレゼンテーション(対話型のトークイベント形式)を行うという企画を継続して行っています。言うまでもなくこのトークイベントは私にとって語学面でハードルが高く、逃げ出したいくらいでしたが、相手役を務めてくれた友人の見事な話の組み立てに助けられてどうにかやりきることができました。クラス内でのプレゼンテーションとはまた異なる"言葉に対する準備"を意識化し、練習台を与えるという点でこのスペースの活動は学内に存在するひとつの明確な意義を持っていますし、また高い意識のもと運営されていてとても魅力的です。正直、彼らの展示の設営から解体まで一貫した手厚いサポートには驚かされました。

現在私は2つのクラスに参加しており、それぞれ週1回、2週に1回のクラスの講評に出ています。ひとつはドローイング、もうひとつは彫刻を主として制作する教授のクラスで、学生のやっていることは更にばらけています。講評は全員毎回何かを発表しなければならないわけではなく、事前に予約した学生2、3人が自作に関するプレゼンテーションを行いそれについてディスカッションする形式で行われます。また時折、特定の作家や展示、美術理論に対するリサーチの発表が代わって行われることもあります。
もう一方のクラスではプレゼンテーションは毎回、発表するメンバーで簡単なグループ展を構成して行われるため、作品の見せ方の詳細まで指摘が及び実践的で、またやりとりがすべて英語ということもあり常に緊張感があります。
その他不定期ですがクラスで市内、市外および国外に展示を見学に行く目的で旅行することもあります。これは学校からの金銭面での補助が多少でるため、学生にとってはとてもありがたいものです。個人的には5月にいったルール工業地帯とその地の芸術施設と公共空間の芸術作品をめぐる旅行での製鉄所見学が忘れられない体験です。

クラスの講評の他に、週に2回ほどの美術理論の講義と、イレギュラーで工房の基礎的なコースが入ってくる以外は時間を制作と研究にあてることができます。基本的に”しなければならない”ということは少なく、すべては学生自身の自主性に委ねられています。卒業・修了に関しても設定された時期にやってきて行うという通過性のものとして受け取られてはなく、しっかりと納得のいく状態を出すということに核心がおかれ時期も学生自身で選び最終的に教授との話し合いで決めます。そのため卒業修了制作作品を見ても中途半端なものを見かけることはほとんどありません。
私もこの大学の環境を最大限利用して、数年来の構想を幾つか実行し、現在の自分の納得いく、もしくは納得いかないにしろここでできる限界の状態を、ひとつ修士論文・制作という形で作り出せたら、というところで現在動いております。

  • *1. 写真の場所は上述の展示スペースではありません。この時は作品の特性上、例外的にエントランスホールを借りて展示を行いました。
    展示スペースのwebsiteはこちら。