泉桐子Izumi Toko

作品写真:hiding peanuts

hiding peanuts

和紙、岩絵具、水干絵具、土絵具Washi, mineral pigments, dyed mud pigments,mud paintH1630 × W3900mm

地面の中に潜り込んで、成長していく落花生は、
あるとき突然、地上に引きずり出される。

隠れながら生きていた。けれど、
最後はまた外に出されて、生かされていく。
その「生き方」を、一枚の「場面」にしたい、と思いながら描いていました。

泉桐子

創的な感性を持って、意欲的に自己の解釈で描いたピーナツ畑は、大画面の中で楽しく豊かに幻想的な世界へと展開していく。
空間に描かれた線は、作者が感じ取った命を結びつける形となり空間に溶け合い新たな響をたたえ、存在そのものへと昇華する。やわらかな色調、内からあふれる生命の旋律は風に舞い、彼女の幻視化した地中のピーナツ畑は無限の可能性を展開していく。
生命の営みを豊かにとらえ絵画化している作品である。彼女の新たな挑戦はもう鼓動し始めているのであろう。今後の創作活動に心から期待したい秀作である。

日本画学科教授 三浦耐子

小久保希Kokubo Nozomi

作品写真:1人でいるのにずっと五月蝿い

1人でいるのにずっと五月蝿いThere’s no one, but it’s so noisy

高知麻紙、水干絵具、岩絵具、墨Kochi mashi hemp paper, dyed mud pigments,mineral pigments, inkH1818 × W3686mm

葬式では家族も、親戚も、家族の親戚も、親戚の家族も、家族の友人も同じように悲しい顔をする。葬式は常識や礼儀であり、自分の葬式は自分のためのものでありながら自分のものではない。だから自分の葬式には誰も来てほしくないと思う。
だが死んだら考えることもないのだから死んだ後のことを1人で延々と考えること自体が馬鹿馬鹿しく、他にいくらでもすべきことがあり、堂々巡りの思考の過程が絵を描くことに似ていると思った。

小久保希

画面に登場する8人の女性はまるで自画像のような同一人物であり、花びらが舞う空間の中に、過去から未来へと続く時間軸となって、葬式という儀式の中に存在をしている。色彩を抑えたモノトーンの画面は、抽象化された丸い花輪、円と直線、黒い色面、花弁の点で構成され、活き活きとした生命力に溢れている。

日本画学科教授 内田あぐり