浦彩佳Ura Ayaka

作品写真:伽藍堂ギャラリー
作品写真:伽藍堂ギャラリー

伽藍堂ギャラリー
うらあやか個展『インスタント・茶室(「無人島に持っていくとしたら、何を持っていこう。」)』Garan-do gallery Ayaka Ura solo exhibition “Instant tearoom (“In idle talk to survive”)”

インスタレーションInstallation artミクストメディア

(1)旅行の帰り、高速道路で渋滞に遭った。前にも後ろにも進めずトイレにも行けず烏龍茶も飲み干していた。その暇を乗り切ろうと「無人島に持っていくとしたら」という話題になる。ナイフかな、と初め私は言ったとおもう。そんな答えじゃつまらんだとか、実用性がどうだとか、そんなふうなことを話した。話が進むうちに本、乳牛などいくつか有力候補が出るも、これといって答えがまとまることはなかった。渋滞を抜けサービスエリアに寄ると、また別の暇つぶしをしながら家へ帰った。(2)大学の備品は、相互性があり、あらゆることは当たり前にうまくいっているものだと思っていた。5B号館の教室は卒展の時、大体一部屋を二人で使う。一先ず自立壁を真ん中に立て分断することになり、奥から順に壁を立ててゆくと、部屋と自立壁のサイズがほんの少し合わない。可愛げと不満を感じた。(3)卒展が終わり、撤去が始まる。茶室は8つの机へ、絵画はホワイトボードに戻り、倉庫へしまわれる。ちぐはぐな美術館が学校へもどると、私たちはぶらぶらとした不思議な気持ちでアトリエを出たのだった。

浦彩佳

今回の伽藍堂ギャラリー(ギャランドゥー・ギャラリー)で行われた、うらあやか個展『インスタント・茶室(「無人島へ持っていくとしたら、何を持って行こう。」)』は、作家とオーディエンスが作品として溶け合っていた。しかし彼女は作り手とオーディエンスを止揚しようなどと、そんな傲慢さを持ってはいない。誤解を恐れずに言えば『インスタント・茶室(「無人島へ持っていくとしたら、何を持って行こう。」)』はただ単に暇をつぶす部屋なのだ。まさに“ 伽藍堂(がらんどう)” であり“ 無為の部屋” なのだ。
僕らは日々様々な事を考えている。しかし往々にしてそれは損・得、正解・不正解、勝ち・負けで考えてはいないか。そうではなく思考してみる事。例えば役に立たない事を考える。それは役に立つとはどういう事かを浮かび上がらせはしないか。意味の無い事を考えてみると意味とは何かに気づくかもしれない。“ 無為の部屋” である『インスタント・茶室(「無人島へ持っていくとしたら、何を持って行こう。」)』はそんな気づきを僕達に教えてくれるように思う。

油絵学科教授 丸山直文

国川広Kunikawa Hiro

作品写真:熱い空気

熱い空気Hot air

カンヴァス、油彩Canvas, oil paintH1300 × W1620mm

作品写真:ビーチ

ビーチBeach

カンヴァス、油彩Canvas, oil paintH1620 × W1300mm

作品写真:コスモ

コスモcosmos

カンヴァス、油彩Canvas, oil paintH1800 × W1620mm

他人とは、とても怖い存在であり、また、理解することのできないものでもあると思う。しかし、それにもかかわらず人に興味を持ち、もっと知りたいと思う。そこで見えてくるのは人の表面的なもので本質とは程遠いかもしれない。ただ、そこで無理矢理本質を探ろうとするよりも、表面で見えた事が自分の実感にどう結びつくのか、ということを考えながら描いている。

国川広

自画像としての人を記号的に描いてきた国川が、他者としての人を描き始めた。国川にとって他者は「怖いにもかかわらず、興味を抱いたり、理解したいと思ったりもする」存在だという。考えれば考えるほどわからなくなる他者の存在を、わからないままに感じることで、彼もまた、不確かな自身の存在を、確かなものとして感じようとしている。真摯に絵と向き合いながら、外へと向かい始めた意識は、絵に伸びやかさと大きさをもたらした。何よりも、その画面から発する輝きは、生気に満ち満ちて魅力的である。

油絵学科教授 小林孝亘

渡川いくみTogawa Ikumi

作品写真:海は、種の中にある
作品写真:海は、種の中にある
作品写真:海は、種の中にある
作品写真:海は、種の中にある

海は、種の中にあるThere is a expanding universe in your mind.

カンヴァス、木パネル、油彩Canvas, panel, oil paintH2400 × W7000mm H333 × W242mm H273 × W220mm H606 × W500mm H1303 × W1620mm H1030 × W728mm
H1456 × W1030mm H1456 × W1030mm

パフォーマンス|身体、照明機材Performance art|Dance, lighting5min

〈ひと〉は小さな種のよう。/花になって、枯れて、見えなくなっても、
そこにまた種があるように。/見えなくても、聴こえなくても、
見て、聴いていれば、/そこに、/名のない〈存在〉があるように。
〈ひと〉は大きな海のよう。/種からあふれつづける、名のない〈存在〉の中で、
ありのままの波にのって、/〈わたし〉も名のない種でありたい。
〈ひと〉は小さな種のよう。/名のない〈わたし〉があるように。

私はこの作品に上記のテキストを添えました。2011年春からの4年間、〈ひと〉というちいさな存在について考え続けていたように思います。生活の様々な場面で、名のない無数の存在が私の周りでふるえ、私というひとりの〈ひと〉を発露させました。身体を通してここに表れたものは、個人的な特別な物ではなく、生き物に共通する宇宙であるのかもしれないと思います。

渡川いくみ

炎のようにも植物のようにも見える色彩とストロークがスパークし見る者を高揚した感覚と感情の渦に巻き込む。しかし作品は絵画としての十全なバランスを持っているとは言い難い自身の内面を放り出しただけの荒削りで生なものだ。一方でそれを絵画として持ちこたえさせているものもまた荒削りで生な感覚と感情と身体に他ならない。舞踊るように描いたその作品は作者のパフォーマンスと対になっているものだ。作品の前で作者は自身を捧げるように舞う。人間の原始的な欲望に根ざした最も根源的な表現ともいえる所作は、すべてを支配する重力からの解放を希求し未知なる世界へ飛翔しようとするように見える。あるいは地に舞いそのエネルギーを一心にその身に受けようとしているようにも見える。天空を自由に浮遊する色の束は作者自身なのだろう。そして舞踏には大地と結ばれた生々しく潔い美しい肉体と息づかいがある。描かれた色彩とストロークが世界の始まりの感覚を呼び覚まし、踊る肉体は私達が地(血、乳)と結ばれている事を思い出させる。身体という原始を根拠にするその絵画と舞踏は放り出され未完ゆえに涙が出るくらいに美しい。

油絵学科教授 樺山祐和

濵田明李Hamada Miri

作品写真:灰の冷たさ、犬の隙間
作品写真:灰の冷たさ、犬の隙間

灰の冷たさ、犬の隙間coldness of ash, opening between dog(s)

パフォーマンス|木材、ペンキ、ボンド、毛皮、シーツ、椅子、モニター、コップPerformance art|Wood, paint, glue, blanket, sheet, chair, monitor, cup15min

あらゆることが、同時にけたたましく―しずかに鳴っているのに、あらゆるものは、気配を示すだけで輪郭を持たないで離れていく。起きることが過ぎ去ってしまったあと、夜が明け抜けたあと、落ちた小銭を拾い集めたあとの短い日中。

濵田明李

窓はすべて開け放たれ、冷たい外気と巨大なエアコンの室外機の音が流れ込んでくる。無造作につくられた緑色の大きな箱のようなものの周辺には、紙コップや白い粉、モニター、水槽、などが雑然と置かれている。濵田のパフォーマンスは、それらのものの「手触り」にひとつひとつ別のイメージを重ねていくというシンプルなものだ。たとえば倒立した机らしきものの4本の足に木工用ボンドのたっぷり入ったコップをかぶせると、ボンドはスローモーションのように床に垂れていく。また窓の外に置かれたえんじ色の布のかたまりを大きな農業用フォークで室内に引きずり込み、その布を裂き、中に仕込まれた人工毛皮を引き出す。あるいはアイロンでつくられた小麦粉の小さな山、水槽の中で手に群れる小魚。濵田は、弛緩した日常では決して出会うはずのなかったものらが隠し持っていた「野生」を、何気ない手つきで、しかし劇的に切り開き、差し出す。今確かにこの手の中にあるものが実は向こう側の世界につながっていたという、なにか「霊的」とでもいうべき感覚。私たちのことばや秩序は徐々に薄れ、さまざまな矛盾に満ちた世界が解き放たれる。

油絵学科教授 袴田京太朗

疋田義明Hikita Yoshiaki

作品写真:ドローイング

ドローイングDrawing

カンヴァス、紙、油絵具、クレヨンCanvas, paper, oil paint, crayonH210 × W297mm H400 × W600mm

サルとハナMonkey and flower

カンヴァス、紙、油絵具、水彩絵具、クレヨンCanvas, paper, oil paint, water-based paint,crayonH210 × W297mm H530 × W410mm

雨の日It is rainy.

カンバス、油絵具Canvas, oil paintH1120 × W1455mm

らくがきRakugaki

紙、クレヨン、水彩絵具Paper, crayon, water-based paintH297 × W210mm

雨の日2It is rainy. Ⅱ

カンバス、油絵具Canvas, oil paintH1620 × W1303mm

油絵を描き始めるときにまず紙に水彩やクレヨンでドローイングやらくがきをやっていきます。それらを参考にして油絵を描こうと思うのですが、紙に描かれたものと油絵では描いていく感覚やできていき方が違ったりしてあまり参考にならなかったりすることがあって悩んだり、面白かったりします。描くときに花や顔や写真を見たり見なかったりして描いているのですが、描かれたものは「ハナ」とか「カオ」というような描かれた 何者か? になってしまうのがあるのかなと思います。

疋田義明

疋田は自分の家族の肖像を様々な角度(見方)から描いている。かといってそのドローイング群は、克明に再現した家族の表情などではなく、どちらかと言えば記号のような人物形態とも言えるだろう。そしてその一枚一枚の絵における窓や空、花や木は、彼なりの物語があるのかもしれないが、見事に絵画の要素として咀嚼され、観るものの想像力を膨らませている。
今年の1・2月は勇敢なジャーナリストの死もあって、多くの人たちが家族の事を考えたのではないだろうか。もちろん疋田がこれらの作品を描いた時はその事件とは全く関係がない。そして普通にこれほどの甘い形態であれば、それはメルヘンや童画チックになるのが落ちと思われる。しかし彼が何度も描き直す大胆な構成と、試行錯誤しながら最後に表出した色は、簡単に成立するものではないメチエとなって、その絵の内容が綱渡りのような緊張感と、斬新で大胆な行為の積み重ねである事が分かるのである。
美しい絵だなと思う。美という文字は羊が大きくなると美味しいという羊にとっては犠牲的な意味もあるそうだが、彼の絵の豊かさ優しさは、そのような美という文字にふさわしい、人間の夢と希望がある。

油絵学科教授 水上泰財

藤浪美世Fujinami Miyo

作品写真:藤浪美世
作品写真:藤浪美世
作品写真:藤浪美世
作品写真:藤浪美世

私があなたにキスをする、生温かで優しい血の流れを感じながらkiss you, and I feel the flow of raw warm blood.

インスタレーション|カンヴァス、紙、油絵具、写真、養生テープ、ジェッソ、アクリル、黒マジック、コピー紙、マスキングテープ、額縁Installation art |Canvas, paper, oil paint, photo, curing tape, gesso, acrylic paint, black magic marker, paper, masking tape, framed

あなた《肖像画》You 《portrait》

カンヴァス、油絵具、養生テープ、ジェッソ、黒マジックCanvas, oil paint, curing tape, gesso, black magic markerH1620 × W1300mm

パラダイス《風景画》Paradise 《Landscape painting》

カンヴァス、油絵具、写真、養生テープ、ジェッソ、アクリル、黒マジックCanvas, oil paint, photo, curing tape, gesso, acrylic paint, black magic markerH1620 × W1300mm

私《セルフ・ポートレート》I《Self-portrait》

カンヴァス、紙、油絵具、養生テープ、ジェッソ、アクリル、黒マジック、コピー紙、マスキングテープCanvas, paper, oil paint, curing tape, gesso, acrylic paint, black magic marker, paper, masking tapeH1620 × W1300mm

自分が今この場所にいるのは、やっぱりあなたという引力によって強く引かれたからだと思う。元気ですか? 私はなんとか元気にやっています。
ある民族においてキスは神聖なものとされていて、キスをすると相手と自分の魂とが解け合うと考えられているらしい。
私は構造体を描いている。描き続けていると人物のように見えることがある。そうして映し出される人物は、あなたなんじゃないかな、と私はたまに思う。夢にも頻繁に出てくるから。夢の中のあなたは穏やかに笑っている。
現実は、関連性を持って複雑に出来ている。ごくたまに美しく鮮やかに見えるこの現実と向かいながら、うごめく、パラダイスとして描いていこうと思う。その行為を《キス》と呼んで。
元気ですか? 私はあの大窓に鳥が空と間違えてぶつかるのを、まだ見たことがないままでいます。

藤浪美世

彼女の作品は、暴力性をはらみ、エロスに満ち満ちている。ほとんどでたらめに近いブラッシュストロークは突然あるところで極度に混乱し出口を見失うが、それらの身振りが絵画の最も魅力的なところを引き出している。絵具は少しも“ 何かのかたち” に屈することなく、ただ絵具であることを主張し、それが生温かいエロティックさで生の側にあることをさらけ出している。

油絵学科教授 長沢秀之

町田結香Machida Yuka

作品写真:白昼夢の向こう側

白昼夢の向こう側Over the daydream

カンヴァス、油絵具Canvas, oil paintH1600 × W2200mm

作品写真:さよなら

さよならgoodbye

カンヴァス、油絵具Canvas, oil paintH970 × W1620mm

白昼夢とは、現実から離れて何かを考えている状態であり、その多くは現実に満たされなかった願望や欲求を空想するものだそうだ。
学生という肩書きがなくなるこの節目で、私が小さい頃から抱いていた将来の夢というのはもっと明確に、現実味を帯びたものになっていかなければならない。このような思いと決意を込めた作品である。

町田結香

作者自身と重なり合うように描かれた少女に流れる日常の時間。
ここではまどろみにも似て、むしろ肯定されるかのように心地よい時が用意されていた。けれど、そんな時間は永く続かない。
突然起こされて夢が消えていく ― 少女の心から何かが去っていく。
そんな心模様を、少女の部屋を舞台に、舞い上がる羽根、こぼれるコップの水、裏返った目覚まし時計、俗な電飾、そして外は夏の強い日差しと、象徴的な方法で思春期の不安な世界を描いている。

油絵学科教授 川口起美雄

渡辺佑基Watanabe Yuuki

作品写真:渡辺佑基
作品写真:ドミソ
作品写真:ぷられーる
作品写真:迷図

ドミソdomiso

パネル、アクリル絵具、アルキドPanel, acrylic paint, alkydH150 × W1221mm

ぷられーるplarail

パネル、アクリル絵具Panel, acrylic paintH455 × W455mm

untitled

パネル、油絵具、アクリル絵具Panel, oil paint, acrylic paintH455 × W450mm

迷図maze

パネル、アクリル絵具、アルキドPanel, acrylic paint, alkydH1620 × W1620mm

ぷられーるplarail

パネル、アクリル絵具Panel, acrylic paintH260 × W260mm


さがしたい
凹凸
カタチのフシギ
凸凹凸
ここちいいかんしょく

渡辺佑基

画面に切り取られた背中や鍵盤やプラレールの一部分はどれも丁寧に描写して再現してあり、絵画の三次元的な奥行きはわずかなでこぼこに押さえ込まれている。迷路の作品ではその捉えかたをさらに純粋に楽しんでいる。このもう一歩踏み出して対象に近づく方法が予想外の意味の発生や偶然の見立ての面白さを生み出していて魅力的だ。別の見かたをすると、かつての抽象的な絵画やシェイプトキャンバスの作品などの在りかたを、現実の具体性の描写で置き換えてみようとしているかのようで興味深い。

油絵学科教授 赤塚祐二