2016年度 武蔵野美術大学入学式典

日時 2016年4月4日(月)10:00開式
場所 武蔵野美術大学 体育館アリーナ

式次第

  • 開式の辞
  • 学長式辞 学長 長澤忠徳
  • 理事長祝辞 理事長 天坊昭彦
  • 教員祝辞 教授 遠藤彰子
  • 卒業生代表祝辞 信乃亨
  • 閉式の辞

会場風景

式典スタッフ

総合演出 堀尾幸男(空間演出デザイン学科教授)
舞台監督 北條孝 / 本田和男(有限会社ニケステージワークス)
照明 原田保 / 田中剛志 / 梶谷剛樹(株式会社クリエイティブ・アート・スィンク)
音響 市来邦比古(株式会社ステージオフィス) / 吉田豊(有限会社サイバーテック)
特効 南義明 / 酒井智大(株式会社ギミック)
舞台施行 延島泰彦 / 古川俊一(東宝舞台株式会社)
舞台装置 北川陽史(空間演出デザイン学科講師)
リーフレットデザイン 角田真祐子 / 長谷川哲士(株式会社ミンナ)
オープニング音楽制作 クリストフ・シャルル(映像学科教授)
オープニング映像制作 三浦均(映像学科教授) / 佐藤祐紀(映像学科助手)
映像配信 渡辺真太郎(デザイン情報学科講師)/ 大内雄馬(デザイン情報学科助手)
司会 村岡弘章(学生支援グループ入試チームリーダー)
制作進行 開田ひかり / 川端将吾(空間演出デザイン学科助手)
協力 白石学(デザイン情報学科教授)/ デザイン情報学科 / 映像学科 / 芸術文化学科 / 空間演出デザイン学科学生有志
特別出演 堀尾ゼミ / 空間演出デザイン学科学生有志

学長式辞

長澤忠徳

武蔵野美術大学学長
長澤忠徳

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。また、ご臨席の保護者の皆さまのお慶びもひとしおかと存じます。おめでとうございます。また、海外からの留学生の皆さんも、母国を離れて、数ある日本の美術系大学の中から本学を選び、難関を突破して入学してくださったことを、嬉しく思っています。武蔵野美術大学は、皆さんのご入学を心から歓迎し、これから始まる皆さんとの日々を想像し、私たち教職員も、胸躍る嬉しさいっぱいで、今日の日を迎えています。今日から、ここ、武蔵野美術大学が、皆さんの母校になります。

さて、武蔵野美術大学(ムサビ)は、その前身となる1929年創立の帝国美術学校設立当初から、「真に人間的自由に達するような美術教育」、「教養を有する美術家養成」を掲げた建学の精神を守り、我が国を代表する私立の美術系総合大学として、国内はもとより、世界的に活躍する卒業生を数多く輩出してきていることは、みなさんもご存知のことと思います。また、創立当初より、世界に眼差しを開き、積極的かつ先駆的に国際化に取り組んで来た本学は、2012年、美術系大学では初めて文部科学省のグローバル人材育成を推進する大学として採択され、5年目となる現在、語学教育はもとより、精力的に多彩な専門教育プログラムを展開して成果を挙げてきています。
武蔵野美術大学は、いまや、日本の一(いち)美術大学としての存在を超えて、我が国の文化、芸術、クリエイティブ産業を支え、リードし、ますます広がるグローバルな世界に貢献する人材育成を使命として担っているのです。
今日、入学されたみなさんが社会人として担う未来社会は、グローバル社会です。世界という視座と、日本という視座と知見をあわせ持ち、これまでの6万5千名を超える先輩がそうであったように、皆さんも、伝統ある「世界のムサビ」の学生として、このことをしっかり自覚して、大いに学んでください。

さて、昨年度、母校の学長となった私が贈った「あの水平線の上に立てるか」と題するメッセージを、本学のホームページでご覧になった諸君もおられるかと思います。40年以上前、私が本学を志願し、入学以来、今日まで持ち続けている、自分への大切なメッセージでもあります。もう一度、このメッセージを皆さんに贈りたいと思います。
「あの遥か彼方に見える水平線の上に立つ」ことを信じて、凪いでいても大嵐でも、私は、もう40年以上も、大海原を水平線に向かって漕ぎ続けているのです。「水平線の上に立つ」ことができるかどうか、私にもまだわかりません。でも、常識や理屈を超えて、「わからないことを、わかろうとする」ことに挑むことが、自分を励まし、奮い立たせてくれるのです。私は、「クリエイティブ、創造的である」ということは、そういうことだと思っています。

ところで、「自由自在」という言葉がありますが、その「自由」という言葉に、あなたは、どんな印象を抱きますか?「自由にしていい」と言われたら、きっと大抵は、自分のしたいように振る舞ったり、好き勝手な行動をとったり、「何をしてもいい」「何でも許される」と、そんなふうに思われるのではないでしょうか?
けれど、これから私がお話しようとすることは、そんなイメージとはまるで逆の話です。先に言ってしまうと、「自由は苦しみを伴うもの」なんだ…ということです。「自由」が、もし、「気まま」や「気楽」、「深く考えなくていい」といった、楽観的で安易な捉えられ方をされているものだとすれば、それは大きな誤りであって、むしろ、真相は正反対だということを、是非知って欲しいのです。では、「自由は苦しい」とは一体、どういうことなのでしょうか?
たとえば、あなたが「誰かに何かを伝えたい」と、強く思っていたとします。この「何か」をどうやって具体的に相手に伝えるか?言い換えれば、自分の思いを伝える方法や手段を、必死になって考えているような状況を想像してみてください。

強く思うことは、「意志」を持つことです。この「意志」という言葉の「意」の文字は、「音」と「心」という部分で成り立っていますね。つまり、胸の中の熱い思いというのは、「心の音」のことなのです。「心の音」は自分にしか聴こえない。自分の中だけで鳴っているものだからです。「思いを伝える」ということは、そんな自分の「心の音」に耳を傾け、その音を自分の身体の外に出すことではないかと思うのです。私は、それが「表現」である…と思います。
ですから、表現者たちは、なんとかして「心の音」を外へ出そうと、カタチを作ったり、色を塗ったり、身ぶりや声に出したりしてみて、試行錯誤を重ねているのです。まさに、これは「悶え」でしょう。「表現」は、身悶えしながら「心の音」を自分の外に表出する作業だろうと思うのです。

表現技法や、手段を具体化する材料、道具、技法は、世の中にはたくさんあります。ツールはいくらでも用意され、また進化しています。そのどれを選んでも良いのです。もちろん、それぞれの扱い方には一定の約束事はあったりしますが、「こうしなければダメだ」という決まりはありません。
つまり、最終的には、一人ひとりの「心の音」を、いかに外に表出するか…に、委ねられているのです。あなたが感じ、受け止め経験して来た何かが鳴らす「心の音」を、どのように聴き、どうやって自分の外に表出するかについては、あなた自身で一生懸命に悩み、考え、工夫して、実現しなければなりません。「表現」つまり「心の音」を表出する行為とは、正解のない世界、むしろ、あなた自身が正解を生み出す世界なのです。
そんな世界で自らの可能性を広げて行くとしたら、さまざまなモノゴトをしっかりと見据え、時には疑ってみる必要もあります。既成概念に縛られていては、「心の音」が違ったものになってしまうかもしれません。どこかで聞いた常識というものが、本当に正しいのか、これ以上の答えは無い…と信じていたことは、自分の思い込みに過ぎなかったのではないか…。そうやって、いちいち点検を繰り返しながら、絶えず自分の殻を破っていく必要があるのです。

「自由」というのは、こうした自分との苦しい闘いの連続のことであって、決して立ち止まることが許されないものだと思います。水は流れが止まると腐り始めます。それと同じように、「表現」も停滞すると、どんどん古びていってしまいます。「表現」が、生き生きとみずみずしい状態であるためには、常に動いていることが重要なのです。
「自由」は与えられるものだと錯覚し、ただ安楽を貪っていたら、あっという間に「心の音」は消えてしまい、聴こえなくなってしまいます。未知の自分と出会うために闘い続けるというのは、想像以上に過酷な行為なのです。建学の理念のひとつである「真に人間的自由に達するような美術教育」の意味するところを、私はそう考えています。

自分の目指しゆくものを信じること、つまり「あの遥か彼方に見える水平線の上に立つ」ことを信じ切ることができるチカラこそ、「創造へのチカラ」だと言いました。創造的に生きるには、そんな「信じるチカラ」が必要なのです。
さらに、「自由自在」という言葉についてですが、「自由」と「自在」という、似て非なるこの二つの言葉を考えてください。「自由」は、闘って勝ち取る志向性を持ち、「自在」は、勝ち取った「自由」であることの上で、「意のままに振る舞える」状態です。自らの「心の音」を、思いのままに「自在」に表出するためには、そのことの大前提になる「自由」を得るための闘いを続けなければならないのです。

入学早々、厳しい話に聞こえるかもしれません。けれど、美術やデザインという「表現」の世界に進もうとする勇気ある皆さんは、すでに、その第一歩を踏み出しているのです。だから、今日、ここに居るのです。そして、私たちの思いも、実は皆さんと同じなのです。ひたむきな創造へのチャレンジに、武蔵野美術大学は、寛容さをもって、皆さんを支えて行く覚悟です。

本学には、長い歴史と伝統があります。伝統は、ただ同じことを絶やさず繰り返すことではありません。時代ごとに異なる感性や多様な価値観が存在する以上、それらにも柔軟に対応できなければ、伝統は、守ることもできなければ、継承することもできないのです。その意味で、武蔵野美術大学も、従来の大学のあり方に安住せず、新たな教育へのチャレンジを続けています。そして、今日からムサビ生となった皆さんとともに、ムサビは、さらに「新しいムサビ」でありたい…と願っています。
先月、北キャンパスに、14号館が竣工しました。今、世界で最も新しいデザイン工房の校舎です。今年度は、都道建設の工事も続きますが、南キャンパスでも、すでに新しい教育施設の整備に着手していますので、南北に分かれた鷹の台キャンパスの歴史的契機に、皆さんと一緒に、ムサビの未来への可能性を開いていこうではありませんか。

最後になりましたが、選挙権が18歳から…となりました。これまでなかったことですが、本学の日本人学生は全員選挙権を持つことになりました。社会の一員としての自覚を持って、しっかりと社会参加の意識を持ち、世の中を見つめ、自分たちの未来を考えることを大切にして、責任ある行動を心がけて欲しいと願います。

さあ、今日から、ムサビでの大学生活が始まりました。時に、辛いこともあるかもしれませんが、きっと、きっと、辛さの何倍も何十倍も、楽しく胸躍る「はつらつとした青春の日々」であることを信じています

最後に、もう一度、今日、この日からムサビ生となった皆さんに、心からの祝福を贈ります。
武蔵野美術大学、入学、おめでとう!

理事長祝辞

天坊昭彦

武蔵野美術大学理事長
天坊昭彦

理事長の天坊です。新入生の皆さん、武蔵野美術大学へ入学おめでとう。皆さんの入学を心から歓迎します。また、ご列席のご家族の皆様、本日は誠におめでとうございます。ご家族の皆様にとってもお喜びひとしおのことと思います。

新入生の皆さんは、これから美術に関する知識を深め、技術を磨き、腕を上げようと考えていると思います。しかし、武蔵野美術大学では、もう一つ大事なことを学ぶことになるということをご存知ですか?
それは、美術の創作活動を通して、技術を磨くと同時に、考える力を鍛え、コミュニケーションの能力を高めることを学ぶということです。

創作をするためには、その前に、自分の考えをまとめ、その思い、自分が訴えたいことを何をもって表現するか、どういう形にするか、先づ考え抜くことが必要になります。そして同級生や先生の批判や指導を仰ぎ、議論をし、更に考えを尽くす。その上で、作品を作り、その作品を見る人に考えが伝わっているか、先生たちの批評を踏まえ、自分の考えを伝え更に良い作品に仕上げていくという教育を4年間も経験することになります。これはすごいことです。考える力をつけ、対話や説得する能力、即ちコミュニケーション力を高める教育と言えます。

世の中で今求められている人材というのは、個性ある人材です。個性ある人材というのは、変わった人という意味ではありません。しっかりした自分の考えを持ち、相手と対話をしながら、相手を説得できる能力、コミュニケーション力の高い人材のことです。
もちろん、企業や社会の組織に入り、力を発揮して行く為には、そこで必要な専門的な知識を身に着ける必要がありますが、自分の考えを持ち周囲の人と対話して、意見を集約して行く能力はそう簡単に身につくものではありません。特別な専門領域は別として、ムサビの卒業生が企業や社会の組織に入っても、他の大学を卒業した文系或いは理系の人と比べて、基礎的な能力としては、考える力とコミュニケーション能力を鍛えてきた本学の卒業生に充分優位性があると思います。そういう意味では、企業経営者としての私の経験から、本学は今、社会が求めている人材の宝庫ではないかと思っています。

今までの卒業生の状況を見てますと、卒業生の約4割位の学生は就職を希望してませんが、就職を希望する6割の学生の90%近くは就職出来ており、かなり高い就職率だと思います。ただ、その多くの人が広告部門や商品のデザイン部門など美術やデザイン等大学で学んだ技術を活かせるような職場のある会社を希望しているようです。
これが悪いというつもりはありませんが、視野をもっと拡げてみれば、一般企業や組織に入って、新しい商売やプロジェクトを立ち上げたり、新商品を企画するような仕事は、美術や芸術とは違っても、大学で学んだ創造力やコミュニケーション力を発揮できます。そして、今迄になかったような新しい「こと作り」や「もの作り」にチャレンジするような道もあると思います。

いずれにしても、皆さんの進む道は、美術系の職場に限らず、広く開かれているということです。21世紀に入り、15年経ち、順調に推移していた経済が少し変調を来たしています。これは、先進国も発展途上国も各々が問題をかかえ、いろんな意味で従来のシステムが変化に対応できず、そのままではうまく行かなくなって来ており、あらゆる分野でイノベーションが必要だと考えられています。
イノベーションには、知恵と創造性が必要です。行きづまった社会に変革のヒントを与える先進性のあるものは、美術や芸術だと言われています。そのためには、美術や芸術を追求してみることが重要です。ということは、言い換えれば、いまや社会のいろんな分野で美術系の人材が必要とされているのです。

私は、今ここで美術を志して本学に入学した皆さんに企業に就職しろと言うつもりでこの話をしている訳ではありません。この大学で美術を学ぶということは、美術から離れた一般の社会でも必要な基本的な能力を高める教育を一般の大学生以上に、時間をかけて訓練されているということ。そして、この能力は、今、社会が必要としている大切な有益な能力だということを新入生の皆さんだけでなく、ご家族の皆様にも、もしご存知なければ知っておいて頂きたいと思い話させて頂きました。

要は、新入生の皆さんが、これから本学で一生懸命勉強すれば、皆さんの将来にはいろんなチャンスがあるということです。

結びにあたり、新入生んの皆さんに、これから是非心がけてほしいことを一つ言っておきます。

永い人生の中で これから始まる大学4年間の学生生活は、あとで振り返ってみればあっという間の短い期間です。できるだけ多くの教養を身につけるべく積極的に勉強し、一方ではいろんな経験も積めるように健康に留意し、是非とも時間を大切に使ってほしいということをお願いし、私の祝辞とします。

教員祝辞

遠藤彰子

武蔵野美術大学油絵学科教授
遠藤彰子

新入生のみなさん、入学おめでとうございます、ならびに支えてくださったご家族の皆さま、お喜びもさぞかしかとお察し申し上げます。謹んでお祝い申し上げます。私たち教員一同、優秀な学生を集めることが出来ました事を、大変うれしく思っています。
武蔵野美術大学は今年で87周年を迎える伝統ある大学です。武蔵美の先輩や卒業生達は、さまざまな表現の場で活躍しており、美術・デザイン業界から高い評価を得ていることは、皆さんもご存知だと思います。
今日から、皆さんは、武蔵野美術大学の学生となります。是非、この4年間の学生生活を充実したものにしていただきたいと思います。たくさんの友達を作って、共に語り合い、大いに学生生活を楽しんで下さい。

さて…せっかくの機会ですので、自己紹介がてら、私の学生時代の話をしたいと思います。私は油絵学科の遠藤彰子と申します。画家です。現在は、美術大学の先生ですし、経歴や受賞歴だけ聞くと、さぞ、昔から才能があったに違いないと思われがちですが、、、学生だった当時は、まったくヒドイものでした。

私は、高校を卒業した現役の時に、武蔵野美術大学の油絵学科を受験しました。しかし、あまり大きな声では言えませんが、ミゴトに落っこちてしまいました。一浪して、再度チャレンジしたんですけど、なんと、また落ちてしまったんですね。受験では、アリアスの石膏像が出てきて、自分では、誰よりも上手く描けたと思っていたので、何故落ちたんだろう?と疑問に思っていたのですが…。仕方がないので、(今は無いんですけど)比較的に入りやすかったムサビの短大を受けて、かろうじて受かったという具合です。

ですから、ここにいる皆さんの方がスタートの時点では何倍も優秀です。

それにしても「何故、あんなに良く描けたのに落ちたんだろう?!」と、モンモンと思っていたので、短大に受かってから、4年制の校舎に行き、そこにいらした油絵学科の教授に問い詰めてみると…、「お前のか!あの気持ち悪い絵は!顔がいっぱい描いてあるし、画面が真っ黒でキタナイし、ありゃダメだ!」と言われましてね…。正直、「見る目ねぇ~なぁww」と思いましたね~。当時は自信過剰だったのかもしれません。今は謙虚に生きてますが…。

大学に入ってからは、いろんなことを学びました。油絵学科だったので絵画が中心ですが、放課後に彫刻や陶芸なども学び、いまでも、そこで培った技術を応用しながら作品を制作しています。(私の制作活動の根っこは、ムサビなんだなーと、今頃になって感じております。)

大学の時の思い出で、今でも覚えているのは、友達と学園祭の時に「似顔絵描き」をしたことです。友達5人と一緒にやったのですが、学園祭が始まると、すぐに行列が出来ました。でも、まぁ、似顔絵というのは、ありのままの姿なんて描くものじゃないんですね~。私は、人を美化して描くことが、どうして上手く出来なくて、(大きな鼻は立派に大きく、小さな眼はちょこんと小さく)自分なりに、その人の魅力を引き出して描いたつもりでしたが、私の列には誰も並ばなくなったのを覚えています。友達に「ドンマイ!」なんて慰められたりしてね…。

そんなこんなで、大学生活は、とっても楽しかったですね。

短大を卒業してからは、実家が裕福ではなかったので、とりあえず食べていくために、仕事をしなければなりませんでした。そんな時に、小学校の時に先生によく絵を褒められた事を思い出し、「絵画教室をやろう!」と思いつきました。
ただ、教えるにも場所がなかったので、企画書を持って、学校に行ったり、公民館に行ったり、カルチャー教室に行ったり…と色々な場所を回って、「絵を教えたいので場所を貸してください」って言いに行ったんですけど、「二十歳そこそこの小娘が何言ってるんだ?」…というような感じで、20件以上、断られてしまいました…。

「もうダメなんじゃないか…」と思った時に、1箇所だけ、「やっても良いよ~」っていう所が現れたんです。今でもハッキリと憶えていますが、埼玉県にある赤羽幼稚園というところです。そこで、幼稚園児を中心に、小学生や大人に絵を教えることにしたんですね。

「やっと絵が教えられる!貧乏生活からの脱出だー!」…と、意気揚々と、絵画教室を始めたのですが、始めた当時は、4人しか人が集まらず、電車賃を払うのがやっと…という感じでした。その当時は、園児の残したお弁当を食べて、なんとか生きながらえていました。それでも「さすがに4人じゃ、幼稚園にも悪いな~」と思っていたところ、なんと、翌月に一人辞めてしまって、3人になってしまったんですね!この時は、本当に「もうダメなんじゃないか…」と思いましたね~。

でも、絵だけではなく、粘土などで立体も作る造形教室に変えていったり、なんとか知恵を絞って、様々な工夫をしていく内に、徐々に教室の評判は良くなっていきました。半年後には60人ぐらいの生徒が集まり、1年後には他の幼稚園からも依頼が来たりして、2年後には1ヶ月に150人ぐらいの生徒を教えることになりました。絵画教室は、結構、成功しましたねー。

当時は、昼に絵画教室を行い、夜になってから自分の作品を描くという生活をしていました。そして、描いた作品は、積極的にコンクール展に出品していました。しかし、70年代の終わりから80年代中頃ぐらいの当時は、コンセプチュアルアートの全盛期でして、具象絵画を描いているなんて、時代遅れのバカ者扱いだったんですね。私の絵を知っている人はご存じでしょうが、ゴチャゴチャ描いているでしょ?なんだか、一生懸命絵を描いて、コンクール展に出しても、いつも入選止まりで、当時は、自分自身が時代から否定されているような感じがしました。また、「もうダメなんじゃないか…」って思っていたのですが、コツコツと描いているうちに、二十代後半ぐらいからですが、徐々に賞をいただけるようになりました。

私は、いつも最初は、「もうダメなんじゃないか…」と思うタイプなんですね。結婚するときも、結婚なんてしたら、「絵なんて描けないんじゃないか…」。子供を授かった時も、子供なんて育ててたら、「絵なんて描けないんじゃないか…」って思いました。…誰だって、一度や二度ぐらい、くじけそうになったことは、ありますよね?
しかし、不安はあるけど、前進すること。失敗を恐れず、信念を失わないことで、なんとか乗り越えてきました。すべての事を受け入れて、前向きに捉えていけば、少しずつ、プラスに向かっていきますし、表現の上でも、イメージはどんどん広がっていくものです。何かを得たからといって、何かを失う…という訳ではなく、何かを得たら、さらに得るものが増えていくような感覚は、実感として持っています。失敗した経験から学ぶことも大きいので、悲しい時は悲しい気持ちを抱きながら、常に自分自身に「大丈夫!」と言い聞かせ、とにかく50年間、1日も休まずに、毎日、毎日、絵を描き続けてきました。

それからの事は、“ザックリ” と省略しますが、安井賞、芸術選奨、紫綬褒章と、ありがたいことに、たくさんの絵画の賞をいただくことができました。大変な道行でしたが、とにかくポジティブに制作をしてきた訳です。

まぁ、いろいろな考え方があるかとは思いますが、私は「努力」や「根性」といった言葉が好きですし、その力も心底信じています。そういうことをいうと、「時代錯誤もはなはだしい」と馬鹿にする人もいますが、高みに向かって努力を続けることは決して無駄ではありません。今も昔も変わらない普遍的な事実だと思います。ですから、皆さんには、自分を信じ、努力を惜しまず、日々、勉学と制作に励んでいただきたいと思います。

さて、最後になりますが、入学した初日だからこそ、言っておきたい事があります。大学での学びというものは、受け身ではなく、積極的に取り組む姿勢が求められます。授業で与えられた課題をただこなすだけでは、(就職であれ、作家になるのであれ)最終的に良い成果を得ることは難しいと思います。
ですから、出来るだけ早い段階で、自ら課題を見つけ出し、自分ならではの表現というものが生み出せるように、常に考えながら作品を制作していただきたいと思います。学生の中には、すでにいくつかの美術やデザインのコンペで、入選したり、賞を取っている人もいます。その人たちを見ていると、本当に一生懸命制作をし、この環境をフルに活用しています。
皆さんも、入学したからには、この環境を活用し、積極的に発表していくことによって、世間にその名と作品を知らしめて欲しいと思います。

クリエイティブな仕事というものは、人の心を動かし、感動を与えることが出来る素晴らしい職業です。私は、絵描きとして、こんなに楽しい仕事は他にはないと、本当に思っています。そして、21世紀の新たな芸術を生み出すのはあなたたちです。私たち教員一同、あなたたちの努力に対して、精一杯答えていきたいと思います。お互い良い大学生活が送れるように頑張っていきましょう!皆さんの今後の豊かな成長を祈念して、ご挨拶にかえさせていただきます。

卒業生代表祝辞

信乃亨

卒業生代表
信乃亨

キヤノン株式会社
総合デザインセンター プロダクトデザイン部長
1986年工芸工業デザイン学科卒業

新入生の皆さん、ご家族の皆様、ご入学おめでとうございます。卒業生代表の信乃です。
機会をいただきましたので、これから皆さんが美大で経験されることについて、お話しさせていただきたいと思います。

まずはじめに「とりまく環境」について。
「美術を志すなんて変わってる」と周りから言われてきた人も多かったと思います。「私ってフツーじゃないのかも」と悩んでいる人がいても、安心してください。まわりも、フツーじゃない人ばかりです。
先生含めて、ユニークな人が多いです。クリエイターの世界は、個性的であることがポジティブに評価される世界です。ぜひこの環境を前向きにとらえて「変わったこと」に挑戦してみてください。

次に「課題の取組み」についてです。
実習課題としての作品作りが、最もクリエイティブで面白いところです。反面、自分の実力や評価がはっきりわかる、非常に厳しい世界でもあります。
自分として、一生懸命に作った作品に対し、先生からはするどい指摘がとんできます。ある先生からは、いまいちな反応だったものが、別の先生からは褒められる。いったいどうしたらいいのだろう、と混乱するでしょう。数学や歴史の暗記ものと違い、美術の世界には「正解」というものがありません。
怒られているように感じてしまうもしれませんが、実は先生方は「作品」に対して「意見」を述べているだけです。冷静に「課題」に対するどこの指摘なのかを、しっかりと聞いてみてください。

大事なのは、そのあと作品を修正するのか、このまま行くのかを「自分」でしっかり考えて、答えを出すことです。
社会に出るとたくさんの人から、様々な反応が返ってきます。常に自分の「軸」を意識し、「自分としてはこう思います」と勇気を持って言えるよう、ひとつひとつの課題に取組んでみてください。

もう一つ「人との関わり」についてです。
例えば、カメラをデザインするだけでも、画面のインターフェースデザイナー、ロゴやパッケージを担当するグラフィックデザイナー、カメラを使う写真家や映像作家等、たくさんのクリエイティブな人たちとの関わりがあります。
それぞれの方からは、ジャンルは違っても、仕事に対するこだわりや、新しいことをやろう、という前向きなパワーを感じることができます。
たくさんの人と関わりながら、一緒に「創造する喜び」を感じてみてください。

最後におまけです。
実は私の妻も武蔵美出身です。彼女はグラフィック専攻だったのですが、「工デの人ならきちんと就職してくれそうだから」というのが付き合いはじめの理由だったと思います。私の友人たちの中にも、在学中に知り合い、現在まで夫婦という方も多いです。長く続けていられるのが、価値観が近いということなのか、「世の中にはいろんな人がいるなあ」という感覚を武蔵美で経験したから、かどうかはわかりません。
娘が八王子のT美大に行ってしまったことが、ちょっとさみしい感じなのですが、皆さんが将来、お子さんと「親子で武蔵美」は十分ありえます。どんな人生を歩むことになるのか、楽しみにしていてください。

皆さんが武蔵美に入ってよかったなあ、と感じられることを先輩一同、願っています。本日は本当におめでとうございます。