令和7年度入学式
日時 | 2025年4月2日(水) 10:00開式(9:00開場) |
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場所 | 武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス 体育館2階アリーナ |
以下のリンク先をご確認くださいTOPICS 令和7年度入学式 |
式次第
- 学生DJパフォーマンス
- 開式の辞
- 校歌斉唱
- 教員紹介
- 学長式辞 学長 樺山祐和
- 理事長祝辞 理事長 長澤忠徳
- 教員祝辞 教授 青木俊介
- 卒業生代表祝辞 今井俊介
- 閉式の辞
- 学生DJパフォーマンス
会場風景
学長式辞
武蔵野美術大学学長
樺山祐和
本日、ここに、新入生、
造形学部894名。造形構想学部169名。
大学院造形研究科修士課程130名。同博士後期課程5名。
大学院造形構想研究科修士課程59名。同博士後期課程2名。
海外からの留学生232名。
通学課程総数1259名に通信教育課程総数を加え、新入生を迎えることができましたことは、本学、教職員、スタッフ、並びに全ての関係者にとって喜びに耐えないことです。
本当に嬉しく思っております。
また、新入生を励まし、お支えいただいた、ご家族、保護者の皆さまに置かれましては、これまでのご苦労に思いを馳せる時、そのお喜びいかばかりかと、ご推察申し上げます。
本当におめでとうございます。
現在、武蔵野美術大学は、1929年、本学の前身である帝国美術学校創立以来、美術、デザイン、芸術文化領域の専門大学として現在まで96年の長きにわたり、我国を代表する美術大学として歴史を刻んできました。
通学課程4845名、通信教育課2754名、学生総数、7599名に達するわが国最大規模の美術大学です。
2017年には造形学部、造形構想学部の2学部制への移行を経て、昨年度、通信教育課程が、鷹の台キャンパスに合流し、通学課程と通信課程が場所を同じくし、学びが始まりました。
鷹の台キャンパスの他に、都心キャンパスとして市ヶ谷キャンパス、そして、中央線三鷹に三鷹ルーム。各々のキャンパスでの学びが始まります。
そして、武蔵野美術大学は4年後の2029年に創立100周年を迎えます。
新入生諸君!
入学おめでとう!
教員、職員、スタッフ一同、皆さんの入学を心より歓迎いたします。
皆さんは、美術大学に入学することを志し、難関の入学試験をパスする為に様々な努力を重ねてきました。そして、その努力が形となって、今、ここにいます。
それは、自分の人生を、作ることに、何かを想像、イメージし、創造、クリエートすることに賭けてみたいと考えたからに違いありません。
何かをつくりたい意欲はどこからやってくるのでしょう。それは言葉では説明できない衝動としか言えないものかもしれません。
そんな、人間の根源的な衝動に突き動かされ、導かれ、皆さんは今ここにいるのです。
これから絵を描き、彫刻を作り、デザインをし、建築をし、言葉を使ってゆくことで、その衝動の正体に近づくことができるでしょう。
絵画とは何か。彫刻とは何か。デザインとは何か。建築とは何か。
徹底的に創り考える。その果てに、作るとは何か。人間とは何か。そして自分自身とは何者なのかを探究することへとつながってゆくのだと思います。
皆さん一人一人が武蔵野美術大学という舞台で繰り広げられる物語の主人公です。どのように歌うのか、どのように舞うのか、どのように演じるのか。それを決めてゆくのは君たち自身です。私たち教員、職員、スタッフは、これからはじまる君たちの物語を全力で支えてゆきます。主役を降りようとしても無駄です。大学という舞台の主役は学生だけなのです。では、主役に課せられているものは何でしょうか。一つは好奇心、一つは既存の価値を疑うこと、一つは常に純粋な眼差しを持とうとすること、一つは新しい自分を探そうとすること。そしてそれらを実行に移す行動力です。
本学の教育理念に「真に人間的自由に達する美術教育」があります。この人間的自由が含意するものは、美術教育が単に技術の習得や専門家の養成にとどまらない全人的な人間教育にこそ主眼がある事を伝えていますが、美術にとって最も尊重されるべきものこそが「自由」ではないでしょうか。それは自由に創作できるという事だけではなく、効率や合理をいかに捨てる自由があるかという事です。美術大学は実験の場です。多くの失敗を容認できる場です。それは多くの試みを「捨てる」ことのできる自由があるということ。そして対象との対話を続けることを通して対象に「成る」自由があるということ。そのような行為を通じて自由の意味を学び「伝わる」という不思議、そして「伝える」ということがいかにして成されるのかを学ぶ場が美術大学なのです。答えは誰も持っていません。私たちは問い続けるしかないのです。そして自由を探す造形と思索は自分自身を作り変えてゆくことなのです。
世界は今、情報通信技術の発展によってグローバリゼーションを爆発的に拡大させ、私たちはかつてないほどの相互依存の世界に生きています。それは国家、民族、社会体制などの違いを乗り越え世界をつなぎ合わせ、相互の差異を認め合い、多様性という共通の価値を共有する新しいステージへと世界を導いてきたかに見える一方で、科学による工業化は衣、食、住、そして思考や感覚や感情までも同質のものにする均一性へと導いているとも言えるでしょう。
私たちは多様性と均一性が同時に進行する世界に生きています。
そのような現代において、均一化するこの世界に楔を打ち込み、人間として共通の価値を共有しながら文化の多様性を示し、私たちが各々の個性を発揮し生きて行ける社会をどのようにすれば実現出来るのでしょうか。新しい文化パラダイム、新しい価値、新しい知性が求められていることは間違いありません。美術だからこそできる多様性への貢献があるはずです。
絵を描く現場性や表現する行為の精神性はアルタミラやラスコーの時代から変化していません。一方で情報通信技術、そして今までになく社会を変えると言われる人工知能や量子コンピューターの出現といった科学技術による新たな可能性までの大きな射程で思考できる領域が美術なのです。この射程の広さが美術という領域の力であり、全ての文化活動には、その内部にドラスティックに変わろうとする力が内蔵されています。自己矛盾的な破壊への衝動がセットされています。新しい知性の創出のために既存の考えや方法や枠組みに縛られない自由な発想の現れることが切望されているのです。
留学生のみなさん。
皆さんは自国を離れ、この武蔵野美術大学での学びを実現するために、日本語を勉強し、造形を勉強して来ました。どうか、たくさんの友人を作ってください。
そして日本の新入生のみなさん。
文化も言語も異なる留学生たちと積極的に会話をし、多様な価値観を認め合ってください。造形の言葉に、国籍、民族、人種、性別、言語の違いはありません。私たちは造形の言葉によってコミュニケートする事ができる。美術だからこそ様々な違いを乗り超えて行けるのです。
そして、武蔵野美術大学での対話が、お互いの文化の差異を少しずつ乗り越え、人間としての共通の理解を作り出すでしょう。
それは未来への希望であり、私たちが果たすべき責務でもあると思います。
そして、それは、国でも大学でもない一人一人の友情から始まるものなのです。
最後になりましたが、今、ここで君たちに言葉を贈ります。
それは、「君たち自身となれ!」ということです。
君たち一人一人に、無限の可能性が、内包されています。
私たちが、存在することの不思議を思ってください。
それは、何億年も前の生命誕生の時まで遡ることができます。
君たちの中には、魚や鳥であった時の遠い記憶が内包されています。
その記憶には人種や国籍や言葉の違いなどありません。
そんな生命の記憶を、どれだけ深く、そしてたくさん手繰り寄せることができるのか。表現の強度とは、その様なことに関わっているのかもしれません。
人間的自由は、美術を志す君たちに既にセットされています。
君たちの中で、それは、発動されるのを待っているのです。
つくるという旅が、始まります。
それは、行き先のわからない、経路のわからない旅です。
しかし、わからないからこそ自由であり、多くの新鮮な出会いがある。ぜひ、君たち自身の若い力で、未だ出会えていない、新しい自分に、出会ってください。
みんな、がんばれ。
理事長祝辞
学校法人武蔵野美術大学理事長
長澤忠徳
学校法人武蔵野美術大学を代表して、理事長を務めております私、長澤忠徳よりお祝いの言葉を贈らせていただきます。
本年度、学部生ならびに大学院生、総勢1,259名の令和7年度新入生の皆さんをお迎えすることができましたことは、武蔵野美術大学の大きな喜びであります。この中には、数ある日本の美術系大学の中から本学を選び、難関を突破して入学された232名の留学生の皆さんが、含まれています。
新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。今日から、武蔵野美術大学が、皆さんの母校になります。
また入学生のご家族の皆さまのお慶びもひとしおかと存じます。おめでとうございます。
我が国を代表する伝統あるこの武蔵野美術大学に、御子弟を進学させていただきましたご理解とご支援に、厚く御礼を申し上げます。
さて、武蔵野美術大学(ムサビ)は、その前身となる1929年の帝国美術学校創立以来、「教養を有する美術家養成」を建学の理念とし、「真に人間的自由に達するような美術教育」という教育の理念を守り、我が国を代表する私立の総合美術系大学として発展してまいりました。国内はもとより、世界で活躍する数多くの卒業生を輩出してきていることは、みなさんもご存知のことと思います。
全国すべての都道府県のみならず、海外にも4つの支部を有する、卒業生が加盟する本学校友会は、美術大学では我が国最大規模の7万7000名を超える会員数を誇ります。
2029年に創立100周年を迎える本学は、70年を超える美術分野の通信教育のパイオニアとして、さらには、「造形学部」、そして、我が国で最初に「デザイン」を冠する学科を創設し、造形美術教育分野の先駆けとして、我が国の美術・デザインの高等教育を常にリードしてきました。
また、創立90周年の年・2019年度には、優秀な多くのクリエイティブ人材を国内外に輩出してきた伝統ある本学の「造形学部」、「大学院造形研究科」の造形教育の実績を基盤として、創立以来培ってきた「造形言語リテラシー」能力と、自然言語リテラシーとのハイブリッドな能力を有する新しいタイプのクリエイティブな人材の育成を目指して、従来の美術大学の固定観念を超えた「造形構想学部」と「大学院造形構想研究科」を創設し、同時に、都心・市ヶ谷に新たな「市ヶ谷キャンパス(Institute of Innovation)」を開設して、本学は、未来社会に貢献する「創造的思考力」を育む、我が国を代表する最大規模の総合美術系大学として、二学部からなるUniversityとしてのカタチを整え、2029年度に迎える創立100周年に向けた、新しい歴史の一歩を踏みし、国内外からも大きな注目を集めているところです。
また、近年では、「生成AI」の劇的進化が今日の文明社会を変えて行くことが話題になっています。一昨年春、我が国の大学で真っ先に、本学は、「生成AI」を学びに活かすことを発表し話題となりました。
さらには、みなさんの入学に合わせて、グローバルセンターを新設しましたが、海外からの留学生諸君の多くが希望する、「卒業後もこの日本でのさらなる修学と就職機会の創出」をより一層支援するために、グローバル社会で通用する教育の質の維持とさらなる向上を目指して、新たな修学環境の整備に着手していくことといたしました。
こうした我が国の高等教育機関の先陣を切るいくつものチャレンジは、最初であるがゆえに、さまざまな批判や困難にも遭遇して、決して容易ではありませんが、これまでも、そしてこれからも、創造的人材を育成する大学自体、つまり「本学・武蔵野美術大学自体が、創造的でなければならない」…と信じて、進めて参ります。
ご存知の通り、世界では今、ロシア軍のウクライナ侵攻によって勃発した戦闘が続き、街は破壊され、多くの市民にも犠牲者が増え続け、膨大な数の市民が、戦禍に怯える悲惨な事態が、今なお続き、日々犠牲者が出ている不幸な状況が続いています。
生きることへの安全・安心が脅かされ、世界の平和が崩壊の危険にさらされる地球規模での問題となっていることは、連日、報道されている通りです。
同時にまた、私たちを取り巻く地球環境も、大きく変容しています。新入生の皆さんが活躍されるこれからの時代は、我が国も世界も、文明潮流の大きな変化の中にあり、国連が提唱するSDGsという言葉で知られるように、「地球と人類の永続性を守る社会」です。
私たちは、世界に平和を取り戻し、私たち人類の望ましい未来社会をしっかりと実現するために、あらゆる叡智を結集して立ち向かっていかなければなりません。そのためにこそ、「創造的思考力」を身につけたイノベーションを推進するクリエイティブな人材を、時代は、世界は、求めているのです。
私たちの武蔵野美術大学は、いまや、日本の私立の一美術大学としての存在を超えて、我が国のみならず、世界の文化、芸術、クリエイティブ産業を支え、リードし、ますます重要になる世界再構築に貢献するイノベーティブな人材育成を使命として担っているということを、皆さんには、しっかり自覚して、ここムサビで学んでいただきたいと思います。
さて、私は、一昨年、2023年11月に本学の設置者である学校法人の理事長に就任いたしました。樺山学長とともに、私もこの武蔵野美術大学の卒業生でもあり、2029年の創立100周年に向けて、ともに手を携えて本学の永続性と更なる発展を推進してまいる所存でありますが、私が学長に就任した2015年以来、「あの遥か彼方に見える水平線の上に立てるか…」というメッセージを、毎年、くりかえし、学生諸君に問いかけて来ました。
今回もまた、このメッセージを皆さんに贈りたいと思います。
「あの遥か彼方に見える水平線の上に立つ…」ことを信じて、凪いでいても、難破しそうな大嵐でも、いつかきっと「水平線の上に立てる…!」とひたすら信じ続けることができるチカラこそ、未来を切り拓く力になります。
理屈で不可能だと決め込んで、やらずに諦めるのではなく、足下を遠望すれば見えている「水平線」に立とう…と信じて進むことが重要だと、私は思います。「クリエイティブ、創造的である」ということは、そういうことだと私は信じているからです。
私たちの「水平線に立つことを目指した航海」は、コロナ禍という大嵐のまっただ中にあった期間もありましたが、皆さんの先輩たちは、その苦難を乗り越えて立派な成果を残し、先月、ムサビを巣立って行きました。
私は、余儀なくされたコロナ禍という負荷や、低迷する我が国の経済状況をものともせずに挑んだ彼らの奮闘ぶりから、「創造の持久力」ということに気づかされました。
信じ続けるチカラ、そして、挑み続けるチカラ、それは「持久力」です。「持久力」を鍛えること。すなわち、ここムサビは、「創造の持久力」を鍛える場である…ということを、しっかり自覚していただきたく思います。
「創造の持久力」を鍛えるためには、あえて苦難に挑む「堅い意志」が必要です。この「意志」という言葉の「意」という漢字を想像してみてください。「意」という文字は、「音」と「心」という部分で成り立っています。
つまり、胸に秘めた熱い思いというのは、自分にしか聴こえない「心の音」のことなのです。それが、みなさんそれぞれの「個性」なのだと思います。そして、「表現」とは、そんな自分の「心の音」を聞き、その「心の音」を、あらゆる可能な方法で、自分の身体の外に出すことではないか…と思うのです。
本学への進学がそうであったように、これまであなたを突き動かしてきた「心の音」を、どのように聴き、どう実現するか。どうやって自分の外に表出するか…については、あなた自身が一生懸命に悩み、考え、試行錯誤して、実現していただきたいと思います。
個性豊かな仲間が、そして先生方が、あなたを応援してくれると思います。皆さんのムサビでの生活は、多くの体験によって多彩で多様な可能性を拓く、人生の大切な時間なのです。
皆さんは、すでに、「あの水平線の上に立つ」ことを目指して、大海原に漕ぎ出しているのです。そして、私たちの思いも同じです。
「創造の持久力」そして、「創造性」は、生きる力の根本でもあります。
この未曾有の現代文明社会の変容と地球規模の困難の中、皆さんのひたむきな「創造へのチャレンジ」を、私たち教職員は、しっかり支えて行く覚悟です。
ここで、ひとつ大切な事を話しておきたいと思います。
成人年齢が18歳となり、本学の学生諸君は、全員が「成人」であるということです。これまで保護の対象であった「未成年」ではなく、法的に自立した「成人」として、新たな権利を得ると同時に、社会的責任を負うことになります。学生諸君は、どうか、その事をしっかり自覚して、確かな倫理観のもと、自分の行動に責任を持っていただきたいと思います。
学びのプロセスには、不自由なこと、不安なこと、辛いこともあると思います。皆さんは、多くの困難さえも学びの資源として、「創造の持久力」を鍛えてください。「真に人間的自由に達するような美術教育への願い」という本学の教育理念の真髄を体得していただきたいと思います。
さて、まるで冗談のように聞こえるかもしれませんが、ムサビには、「ムサビ菌」が棲みついています。ムサビらしさ、ムサビの校風は、いわば「ムサビ菌」のしわざでしょう。ムサビ教育を発酵・熟成させる善玉菌である「ムサビ菌」を存分に浴びて、学んでください。友だちをつくってください。
「個」と「場」、つまり「自分」と「学びの場」の関係を肌で体験し、「美」とは何かを追求してください。
「ひたむき」である姿は美しい!…。青春を謳歌し、大いに遊び、語らい、楽しむことも含め、本学でのあらゆる活動が、「創造性」を獲得する本学での学びになります。
繰り返しになりますが、きっと、今日、今、胸躍るみなさんの「はつらつとした青春の若いチカラ」は、この武蔵野美術大学での日々の学びによって、皆さんを「人=人間」として、強く、たくましく成長させてくれると信じています。
さぁ、今日から「創造の持久力を鍛える」武蔵美での学びが始まります!
令和7年度入学生の皆さんに、あらためて、心からの祝福を贈ります。
「武蔵野美術大学へのご入学、おめでとうございます!」
教員祝辞
武蔵野美術大学教養文化・学芸員課程
青木俊介
新入生の皆さん、ご入学本当におめでとうございます。教養文化・学芸員課程の青木と申します。私は美術大学ではなく理系の出身で、ムサビでは主にロボティクスの授業を担当しておりますが、自分でもエンジニア・起業家としていくつかのスタートアップ企業経営に携わってきました。本日は教職員を代表いたしましてお祝いの言葉を述べさせて頂きます。
入学を迎えられて、晴れやかな気持ちで期待に胸を膨らませる一方、これからの大学生活、そして将来に対する漠然とした不安を覚えている方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
25年ほど前の私自身を振り返ってみると、まさにそんな気持ちでおりました。大学は高校に比べ圧倒的に自由なところです。何を学ぶのか、どんなサークルに入るのか、選択肢が無限にあってそれを自分で選択する事が求められます。その一方、自分自身が何をやりたいのか、どんな人間になりたいのか、何を今学ぶべきなのか、そんな答えは当然持ち合わせていませんでした。自分とは一体何者なのか、ぼんやりとしていて、確信を持って何かを選択するほどの考えはまだまだ自分の中にありませんでした。それに、自分には何かの才能があるんじゃないかと期待していたのに、そんな気配も全く感じません。私が一年生のときは大学の環境の自由度の高さに圧倒されてしまって、まさに暗中模索、視界のない世界を手探りで進んでいるような気持ちで毎日を過ごしていました。
今振り返ってみれば当然のことです。皆さんには、全く心配しないで欲しいと思います。自分自身がどんな人間かというのは大人になっても本当にわからないものです。そんな漠とした自分というものについて、少しずつ掘り下げていく初めての機会が大学生活なのだと思います。不安になった時は、YouTubeやSNSで答えを探すのではなく、先生に相談をしに行きましょう。ムサビにはユニークな経歴の先生が沢山いらっしゃいます。授業をただ聞くだけではもったいない。一年生のうちから面白いと思った先生を見つけ、どんどん直接コミュニケーションをしに行きましょう。
才能などという言葉も眉唾です。10000時間の法則というのがあります。高いパフォーマンスを出しているスポーツ選手、ミュージシャン、起業家などを広く調査した結果、どんな分野でも一流とされるパフォーマンスを出すためには約10000時間の継続的な修練が必要ということがわかっています。10000時間というと、毎日欠かさず6時間を費やしても4年以上の時間が必要ということです。美術の予備校で学んできたという人も、多くて2000時間くらいでしょうか。とにかく、自分に才能があるかどうかなどということは時間を投入してみないとわかりません。そして、すぐに成果が出ることなんてあまり無いのです。幸い、若い皆さんにはたっぷりと時間があります。是非何か一つのことを情熱をもってとことん掘り下げてみてください。
私自身の話に戻ります。周りの皆がサークルに入り、キャンパスライフを楽しんでいる中、私は大学に馴染めず、アルバイトを始めました。パソコンやインターネットが大好きだったので、プログラミングができるようになりたかったのです。小さなホームページ制作の会社に入ると、先輩がいろんなソフトの使い方を教えてくれました。フォトショップやイラストレーターというソフトに出会い、簡単なデザインもできるようになりました。プログラミングは相変わらず難しかったですが、ホームページが作れるようになったのが嬉しかったのを思い出します。
1年生の終わりに、サークルにも参加してみようと思い、美術部というサークルに入りました。昔から美術が好きだったのと、デザインに興味を持ちはじめたのもきっかけでした。そこでは、初めて気の合う友人に出会い、サークル展などに参加するようになりました。
時が経って大学4年生の時に、表参道でやっていた展示を見に行きました。イギリスのアート集団「トマト」がメディアアートなるものを展示しているというのです。見にいくと、当時出たばかりの携帯電話と繋がった作品がありました。メールを送るとインターネット経由で文字が送信され大きなプロジェクタに投影されるという、ただそれだけのものでした。今お話すると、何が面白いのか全くピンと来ないと思いますが、自分にとっては脳天に突き刺さるような衝撃的な作品でした。インターネットを経由して自分と作品が繋がっているという初めての体験、そして何より自分が好きでやってきたプログラミングや美術がつながった瞬間だったのです。
その後、在学中に私は美術部の友人や同じクラスの友人と一緒に会社を始めることになりました。チームラボという名前の会社です。今ではメディアアートの展示が海外でも知られるようになりました。ただそれも10年以上後のことです。
結果的に、私は大学時代の友人との出会い、作品との出会いがきっかけとなり、その後の進路を選択したことになります。そんな衝撃的な出会いがあるのも大学生ならではだと思います。友人との出会いを大切にして、いろんな場所に出かけて欲しいと思います。そして、繰り返しますが、そんなにすぐ成果が出ることは少ないのです。大学生の時に友人と始めた会社が大きな展示ができるようになるまでは長い時間がかかりました。成果を焦らず、沢山のチャレンジをしてみてください。失敗も今のうちに沢山しておきましょう。今だったら、困った時にはムサビの先生が味方になってくれるはずです。
最後になりますが、皆さんが実りある大学生活を送られることを教員一同心より応援しています。 ご入学おめでとうございます。
卒業生代表祝辞
卒業生代表
今井俊介
みなさんおはようございます。今井俊介と申します。絵を描くことを仕事としております。
私が入学した1998年の入学式は土砂降りで、とても寒かったのを覚えています。今日も生憎のお天気ですが、この先は晴れるだけだと思えば始まりはこれくらいがちょうどいいのかもしれません。
新入生の皆さん、ここまで支えてこられたご家族ご友人の皆様、本日はご入学おめでとうございます。
よくもまあこんな大変な世界へ片足を突っ込みましたねと思います。大変な世界ですけど、とてもおもしろい世界だと思います。色々と楽しんでください。
まもなく創立100年を迎えるムサビはこれまでに7万7千人を超える卒業生を輩出しているそうです。すべての卒業生を代表してお祝いの言葉を述べさせていただけるのは光栄です。
正直荷が重いなと思ったのですが、少しだけお話させていただけたらと思います。
みなさんはムサビの新入生としてここに来ることができたわけです。それは、その他大勢の同じ目標を持った同世代との競争をくぐりぬけてきた結果ですね。その反面、何倍もの人がここに来ることが叶いませんでした。
そう考えるとこれからの4年間というのはいい加減には過ごせませんね。なんとなく過ごしてしまうあなたの代わりに、ここにいたかった人は山のようにいるわけです。その事は心の片隅にほんの少しだけ持っていて欲しいなと思います。
でもまあそんな事よりも、これからどんな人に出会い、どんな学生生活を送り、どんなに楽しい時間が過ごせるんだろうという希望と、これからの4年間で何ができるんだろうとか、課題大変なのかなとか、様々な不安もあるかなと思います。
私もそんな新入生のひとりでした。
晴れてムサビ生になった私は、ここでいろんな事を教わる事ができるんだと楽しみにしていました。でも夏休みを過ぎた頃でしょうか、ここは何かを教わる場所ではないんだなということに気づきました。美術大学という、明確な正解など存在しないようなことを考え、実践する場所に入ってきたわけです。ここは自分にとって正解かもしれない何かを自らの手で掴み取るしかない場所だったんです。
大学院までの6年間を振り返ってみると、先生から何かを教わったという記憶がほとんどありません。自分が作りたいものや作ったものに関して、ああでも無いこうでも無いと一緒に考え、励ましてもらっていたような気がします。先生たちは作家としての先輩で、彼らの作家としての背中を見せ続けられていただけな気がします。そんな姿を間近で見て共に過ごすのはとても幸せな時間だったなと思います。学生の特権ですよね。そのジャンルのトップランナーである大人が、まだ何者でもない自分の事を一緒に考えてくれるなんて卒業したらなかなかないことですから。
だから教員を使い倒すくらいの気持ちでいたらいいんじゃないでしょうか。面倒くさいやつだなと思われるくらいがちょうどいいのかもしれません。
来週から課題もはじまるわけですが、考え、そしてそれを形にして自分の目で見てみることを第一に、まずは自分がドキドキしてしまう事をやってみるのが大事なんじゃないでしょうか。そのためには人の評価を気にしすぎてはいけないのかなと思います。その時に評価を得られなくても、でもこれ面白いじゃんて信念を持ち続けて欲しいと思います。
もちろん評価されたいですよね。僕ももっと評価されたいですよ。でも、いいね、面白いねって簡単に言えてしまうものってもうたくさん世の中にあるんですよ。そこと比較して理解しやすいものには簡単に面白いって判断が下せるだけなんじゃないのかなと思います。
教員である大人たちから面白がられることももちろん大事なことかもしれません。でもそれ以上に同世代の仲間たちから、これもしかしたら面白いかもしれない、なんかうまく言えないけどこれ気になるね、こんなこと考えてるあいつすごいなって言われることのほうが、ものづくりを続けていくうえでこの先やれることがたくさん詰まっている気がします。
本当に面白いものって周りが追いつくのに時間がかかるんじゃないでしょうか。だから失敗を恐れずいろんなことに挑戦してみてください。それでも失敗はします。絶対します。でも大きく考えると失敗というものは存在しないと思ってます。失敗だと思ったものを失敗だと切り捨てることはすごく簡単なことですよね。でもそれを振り返って検証すれば、次からは意図的にその失敗を再現できますよね。それって技術なんですよ。いまここでは失敗だと思っていたものが数年後に使える技術としてまた自分の眼の前に現れるかもしれない。そうやって身につけた小さなことをたくさん引き出しに詰めて、いっぱいになったら引き出しを増やしてまた詰めていく。それが大学でやるべきことのひとつなのかなと思います。そしてそれらを使ってなにか形にしていくことがこれからずっと続くんだと思います。
短期的な目先の評価を求めるよりも、10年後20年後に重みを持ってそこに確実に在るというようなものづくりを目指すことのほうが個人的には面白い人生なんじゃないかな思います。
そんな事をこのムサビでこれからできる友人たちと切磋琢磨しながら続けてください。
この先時が経つにつれて嫌になる事もたくさんあると思います。
好きな事を趣味ではなく仕事にしていくのはとても辛く苦しいことでもありますが、好きなことを仕事にしていけるというのは限られた人たちにしかできない事なんです。
そういう人生を送るためのスタートラインに立ったみなさんの、ムサビでの4年間が素晴らしいものになることを祈念いたしましてお祝いの言葉にかえさせていただきたいと思います。
本日は本当におめでとうございます。
素敵な大人になってください。