天野祐子

大学院造形研究科デザイン専攻写真コース 2010年3月修了 パリ賞受賞 2017年度 2017年4月-2018年3月入居

写真:天野祐子
コラボレーション作品 "NEW PARALLELIA "
上:シテ・デザールでのオープンスタジオ/下:THE VOICE OF DOXAでのパフォーマンスの様子(ベルリン)

パリ滞在の折り返し地点を迎え、継続的に通う撮影のための場所や、頭を整理するために行く場所もできました。日々の生活の中で、この半年を振り返る時間が多くなってきています。この作業は、非日常であった一日の連続が私の記憶となって定着し、時間と比例して日常となりつつあるということを意味しています。定時ごとに近くの教会から鳴る鐘の音に慣れることや、到着した四月には街中の至るところで耳にしたクロウタドリの声は六月にはもう聞こえなくなっていたということ、夏の間にはたくさんの人で賑わっていたセーヌ川のほとりも、最近では人がまばらになっているということ。初めから変わらないことも沢山あります。パリには大きい鳩と小さい鳩がいます。そしてシテ・デザールの前の植え込みには、夜中にネズミが出たり入ったりする大きな巣穴がいくつもあり、そこに続くネズミの道はいつも同じです。見慣れた街路樹から落ちる葉や実が、時期によって変わる様子をこの眼で見られることが楽しみの一つでもあります。

シテ・デザールでの大きな出来事の一つに他のアーティストとのコラボレーションがありました。ここには美術家だけではなく映画、小説家、振付師や作曲家など数百人ものアーティストが滞在しています。その中でイギリス人のパフォーマンス/ビジュアルアーティストに誘ってもらい、ドイツ人のシンガーソングライター、私は映像を担当し、約二ヶ月半をかけビデオパフォーマンス作品を制作しました。単純なアイデア出しから思いつきの実験、神話や宗教、それにまつわる儀式といった話、共に美術館へ行き話し合うこと一つ一つが、ダイレクトに作品へ影響を与えていきます。大学在学中から今まで写真にのみ集中してきた私にとって、個人作業から共同作業、そして映像という新しいジャンルに挑戦することは全く予期しない出来事でした。

作品は八月末にオープンスタジオとしてシテ・デザールで発表し、九月中旬にはベルリン・アートウィーク内のイベントとしてドイツで再度発表しました。異なった環境で作品の反応を得られることは刺激的なことであり、同世代の若いアーティストとの意見交換の場はとても貴重なものです。

この経験から改めて感じた美術の素晴らしいことは、言葉で説明してもお互いわからなかったことが、ビジュアルや音を一つ例に出すだけで分かり合える不思議さです。私たちは何故ある部分では簡単に分かり合えてしまうのか。私たちは何を交換しあっているのか。人々は必ず分かり合えるという手放しの言葉ではなく、この実感は私の頭の中にしばらくとどまるであろう予感がしています。これに続く新しい試みの一つとして、シテでのオープンスタジオを見てくれたスイスからのアーティストと、また新しくコラボレーション作品を制作する予定です。

並行して行なっている個人的な活動もあります。パリを拠点としてヨーロッパで行われる美術のフェスティバルを見て回ることは、滞在の目的の一つでした。フォト・ロンドン、南仏でのアルル・フォトフェスティバル、アムステルダムでのUnseenといった写真に特化したものから、ドイツ、カッセルでのドクメンタ14、ミュンスター彫刻プロジェクトなど、できる限り足を運びました。短期間でたくさんの美術作品を見ることは頭が混乱することもありますが、美術で今何が起こっているのかを見る良い機会であるとともに、ヨーロッパ美術の層の厚さやどこに重きを置いているのか、作品それぞれが持つ時間的尺度の違いなど学ぶものが多くありました。アルルで紹介してもらった日本人のキュレーターの方のおかげで、中国でのフォトブックフェアに自身のダミーブックを出展させてもらったこともありました。

また、カメラを提げて定期的に同じ場所を撮影することで得た出会いもあります。パリには少なくとも三つの大きな墓地がありますが、その有り様は日本とは全く異なっています。全て石でできた屋根のついたまるで小さな家のようなものから、美術館にあるものと見紛うようなたくさんの泣く女性の石像、斜めに折られた太い柱の墓石や木の切り株を模したものなど様々です。光が存分に差し込み広々としたその場所には、サンドイッチを持ってランチや休憩をしに来る人も多く見られます。異国の地ということもあり、墓地から感じられる雰囲気や死者との付き合い方の違いが興味深く感じられます。そこでボランティアをしている人と知り合いになり、それぞれの暮石の持つ意味や歴史について丁寧に説明をしてもらったこともあります。日本人のお墓もいくつかあるのですが、その方が調べても分からなかった日本人の方を私が調べ、どんな人であったのかを伝えたりしました。

その他にも私が写真を撮っているということで、自分の特別な場所へ連れていってくれた人もいました。パリ市内から1キロも離れていないある場所には、70年代に作られた革命のための文言が施された立派なモニュメントや石碑がありますが、薄汚れ背の高い草に覆われたそれらは、その人曰く「もはや誰も気にしていない」ものに変化していると言います。そしてその付近には移民の方々が多く住んでいる団地群があります。その一角に小さな図書館がありますが、ここも誰も利用していないようで扉は閉ざされたままです。何故ならフランス語の本を必要とする人がいないからだと言います。果たしてその本たちは、本当にそこに存在していると言えるのでしょうか?私たちは天井が壊れた団地内の小さな日用品売り場の片隅に座り、コカコーラを飲みながら、お互いの国の話やこれからの世界の話、その人が生まれ育ったフランスの田舎町の話、私の故郷にある利根川の話をしたりしました。これらの体験は私にとって貴重なものではありますが、すぐに写真や映像で扱うのは避けたいと思っています。ただ、パリ滞在の中での忘れられない出来事の一つになったのは間違いありません。

新しく出会う人々や日々眼にする風景、耳にし口にする言語が、これほどまでに考え方や作品に影響を与えるのかということに驚いています。思っている以上に私たちは、様々なものから成り立っているようです。ほぐされた思考がまた、一本に束ねられつつあることを感じます。残りの半年がどのような毎日になるのかは未知数ですが、変化していく自分と対話しながら過ごしていけたら思います。このような機会を与えてくれた方々に心から感謝しています。