片岡純也

造形学部デザイン情報学科 2005年9月卒業パリ賞受賞 2013年度2013年9月-2014年8月入居

写真:片岡純也

ヴェルサイユ宮殿を会場にした現代美術の展覧会シリーズは2008年に始まりペノーネの展覧会で5回目になります。2010年に村上隆の展覧会が行われたことで日本に広く知られました。ペノーネの作品は主にヴェルサイユ宮殿の庭園に設置されていました。この庭園はルイ14世の時代に造園家ル・ノートルによって設計されています。四角く刈り込まれた生け垣、螺旋にカットされた植木は、日本の庭園と比べると人為的に写り反自然的に見えます。この庭園を訪れるまで、私はフランス式の庭園に対し自然を支配する人間中心的な印象をもっていました。しかし細部にまで手入れの施されたヴェルサイユの庭園を目の当たりにすると、シンメトリーな構成と完璧に行き届いた手入れによって、自然界に表れる幾何学的な世界を意味しているのだと理解することが出来ました。自然に関する科学的なアプローチが始まった時代においてこの庭園は当時の最先端の思想を表現しているといえます。その庭園の真ん中、王の散歩道と呼ばれる場所にペノーネの作品が設置されています。ブロンズの鋳造による巨木や、脈の形が浮き出た大きな大理石がありました。素材の中から手作業によってオーガニックなフォルムを取り出す彼の作品は、ル・ノートルの幾何学的なアプローチとはまた違ったアプローチで自然との関わり方を表していました。この異なるアプローチを併せて提示することで、自然と人間の関わり方を多層的に示した展覧会でした。

この滞在の目的のひとつとして、スイスを訪問しました。私はスイス出身の作家(ローマン・シグネール、ジャン・タンゲリー、ペーター・フィッシュリ&ダヴィッド・ヴァイス)に共通する自然観があるのではないかと考えていました。スイスはアルプスの自然を利用した観光大国です。私が訪れたのは2月でした。雪山ではスノーボードやスキーやソリはもちろんのこと、風の力をカイトで受けて進むカイトスキー等、今まで見たことのないスポーツも盛んに行われていました。氷が張った湖の上では競馬が行われ社交の場となっていました。それから国土のほとんどが山岳地帯であるにもかかわらず、鉄道路線が網の目のように張り巡らされています。車窓からは、多彩な風景を見ることが出来ました。その線路は山を削って作られているにもかかわらず、決して景観を崩すことはありません。厳しい自然や環境を利用して遊ぶことに長けていると感心しました。そしてこの遊びの感覚が先に述べた作家たちの作品に通じることに気づきました。

このような遊びの感覚は、18世紀から19世紀に流行した、見せ物としての科学実験にも結びつけることが出来ます。両者は実用的な科学にはない、自然現象への不思議さや遊び心に満ち溢れています。18世紀末のパリでは、幻灯機による幽霊ショーが大流行しました。幻灯機を2つ使用し空間に映し出す空間を演出する見せ物で、投影されるイメージにはフランス革命で処刑された有名人たちの亡霊や悪魔、骸骨などが登場しました。当時はフランス革命のまっただ中です。処刑された貴族や革命家への畏怖と、質量をもたないイメージを作り出す幻灯機の特性が霊と結びつきホラーショーとなっていったのでしょう。メディア的特性と内容が融合した見事なショーであったろうと想像できます。当時の科学は技術に応用されることを考えず、エンターテイメントや魔術的な儀式と結びついていました。人工と自然の境界を表現するのに有効な手段であると考え、当時の実験装置を用いて作品をいくつか制作しました。

最後に、Cité Internationale des Artsの環境について触れたいと思います。歩いていける範囲にホームセンターや画材屋がいくつかあり制作に関してとても便利な立地です。メトロで数駅いった所に、電子部品屋さんもありよく利用しています。また、ギャラリーが並ぶマレ地区に近く散歩コースには事欠きません。マレ地区はジョルジュ・オスマンによる1850~60年代のパリ大改造を逃れたエリアで、古い街並が今でも残っています。パリの歴史を調べると大抵通りの名前が出てきます。調べれば調べる程、私の頭の中のパリマップの濃度が濃くなっていくことを体感しています。この街の成り立ちに着目し、どうやってそれを作品化しようかと考えています。その表現方法を探ることがこれからの課題です。

上田暁子

造形学部油絵学科 2006年3月卒業パリ賞受賞 2013年度2013年4月-2014年3月入居

写真:アートシンポジウム

アートシンポジウム "NA HRANICI / GRENZNAH " にて

8月にはシテデザールで知り合った画家さんのお誘いで、初めてフランスを離れチェコへ赴き、2つのアートイベントに参加して来ました。1つ目は今回の私のパリ滞在のテーマでもあるダンスのワークショップ。私は普段主に絵画制作をしているのですが、絵の中での人物像や身体の動き、それによって広がって行くイマジネーションに興味があります。そういったことから、生身の体を使うダンスのフィールドに身を置き、より多くの表現に触れてみたいと思うようになりこのテーマにのぞんでいます。ダンスワークショップでは舞踏家古関すま子さんの指導のもと行なわれるエクササイズや即興のパフォーマンスに参加しました。クリプスカという小さな村にある夏休み中で空いている小学校の校舎に一週間泊まり込みの合宿形式でした。チェコやスロバキアから集まったダンサー、パフォーマー、アーティストに混じって、体育館で実際に体を動かし彼等を間近で見ることは、本格的にダンスをすることが初めてだった私にとって新鮮なことばかりでした。時には近くの森や湖まで赴き、屋外ならではのエクササイズも行ないました。木々の空へ伸びる形や地平線や風の音などからたくさんの動きのヒントを得られる事を身をもって体験したことで、自然を見る目が変わって行くことも感じることができました。また参加者の方の多くが、舞踏をきっかけとして、日本を含むアジアへの強い興味と深い知識を持っていた事もとても印象的でした。

参加したもう1つのイベントは、"NA HRANICI / GRENZNAH "という名前の、チェコの美大生とチェコ・ドイツ両国の国立自然公園が共同で主催する"国境にて"という意味のアートシンポジウムでした。その名の通り、チェコとドイツの国境沿いに広がるシュマヴァ国立自然公園の森の奥の山小屋に15名近くの両国の美大生やアーティストが集い、10日間の共同生活の中で森をテーマに作品を制作し発表するというものです。5年目を迎えるという今年は、チェコ、ドイツの他に、スロヴァキア、フランス、日本からも参加者があったことで国際色豊かなシンポジウムとなりました。初日に首都プラハからバスで数時間かけて中継地に集合し一晩野営した翌朝、滞在場所であるトゥーメルプラッツへと出発します。そのトレッキングの道すがら国立公園のスタッフの方から、シュマヴァ地方の歴史や風土、抱えているキクイムシによる枯れ木被害の問題やそれに関する様々な議論など大変興味深いレクチャーを受けることができ、山や森との距離が縮めて行くための様々なエクササイズも行なわれました。暗くなる頃に山小屋に着き、次の日からはそれぞれのペースで周辺の森に出かけて行ったり制作したりを開始していきます。食料も含め全ての荷物を人力で運ぶため、持って行ける画材なども限られてしまいますが、そんな制限のある中で各アーティストが用意して来た画材や表現方法、プランが形になって行く過程や、そこで出会った人同士のコラボレーションが生まれて行く様子を目にした事も、大学を卒業してからは一人で制作する事の多かった私にはとても良い刺激となりました。最終日の前日には展示とオープニングパーティーも行い、山奥であるにも関わらず地元メディアの方も含め多くの方が見に来て下さいました。絵画や立体を小屋の外壁や小屋の周りに広がる野原に展示した他、パフォーマンスや前年までの参加者が森に残した多くの作品を巡る森の奥へのツアーも行なわれ、美術館やギャラリーとはまたひと味違った自然の中ならではのダイナミックなものとなりました。チェコではこうした夏期休暇を利用した学生主催のワークショップがとても盛んに行なわれているとのことです。このシンポジウムはチェコ、ドイツ両国の公共機関からの資金援助を受けており、参加費は無料、その他に画材や交通費の補助もありました。そのほとんどが学生であるオーガナイザーや彼等を支える人々が、長年かけて大切に作り上げて来た事を感じるすばらしいシンポジウムでした。

旅の多かった夏を終えてシテデザールに戻り、最近は制作に集中している日々です。鉄道や格安航空の発達で、パリはヨーロッパのどこへもとても簡単にアクセス出来るとても便利な都市です。また、どこかから帰って来た時の久しぶりのパリはなんだか親しみ深く感じられて、この場所をホームのように感じる事ができる日々のありがたさを強く実感します。10月からはパリでのダンスワークショップに参加していく予定です。また新たな人々や表現に出会える事を楽しみにしています。