長谷川依与

造形学部空間演出デザイン学科 2012年3月卒業 パリ賞受賞 2019年度 2019年9月―2020年8月入居

パリの滞在が半年を迎えようとしています。私は自身の研究テーマ(インスタレーション、インテリアデザインの分野の研究。日常で使われているもの、素材、ツールを普段と異なる視点で見直し、そのものの新たな価値を見出すこと。)から様々な素材を試すことが多いため、現地で新たな素材に触れたいと考え、過ごしています。
パリではフランス特有の生活雑貨、インテリアやプロダクトの展覧会で発表される新素材を知ることができます。DIYが盛んなフランスでは、ホームセンターの商品が日本と異なるため珍しい素材に出会えます。また産業廃棄物を安価に販売する倉庫もあります。リサイクルの観点でヨーロッパは日本よりも進んでいると感じます。

滞在するCité internationale des artsでは、さまざまなジャンルの芸術家が集まり、ここに身を置いていることはとても刺激的です。制作途中でも他のアーティストに意見を求め、異なる視点を発見することもあります。また自分の作品に日本人・日本らしさがあることを認識させられ、無意識のうちにそのようなアイデンティティを形成していたことに気付かされます。これは私の制作活動の場を広げ、作品にも大きく影響すると考えられます。
昨年10月に施設側からの提案もあり、自己紹介を兼ねてオープンスタジオを行いました。国や言語を越えて自分の作品が他人とのコミュニケーションを助けてくれるように感じました。これも滞在しているからでこそ得られるものと感じます。

写真:長谷川依与
オープンスタジオの様子

現地では石造りの建築が現在も使用され、美術館にもたくさんの歴史的作品が所蔵されています。古典美術に驚かされることはもちろんですが、私が興味を持ったことは、現代建築やホワイトキューブではなく、昔からの重厚な空間に、現代アートやデザインが展示されているということです。日本ではなかなかない光景で、私にとって新鮮でありました。例えば、ブールデル美術館の企画展『BACK SIDE / DOS A LA MODE』です。フランスを代表する彫刻家 アントワーヌ・ブールデルの住居・アトリエ・庭をそのまま残している美術館で、石膏、大理石などの500点近い作品が展示されています。館内では中庭に大きな馬の彫刻が現れ、彫刻と空間のスケールに心動かされるものがあります。そのたくさんの彫刻の中に、現代のファッションを纏ったボディが並んでいました。彫刻と同様に、ファッションの世界でも正面の姿だけではなく、後ろ姿も重要とされます。そのような後ろ姿をテーマにしたファッションの展示で、大胆な展示構成とコンセプトの明快さを感じました。中でも感動的だったものは、ブールデルのアトリエの塑像台に展示されていた、コム・デ・ギャルソンの『Body Meets Dress』の作品でした。
デフォルメされたボディラインは、ブールデルが探求してきた身体表現とリンクしているように感じ、他分野、時代が異なるものが共存する空間に心地よさを覚えました。

写真:長谷川依与
ブールデル美術館

私がパリに来た9月上旬にはデザインウィーク、そして下旬にはファッションウィークがありました。デザインウィークでは、インテリアの見本市『メゾンエオブジェ』が開催され、街中のショールームでイベントがたくさん行われていました。土地勘を身につけるために街中を歩き回っていましたが、気づくと1日に2万歩ほど歩いていました。パリでは色んな建物が遠くからでも見えるよう配置されており、見える建物は近くにあると錯覚してしまいがちです。
ファッションウィークでは、いくつかのショーを見ることができました。私は直接見て体感することが好きなのだと再認識しました。それは作品そのものだけではなく、作品の置かれる空間、展示の方法についても大きな学びがあると考えます。

写真:長谷川依与
ファッションウィーク アンリアレイジ

12月に入ると無期限ストライキが始まりました。53日も続いたことに驚きました。ジレジョーヌのデモも土曜日には行われており、この混乱した状況を現地の人々が日常として受け入れている様子を目の当たりにしました。
このような中でも私は隣国やパリ郊外に出かけることができ、フランスが大陸の中に存在している国であると実感しました。

ようやくパリでの時間の過ごし方が分かってきたところで、3月半ばからコロナウイルスの影響により、急遽日本に一時帰国をすることになってしまいました。いつパリに戻れるか分からない見通しの立たない状況ですが、この非常事態でも、制作や思考を続けることが自分にとって大事だと考えます。
早く元の生活に戻れることを願う毎日です。

河合真里

大学院造形研究科美術専攻油絵コース 2012年3月修了 パリ賞受賞 2019年度 2019年4月―2020年3月入居

写真:河合真里
オープンスタジオの様子

パリに滞在して半年以上が経ちました。この街で四季の流れを感じる贅沢さを日々かみしめています。気候のよい時にはすこし離れた美術館まで歩いて出かけ、そうでないときには広いアトリエで制作や読書に専念できる、このような幸運な時間をいただけたことに深く感謝しています。

滞在先の Cité internationale des arts(以下、シテ)には約300室の部屋があり、さまざまな地域から集まった多様な表現ジャンルのアーティストが生活しています。ピアノやヴァイオリンの音色が聞こえてくることが日常であり、夕方にはほぼ毎日のようにどこかの部屋で自室を展示会場にしたオープンスタジオが開催されています。私はフランス語や英語でのコミュニケーションに自信がないものの、作品を通じての会話では不思議と気持ちが通じ合えることがあり、その瞬間がたまらなくおもしろく刺激的です。隣室に住んでいたスイスから来た60代前後の女性アーティストは、私と同じくらいの年齢の子どもがいるんだと話し親しく交流してくれました。ここでの暮らしはまさに小さな芸術家村といった雰囲気で、刺激と心地よさが同居しています。

写真:河合真里
Bibliothèque Forney(フォルネ図書館)

またシテの周囲には、美術館、図書館、ギャラリーなどが多数集まっており、徒歩でそれらの施設にアクセスできることは特筆すべきメリットです。私は特にフォルネ図書館が気に入りよく通いました。ここは美術やデザイン専門の小さな図書館で、もとはサンス館という中世の邸宅の遺構を用いています。外観はまるで小さなお城、内部にも美しい回廊があり、中で読書をして過ごしているとタイムスリップしたかのような感覚になります。一方ポンピドゥーセンターの図書館は近代的な建物にフロア3階分の蔵書があり、ここに並んでいないアート関連本はないのではないかというくらいに圧倒される広さです。またいつ訪れても多くの若い人たちが勉強をしており、彼らのとなりに座ってはこっそり刺激を受けていました。観光一等地と言ってよいこのエリアにシテやこれらの文化施設があることに、パリ市の芸術への信念を強く実感します。

私のパリ滞在の目的のひとつに、ジャン(ハンス)・アルプ(Jean or Hans Arp)の美術館を訪れ、彼の造形理念を学び自作の展開に活かすという目的がありました。アルプの元住居兼アトリエがパリ近郊のムードンという街にあり、現在は「Fondation Arp」という財団として公開されています。この場所は週末しか開放しておらず、駅から急な上り坂をのぼった先の住宅街にひっそりと存在しています。アルプと妻のゾフィー・トイバー・アルプの作品が複数の棟や庭園に配置され、当時の気配が残っているかのような静けさの中、彼らの制作の充実ぶりをゆっくりと眼にすることができます。

写真:河合真里
Fondation Arp

アルプは「バイオモルフィズム」という考えのもと、有機的で不定形なレリーフや立体作品を数多く制作しました。私は複数のイメージを合成させて不特定の存在を描く制作スタイルを続けており、アルプの理念には以前から興味がありました。日本で見られるアルプの作品は限られており、この地でスケッチや写真撮影を通じて気がすむまで作品を観察できたことは、今後の自作を発展させるにあたって重要な契機となりました。そうして私は、アルプの作品やポンピドゥーセンターで出会ったアンリ・マティスのカットアウト(切り絵)から影響を受け、コラージュの制作を開始しました。油絵の制作にはない偶然性と即興性を活かしてつくるコラージュには、自分が設けていた枠からどんどん自由になれる感覚があり、日課のように手を動かしてつくりました。

9月上旬にはマレ地区の文化祭「Festival Traversées du Marais」があり、シテでも大規模なオープンスタジオがあわせて開催されることになりました。この機会に4月から制作していた油絵やドローイング、コラージュなどを発表し、シテの住人やパリ市民の方々と交流することができました。大学の芸術祭のような賑やかな雰囲気の中、彼らとの対話を通じて自分の制作がどのように見られるのかを確認できたことは、今後も制作を続けていく自信になりました。3月中旬にもう一度オープンスタジオを開催し、パリ滞在のまとめとしたいと思っています。

シテの外でも思いがけない出会いがありました。外部のフランス語教室で知り合ったカタルーニャ出身の女性と親しくなり、彼女が勤務する学校でコラージュの出張ワークショップをおこなうことになりました。いざ始まるまでは、子どもたちが楽しく制作してくれるだろうか、そもそも語学の問題としてちゃんと対話ができるのだろうかという不安がありました。しかしそんな悩みはすぐに杞憂に終わり、みんなわかりやすい英語で話しかけてくれ、そしてこちらの想像をはるかに超える素晴らしい作品を次々と生み出していきました。ワークショップのあと一緒に給食を食べながら、彼らからフランス語を教えてもらったのもよい思い出です。シテだけにいると地元の方々と知り合う機会が少ないため、このワークショップではとてもよい経験をすることができました。そしてこの体験がきっかけとなり、長らく感じていた語学力への引け目がやわらいで、もっと勉強して会話を楽しみたいという前向きな気持ちになっていったように思います。

パリを軸足にヨーロッパに滞在できることは想像以上にありがたく、また多くのことを感じさせてくれました。パリから2~3時間もあればこんなところにまで気軽に行けるのかと、地図を眺めてはよく驚きました。日本で感じていた「外国」への距離感が、ヨーロッパではもっと身近です。これまでにフランス内ではメッス、ストラスブール、ランス、国外ではローマ、フィレンツェ、バルセロナなどを訪れました。

これまでは「日本とパリ」の比較対象が、つい「日本とフランス・西洋諸国」と大枠のものになってしまいがちでしたが、当然ながらフランスにはパリ以外の街があり、その土地ごとの歴史と文化があります。そして他の都市も訪れると、「国」や「西洋」と一口にまとめてしまう暴力性も感じました。カタルーニャの友人の故郷を訪れるまで、彼女の母語はスペイン語だと思いこんでいましたが、実はカタルーニャ語であり、案内された街のあちらこちらにはスペインからの独立を願う旗が数多くはためいていました。数年前日本でも報道されていたニュースと、目の前の現実とが結びついたときに、私は自分の無知さと無自覚さが恥ずかしくなりました。自分の中で比較対照できる情報量を増やしていくこと、あらゆる面から歴史を学び、視野をひろく持つことの重要性を強く実感した出来事でした。

最後に、パリで滞在をおこなうにあたって気持ちをおおきく変化させた出来事について記したいと思います。パリに到着して 12日後の4月15日の夕方、ふと部屋の窓から目に入った煙の異常さは忘れられません。最初は事態がまるでのみこめず、ノートルダム大聖堂が燃えているという事実を認識するまでに時間がかかりました。セーヌ川沿いでただただぼう然と、多くの人々と一緒に立ち尽くしその様子をながめていました。中には涙を流している方もいらっしゃいました。普遍的に存在していると思っているものが突如失われてしまうこと、滞在序盤にこの出来事に遭遇したことは、その後のパリでの過ごし方に影響を及ぼしました。限られた時間の中で悔いが残らないように生きるという、当たり前のことだけれどもつい忘れがちになってしまうことを強く刻みこまれました。

写真:河合真里
ノートルダム大聖堂の火災

ここにはとても書ききることができないくらいに、パリでは本当に多くの出会いや経験がありました。それらは私の今後の人生に確実におおきな影響を与えてくれるでしょう。いまはまだその豊富さに圧倒されていますが、今後少しずつ時間をかけて、作品に反映させることを続けていきたいと思っています。