宮﨑日向子

視覚伝達デザイン学科4年 ベルリン芸術大学建築・メディア・デザイン学部 2017年4月~2017年8月派遣

写真:宮﨑日向子
プロイセンパーク・タイピクニック

去年の12月に留学が決まってから、あっという間に渡航の日がやってきて、ドタバタのベルリン生活がスタートしました。2ヶ月経った今でもまだまだ勝手のわからないことだらけですが、そんな不自由さがなによりも楽しいと感じています。

ベルリンの街について:
ベルリンに来て感じた、第一印象は「カオス」でした。東西分断による影響で経済の発展が遅れたため、ベルリンはドイツの首都であるにもかかわらず物価が安く、若いアーティストやクリエイター、企業家から貧しい移民の家族まで、多種多様な人々が世界中から集まり同じ場所でそれぞれの生活を営んでいます。人種、ジェンダー、貧富の差など、とにかく多様性に富んだ街なので、自分が何者であっても居場所をみつけることができるのではないかと思います。たくさんの文化があちこちで化学反応をおこし、ベルリンの独特な文化を作っています。

自営業やサービス業の多いベルリンでは、天気が良くなると平日の昼間にもかかわらず、大勢の人が公園や川べりでビールを飲んでいます。大騒ぎをしたあとには大量の空き瓶が路上に残されますが、ドイツのスーパーには、空のボトルを持っていくとボトル代が払い戻されるというシステムがあるため、路上生活者やお金に困っている人が、すぐにそれらを回収していきます。一見混沌としている街ですが、ドイツらしい秩序の中で、すべての要素が機能しながら、「ベルリン」を作り上げているように感じます。

滞在のテーマ:
2ヶ月住んでみてだんだんと見えるようになってきたのは、ベルリンの街に溶け込んでいる負の遺産です。地上の駅と地下鉄とをつなぐ通路が大戦時代の防空壕であったり、強制収容所跡がごく普通の住宅地の中に残っていたり、ビール片手に寝転がる公園の芝生の盛り上がりが、空爆後の瓦礫を盛り上げたものであったり、あまりにも街に溶け込んでいるため、意識しないと気付かないものも少なくありません。バウハウスや崩壊した壁、戦争の傷跡、権利を求める行進などもそうですが、日本では教科書でしか馴染みのなかったものが、本当に身近に存在しているということを実感できる素晴らしい機会なので、普段無意識に目を背けがちなものもしっかり見ていきたいです。

学校について:
UdKのスタイルは基本的に、ask and haveです。自ら求めなければ何も得られませんが、積極的に求めて動きさえすれば、できることは無限大にあります。それぞれの授業に決まった履修方法が一応はありますが、どうしてもとりたい授業がある場合は直接先生のところへ行って交渉することで、ほとんどの場合、参加が叶うようです。私自身は、visual communication学科のvisual system という授業をメインで受けていますが、このクラスも中間発表やレクチャーなどの特別な内容を除いて、特にスケジュールのようなものはありません。授業のある2日間は、教室の外で作業しても良いし、教室へ行けばクラスメイトや先生がいて、行き詰まってアドバイスが欲しい時や、手法の面で相談があるときに、面談をしてもらうこうとができます。授業以外でも、ワークショップやクラブ活動など、UdKでは様々なことが常におきていて、メールや壁のポスターを通して新しい情報が次から次へと入ってきます。今後は、学科の垣根を越えて用意されている、たくさんの可能性を最大限利用しながら、最終課題へ向けて製作を進めていきたいです。

1日1日を過ごすごとに、ベルリンをどんどん好きになっている私がいます。ここには、学びたいことがあって来た学生はもちろんのこと、作りたいものを作るために来たアーティスト、より良い人権を手にするための活動家、たくさんの夢やゴールを持った人がベルリンに住んでいます。同じ寮の留学生のひとりは、「この街が素晴らしいのは、strongでindependentな人ばかりだから」だと言っているのがうなずけます。周りにいるのは、「ベルリンへ行こう」と思い立って、実行し、それを叶えるだけの行動力を持ったstrongでindependentな人々だから、一緒にいるときは心から笑いあえて、困っているときは支え合う合うことができます。1学期の交換留学は、気づけばもう残り半分ほどですが、いただいたこの素晴らしい機会を1日たりとも無駄にしないように、最後までstrong & independentに生活したいと思います。

鷲尾怜

映像学科4年 ベルリン芸術大学建築・メディア・デザイン学部 2017年4月~2017年8月派遣

写真:鷲尾怜メーデーのクロイツベルクにて

ベルリンにいる限りアートで富を得るのは難しいと言います。欧州最大の工業国の首都でありながら芳しい産業もないこの街にはパリやニューヨークのような華やかなアートシーンが存在しません。しかしながら、経済的な成功とはかけ離れた非合理性にこそ、豊かさがあるということを私たちは知っています。そういった視点でベルリンを見たときにこんなに素晴らしい都市はありません。

週末になると、あらゆるところでオープニングが行われます。こちらには実験的でおもしろいギャラリーがたくさんあり、ハシゴすることもしばしばです。作家や、キュレーター、音楽家など、スーパースターがふらっと遊びに来ていたりします。穴の開いたぼろぼろの靴を履いて行ってもすんなりと打ち解けることができるので、居心地がいいです。閉鎖的なアートへのカウンターともいうべき雰囲気がここにはあります。

最近では、地価が高騰しているようですが、東京と比べれば依然として低いため、コマーシャルな消費から逃れるように、若いアーティストが世界中から集まってきています。大学の授業も英語で行われるほど、ここにいる人の国籍はさまざまです。

ストリートに目を向ければ、潔いほどの快楽主義を目の当たりにできます。脳みそがトロトロになってしまってもこの街ではそれを受けいれてくれるようです。ロンドンのような殺伐さもなければ、東京のようにオーガナイズされた様子もありません。湧き出るように起きる一つ一つの出来事がこの都市の文化を作っています。混沌としていて、動き続けるシーンについていくだけで楽しいです。街が生きているとはまさしくこのことなのかもしれません。

現在、私は来月始まる展示に向けて、準備を進めているところです。コンセプトの書き方や、見せ方など、こちらでのやり方に順応していくだけで精一杯ですが、帰国してからの卒制に向けていい経験になっているはずです。時が経つのがあっという間なので、できるだけ色んな経験をして帰りたいと思います。