栗原佑実子

造形学部空間演出デザイン学科 2004年3月卒業パリ賞受賞 2010年度2010年9月-2011年8月入居

写真:栗原佑実子

現在パリ賞を頂き、Cite internationale des Artsに入居しています。
海外派遣の賞を受ける人間としては珍しいと思うのですが、私は海外に行く事がほぼ初めてのような状態でパリの生活を始めました。しかも、渡仏した際は既に30歳でした。

実際生活を始め、壁になる事はやはり言語と生活感覚です。
受賞後、入居までに1年間の準備期間があったので、仏語を勉強しました。いざ生活すると、パリ市内はほとんど英語が通じ、他国に行くにも英語が役に立ちます。しかし、文書等は仏語でしか届かない為、基本文法等は必ず学んでおく必要があります。
制作上では、私は、全てを自分で制作するのではなく、分業する制作方法に移行している最中だったので、この方法を勝手のわからない場所で行うことの限界を知り、時間がもったいない、と3ヶ月目あたりから時間とお金の使い方を代える必要性を感じました。

私は幸運にも、こちらに来て2ヶ月目にイタリアでの展示のお話を頂きました。
これを機にパリに滞在していれば、イタリアにも簡単に行けることがわかり、急に世界が縮まりました。
欧州内の移動費は、早く段取りさえ組めばかなり格安で行く事が可能です。この事に気づいてからは、この滞在期間で私の弱点を克服する為には、目で見て確認する事しかない、と思い、とにかく「観る」という事に力を入れることにしました。他国へ行き始めると、パリだけの感覚で美術/デザインという考えを持つのは危険だとも思いました。欧州の凄い所は、美術/デザインが点ではなく、千年前から現在までの時間軸さえしっかり線で観られ、検証、確認が同時に行える事だと思います。そのおかげで、現在目が肥えてきている事がよくわかります。そして自分の作品をどうすれば通用できるかを施行できそうな段階に入り始めました。
そうこうして現在、9カ国巡りました。半年前まで1カ国しか行った事なかった自分が嘘のようです。
これだけ巡るにはさすがに日常の贅沢はできませんが、私にとって贅沢は、パリで生活できる、という事に加え、全ての時間が自分のものだと言う事です。

パリの住居(シテ)は4区のセーヌ川沿いにあり、立地が素晴らしい。シテに入居する特権としては、一般的に毎月第1日曜日に無料で入れるパリ市内の美術館(ルーヴルを除く)に、毎日無料で入れるカードを発行してもらえます。(このカードは、こちらでの身分証にもなるのでとても助かります。)ルーヴル美術館はフリーパスを購入し、歩いて30分もあれば通えます。昼間の美術館はあちらこちらで子どもたちの授業が開かれているので、日本との教育の違いを覗けます。
ギャラリーやブティックが存在するマレ地区は10分で行けます。大型店舗が少ない分、どうしてこういう店が延々と存在できるのかと思う程、どこまでも小さな店が続き、しかもギャラリーのような店舗作りなので、歩いているだけで日本とは違う視点から作られた作品群に出会え、迷いながらもつい歩みを止められない場所です。
パリの店舗の多くは、夜7時には閉まり、昼休憩もしっかり取る。営業時間がとても短いです。販売機が無いから、夜中に飲み物も買えない。今では慣れましたが、当初は買い物を時間内に済ませるのにさえ必死でした。
そして、一番驚いたのが、どこでも年配の方たちが働いている。とても素敵な事だと思います。パリは大人の街と聞いてはいましたが、なるほど、と納得しました。

私が感服してしまうのは、街並もあります。
歩く人々が皆、この街並をまるで制服か勲章のように纏っているように思えます。さりげないのに、何もかも納得させてしまうくらい美しさを追求した街並は、生粋に日本で育った私には、息苦しい程ですが、多くの人々がこの街並を一度は纏いたくて訪れるんだろうという事もよくわかります。
一方、現在私が辟易していることは、思わず息を止めたくなる程の空気の悪さです。気持ち良く外を歩きたくても、至る所で歩きタバコ、ゴミのちらかし、犬の糞…。これだけはここに来ないとわかりませんでした。いつか匂いを伝えるテレビが発明されたら、新しい革命が起こるのではないかと思っていましたが、この匂いが伝わらないのは、ある意味残念です。街並の美しさも人の美しさもこれでは半減するのでは、と思うのですが、これで良し、とするパリは、統一出来ない程、人種が多いからだと聞きました。他国を巡った中でも、確かに一番人種が多いように感じます。だからこそ、日本人の私が歩いていても気楽なのかもしれません。

最近は夜の9時半に陽が沈みます。冬時間~夏時間が存在する理由もわかりました。突然のお天気雨なんて日常茶飯事、昼と夜の寒暖差…。毎日忙しい天気は人格も変えそうな気がします。日本の裏側にこんな世界が存在していたのかと、日々感嘆。自分が地球の一員だったという事も日々実感。その分、自分が何の為にこの場所に居るのかを考えないと、強い意志が無いとくじけそうになります。
そして改めて、日本を憶います。