古川諒

日本画学科 ベルリン芸術大学 2024年10月〜2025年2月派遣

写真:古川諒

留学期間のみで換算すると5ヶ月という月日でしたが、そのために費やした時間を含めるととても長く感じました。私はベルリン芸術大学のValerie Favreという教授のクラスで留学を行いました。スイス出身の教授でとても経験豊かな人で表現者としても一人の人間としても尊敬できる人でした。彼女と直接話すだけでなく、個人的に彼女が所属するスイスのギャラリーに訪れるなどとても刺激を受けました。私はExchange Studentとして短期的な留学に参加しましたが、Erasmus Studentとしてヨーロッパから来ている学生や正規性としてドイツ以外の国籍を持つ人などベルリン芸術大学は世界中から様々な学生が訪れており、クラスの中でもそれを感じました。クラスのアトリエはいくつかの部屋に別れており、そこを行き来して活動が行われていました。具体的には週に一度行われるCercusと呼ばれるプレゼンテーション会や映画鑑賞会などがありました。学内だけでなく、ベルリン市内の博物館や絵画館、ギャラリーなどを訪れる活動も行いました。クラスメイトの各々が様々な手法で制作を行なっており、当初は何から手をつけるべきか困っていました。最終的には断片的にですが作品を作ることができ、クラスメイトへのプレゼンテーションと教授との対談を行いました。クラスでのプレゼンテーションでは活発に意見を出してもらい、作品の進展を考えるきっかけになりました。教授との対談では、作品への解釈だけではなくストーリー性についても供述され、私自身の体験や感性を作品に落とし込むことにもう少し忠実であるべきだと感じました。

大学での活動とは別にライプツィヒというベルリンからFlixバスで1時間ほどかかる街で行燈を作るワークショップも行いました。半年前からスペースの方に連絡をとり、素材の準備や計画を練って実施しました。ワークショップを実施するのも初めての体験であり、私の思惑からどこまで参加者の意思を汲み取るのかを考えるという点でとても勉強になりました。実際に作ってもらった行燈は参加者が持ち帰るかスペースにおいてもらう形をとって無事に終わりました。

留学期間中にも世の中の情勢が変化している中で、ドイツ政府の文化資金削減に対してベルリン芸術大学でも抗議活動が行われていました。私自身長期的に海外に滞在するということが初めてであり、ビザ申請のために市民局や外国人管理局に数回通いました。日本人としてではなく外国人という括りの中で社会の流れを感じ、私自身がその中にいることを日本にいるとき以上に考えさせられました。

留学全体を通して、一時期気難しく考えすぎてしまい身動きが取れなくなってしまう時期がありましたが、せっかくヨーロッパに来ているのなら地域や人に触れることも経験の一つだと思い、休みの期間はできるだけ旅行に出かけるようにしていました。ヨーロッパの冬は気候のためか陰気臭いところもありましたが、その分人々がどのように楽しむのかも感じられました。最後に“豊かさ”について、暮らしの中で人間一人一人が持っている時間や様式が違う中で、“貧しく”なる以上に “卑しく”なることが自分だけではなく他者にどれだけ感染していくのかを感じました。留学期間中に知った画家に”ヴォルス”というアンフォルメルの画家がいるのですが、「美しいものを知るためには卑しいものを知ることが不可欠だ。」という言葉を残しています。私はその一部を知り、今後の表現や暮らしの中の糧にできればと考えています。